第19話 お伽話

ぽつりぽつりと昔話を話してくれるお祖母様。



……私が学園で聞いた話とまるで違うわ。




私が聞いたのは、とにかく吸血鬼は怖い存在で人間を喰い荒らす悪い人。


血華戦争が起きた原因も、吸血鬼たちが協定を破って、好き勝手に人間たちが住んでいたところを荒らしたから。



でも、今のお祖母様の話が本当なら……彼らは全く悪くない。



それどころか、人間たちに何一つ傷をつけようとしてないじゃない。


……1人だけね。暴走してしまった人もいたみたいだけど。



それにしてもどうしてお祖母様はこんなに詳しいのかしら。


お祖母様が私に嘘をついているとも思えないし、これが全くのお伽話とも思えない。



「ねぇ、お祖母様。どうしてこのお話を……


「知ってるのかって?……ふふ。実はね、このお話に出てくる娘は、私のお母さんなのよ」


「えっ⁈それじゃあ、お祖母様には吸血鬼の血も流れているの?」


「いいえ。さっきも言った通り、私の母は魔族のリュクシー。だから、吸血鬼が持つ力よりも強くて、ほとんど遺伝子は残ってないって聞いたわ。


だから、おばあ様は普通の人よ。ここに流れている血には特別な治癒能力があるくらい。


……もしかしたら、それが父からの贈り物なのかもねぇ」



ひいお祖母様が吸血鬼と恋に落ちたなんて、そんなの今まで知らなかった。


今の昔話は全部、ひいお祖母様から聞いた話なのね。


それじゃあ、リアムの役に立つ方法も知っているのかも!



「ねぇ、さっきは光の呪いについて詳しくないって言ってたけれど、本当は知っているんでしょう?


教えて!」



できることならひいお祖母様に聞きたいけれど、もう亡くなっているから無理。


なら、お祖母様の話をできるだけ多く聞きたい。



「わかったわ。それじゃあ、リュクシーの話をしようかね。


私達リュクシーっていうのはね、ずぅっと昔に光の精霊たちに愛されて加護を受けた者たちの子孫なの。

私たちシュゼット家もそうよ、そして私たちに天与されているのは治癒能力。


だから、私の血は吸血鬼に攻撃された者の傷を治せるの。一時的にだけどね」



「それじゃあ、私にもその力があるの?」


「えぇ、まぁ、そういうことになるわ。


それで光の呪いはね、リュクシーの中でも攻撃能力に長けている一族に天与されていたんですって。


確か、キーン……とか言ったかしら。

代々王国騎士団の団長や特攻隊を任されていたと言われているわ。

彼らは月光や太陽の光の力を借りて、呪いを掛けていたの。


彼に掛けられていたように光を浴びると傷を負うものや、凶悪化するもの、逆に虚弱化してしまうものもあるみたい。


どれも全部、人間たちに有利になるようになっているのね」


「そんな……」



もしも、リアムにも呪いが掛けられているとしたら。


いつかリアムにも呪いによって、死んでしまう日が来てしまうというの……?


私の目の前で倒れてしまったら、どうしよう。



そんなのあまりにも酷すぎる。彼は優しいのに。

誰も傷つけたりしないのに。



「ティアのお友達が光の下に出れないって聞いて、もしかしてと思ったわ。

この話を知るには、ティアは彼のことを大切に思いすぎていて、酷だと思ったのよ」


だから本当は話したくなかったのだけれど。とお祖母様が肩をすくめる。



「……その呪いを解く方法はないの?」


「一つだけあると言われているわ。それはね、」


お祖母様、どうして口を噤んでしまうのかしら。



何か、隠したいことが……?


いいえ、お祖母様に限って私に嘘をつこうとしているなんてあり得ないわ。



「"どちらかが恋心を忘れること"


これが呪いを解く方法だと、母から聞いたわ」


「そうなのね……なんだか難しいわ」


「今のティアには少しわかりにくい話だったかもしれないね」



さぁ、昔話はおしまいにしてお夕飯を食べようね。とキッチンに消えていく小さな背中。


……よかった、ちゃんと答えてくれた。



それにしても、聞けば聞くほどお伽話みたいだわ。


小さい時に読んだことがあるお話によく似てる。



魔法で姿を変えられた王子と村娘の話。



魔法を解くにはお互いを想う無償の愛が必要で、王子が瀕死になった時に駆けつけた娘の愛の告白で魔法が無事に解けたのよね。


なんてロマンチックなの!と当時は心を躍らせたけど、いつか自分の身に降りかかるのかもと思うと全く笑えない。



それにここはお伽話の世界じゃないし、私は魔法使いじゃない。


選択を間違えれば取り返しはつかないことになってしまうわ、慎重にならないと。



「ひいおばあさまと、ひいおじいさまは、その後二度と会えなかったの?」


「……ええ、そうよ」



小さな鍋から漂うシチューの香りにシクシクと傷んでいた胸の痛みが和らいだ気がする。


少しだけ落ち込んでいた心が上を向いた時、お祖母様が私の両手を優しく包んだ。



「私の大切なアリスティア。

お友達のために一生懸命頑張る貴女が大好きよ。


でもね。これだけは約束して。


何があっても、自分を犠牲になんてしないでちょうだい。


愛は儚いものよ。永遠に続く訳じゃないわ。

昔話の彼らのように、愛情を死でもって完成させるなんて、そんな悲しい結末を貴女は追わないで。


お祖母様との約束よ」


「……もちろんよ、お祖母様」



少し潤んだ瞳で差し出された小指に、わたしの小さな小指を絡める。


きゅっと結ばれた時、また胸が苦しくなった。



「(やっぱりこれは恋なんだわ。名前をつけられない、つけたくないなんて、そんなの我儘ね。


誰が何と言おうと、私はあの優しい吸血鬼に恋に落ちてしまったんだわ)」



だけど、この気持ちは自分の中で大切にしまっておかなきゃいけない。


もしも、リアムが私のことを好きになってくれて、愛を誓うことができる未来があったとしても。



お祖母様が哀しむ結末になってしまうのなら、これは私だけの秘密。


それにリアムと二度と会えなくなるバッドエンドなんて避けなくちゃ。



「あぁ、そんな悲しい顔をしないで。


もちろん彼に友達として会いにいくことは素敵なことだと思うわ。

私も若い頃に、吸血鬼のお友達がいたらどんなに素敵だろうと思っていたくらいだもの」


「本当?……ねぇ、私にピーナッツバターの作り方を教えて」


「あら、その子はピーナッツバターが好きなのね!


それじゃあ、またあした一緒に作りましょう」



ふふっと上品に笑うお祖母様は少しだけ幼く見えて、釣られて私まで笑ってしまう。


いつかリアムのことを、私の大切な人として紹介できたらいいな。




ぎゅっと握られたお祖母様の手から、なんだか暖かい力が溢れて、元気をもらえるようなそんな気がした。



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