第20話 仲直り
「お祖母様!行ってくるわ!!」
「はぁい、気をつけて。あまり遅くならないようにね」
「ええ!」
不思議な昔話を聞いた日から少し経った今日、私はリアムに会いに森へと足を運んだ。
手にはピーナッツバターサンドがたくさん入ったバスケットを持って。
”赤”が良くないみたいだから、ストロベリージャムじゃなくてマーマレードも作って
それに今日は赤いケープはつけちゃいけない日だから、ちょうどいい。
「(リアム喜んでくれるといいな……)」
鬱蒼と木が生い茂る暗い森の中へ一歩足を踏み入れる。
ここからまっすぐ行けばいつもリアムと会っている木に着くけれど、
「(今日は少し回り道で行こう)」
どうやら自分で思うよりもずっとリアムと会うのに緊張しているみたい。
さっきから胸が早く鼓動を刻んでいる。
リアムがまた私に会ってくれるか、緊張しちゃう。
それに、今まで通り過ごせるかな。
…………変にドキドキして、気を抜けば顔も赤くなっちゃいそう。
「(えーっと、ここを右に行くと王都だから……反対よね)」
サクサクと野草をかき分けて奥へ進んでいく。
「あら?こんなところに、こんなお屋敷。今まであったかしら……?」
少し進んだ突き当りに古びた大きなお屋敷があった。
見た目はボロボロだし、窓から光が漏れてるわけでもないから誰も住んでいないのね。
「いけない、わたしったらまた余計なことを……はやく行かなきゃ」
リアムが心配しちゃうわ。
ガルルルッ
「えっ……?」
今まで聞いたことのないような獣の唸り声が聞こえて、おずおずと振り返れば
鋭い狼の瞳と目があった。
思わず私はバスケットを落として、後ずさる。
「なにも、しないわ。ね、なにもしない……から、」
ガルルルッ……ガウッ‼
「キャッ!」
突然大きく口を開けてきたから、驚いて足元にあった太い木の根に躓いて転んでしまった。
ジリジリと後ろに下がることしかできないけれど、もうすぐ背中には木がある。
どうしよう、お祖母様と怪我しないって約束したのに。
緊張するからって遠回りにするんじゃなかった…………
ハフーッフーッ……ゥ゙ウーッガァア‼
「……誰か助けてッ」
ギュッと首元のペンダントを握って目を瞑った瞬間。
「【アンフェール・ローブ】」
後ろから聞き慣れない低い声が響いて、目の前が一気に静かになって。
「大丈夫ですか?…………アリスティア、!」
「……リアム〜!!!」
恐る恐る目を開けたそこには、横になって動かないオオカミとしゃがみ込んだままの私に手を差し伸べるリアムがいた。
思わず差し伸べられた手を掴んでぎゅっと抱きついてしまう。
「うわっと、どうしてここに?というか、急になに?」
「……怖かった〜〜!!」
驚きながらもちゃんと支えてくれるリアム。
思ったよりも暖かいそれに、今まで張り詰めていたものが緩んで大声で泣いてしまった。
「なんでこんなところにいたの。いつもと道ちがうよ?」
「だって〜〜!!」
貴方に会うのに緊張していたから。とは勿論言えず。
変わらず肩口に顔を埋めて泣く私を、不慣れそうにゆっくりと撫でてくれた。
「ちゃんといつもと同じ明るい道を通ってこなきゃダメだよ。
今日はたまたま僕が近くを通ったから良いけど……」
「……っ、ごめ、うっ、ぅぁ……なさい、」
「あーもう、あんまり擦ると赤くなっちゃうよ」
女の子の泣き止ませ方なんてわからない、どうすればいいんだ……とぼやきながら、ぽんぽん背中を撫でてくれる。
お祖母様の手とは違う骨張った硬い手……だけど優しい手に、私は頬が熱くなっていくのを感じた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
耳に流れ込んでくる優しい声色に、早鐘も少しずつ落ち着いてくる。
……あったかくて、優しい。
「アリスティア?落ち着いた?」
「(い、今私……!!)」
抱きついてしまっていることにもようやく気づいてバッと勢いよく離れる。
「……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。急に抱きついてしまってごめんなさい」
「いや、別に気にしないよ……ほら、これ」
……ちょっとだけ、気にしてほしかったなぁなんて。
パタパタと手で顔を扇ぐ私に少し汚れたバスケットを差し出す。
「(あっ!!サンドイッチ!!)」
急いで中を覗いてみれば、綺麗に並んでいたはずのサンドイッチがぐちゃぐちゃに倒れてしまっていた。
「……リアム」
「ん?」
「私、貴方に沢山サンドイッチを作って来たのに……全部ぐちゃぐちゃになっちゃったわ」
「……なんだそんなこと。大丈夫、食べるよ」
まずはいつものところ行こ。と私の手を引っ張ってくれるリアム。
そんな些細なことも意識しちゃって、私は顔を下げたまま歩き出した。
「もう来てくれないかと思った」
「……どうして?」
小さな、少し震えたように聞こえる声だった。
手首を掴む力がちょっとだけ強くなった気がする。
「君のこと……怖がらせた、でしょ?」
少しだけ上にある紅色の双眼と目があって、また胸がキュッと甘めいた。
「怖がってなんか、」
「いいの、あんな姿見て怖がらない方が変だよ。でも、君のこと傷つけなくてよかった。
……案外僕は、君とここでお喋りする時間を好きになってるみたいなんだ」
ほら、着いたよ。って腕が離された。
……どうしよう、すごく、嬉しい。
リアムが私との時間を、少しでも楽しみに思ってくれていることがどうしようもなく嬉しい。
それだけで頬がゆるゆると上がっていくのを感じた。
「ほら、立ってないで座りなよ。それと、バスケットちょうだい」
「あ、えっと……」
「僕に作って来てくれたんでしょ?」
いつもの木の下に着いて、私はワンピースが汚れるのも厭わずに座り込んだ。
……少しはきれいなのがありますように。美味しいって言ってもらえますように。
ほらほら、と催促するリアムに負けてバスケットを手渡す。
中から、やっぱりぐちゃぐちゃになったサンドイッチを一つ取り出して大きく一口。
「どう?」
「美味しいよ。美味しい」
「……よかったぁ」
リアムの優しい微笑みにやっと肩に入っていた余計な力が抜けた。
バスケットの中のサンドイッチはみるみる消えていって、やっといつも通り笑えたような気がする。
「そういえば今日、赤いケープじゃないんだね」
「え、えぇ。リアムが赤色嫌いだと思って……それに今日は喪に服さないといけないから」
「……誰か亡くなったの?」
「この国の国王様が。それで、明日からは新国王になるんですって」
最後のサンドイッチを放り込んでいた手が止まり、リアムの目が急に大きく見開かれた。
「新国王……ねぇ、名前はわかる?」
「えっ?たしか、エリック様……だったような気がするけど、それがどうかした?」
「……ううん、なんでもない」
エリックという名を聞いた途端、嬉しそうに綻んだ口元。
きっと大切な人なのね、家族なのかしら。
お祖母様が私に向ける顔にそっくりだもの。
と、その時。
そろりと迷うように紅色が動いて、私の目線にピタリと止まった。
「……ねぇアリスティア。お願いがあるんだ」
「お願い?」
サンドイッチを平らげたリアムが改まった様子でわたしに向き直る。
「僕を王都に連れて行ってほしい」
「王都に?」
「うん。新国王が即位するとなれば、きっとパーティーか式みたいなのがやるだろ?それを見に行きたいんだ」
思わず私はリアムの手をぎゅっと握ってしまう。
「私も!貴方とお出かけしたいと思っていたの!」
「僕と?」
「ええ!その新国王陛下の即位式と同時に舞踏会が開かれるのだけどね、誰も一緒に行ける人がいなくて……よければ一緒に行かない?」
「僕、踊れないよ?」
「私もマズルカしか踊れないから安心して!それに舞踏会に行きたいのは踊りたいからじゃなくて、リアムと花火を見に行きたいの。
舞踏会の後、王都の夜空に上がる花火はすごく綺麗なのよ!」
そっか……と少し顔が曇るリアム。
あまり人が多いところは好きじゃなかったかな……
「……ダメ、かしら?」
「いや、いいよ。行こう、舞踏会」
「ほんと⁈それじゃあ明日、森の入り口で待っているわ!」
「わかった。……あ、そうだアリスティア」
いきなり名前を呼ばれて少し驚けば、笑ったリアムが自分の着ていたローブを外して被せてくる。
「えっと…………?」
「帰り道、また変なのに襲われないように。僕の魔力がついてるから、家に着くまで被ってて。
それから、今度この森に来るときは赤いケープ忘れちゃダメだよ、あれは多分すごく高度な魔法がかかってるだろうから。
君のお祖母さんが君を守るために作ったものだと思うよ。だから着なくてもいいから、持って来た方がいい。僕との約束だ、いい?」
じゃあ僕はさっきのオオカミ回収しに行かないとだからと暗い方へ歩いていくリアム。
「っあ、ありがとう!!」
口がまごついて上手く言えなかった気がするけど、彼の優しさが嬉しくて私はそう叫んだ。
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