第四章 恋情の邪魔者

第30話 王家からの手紙

「シュゼットさん、ちょっとこちらへ」


「学園長先生?何かありましたか?」



長いお休みが終わった9月。

今日はアカデミーの始業礼拝だけで帰宅できるはずだったのだけど、学園長先生からお呼び出しを受けて、一度も入ったことのない応接室にいる。


学園長先生、何だかすごく嬉しそうだけど、私何かしたかしら?



「貴方宛に、王家からお手紙です。ささ、開けてご覧なさい」


はい、と学園長先生からペーパーナイフを受け取って破かないように慎重に手紙を開ければ、流麗な文字で【勅令】と書かれている。


勅令って、国王陛下直々の御命令ってことよね……?どういうことなの。


「内容はなんです?」


「はい、ええっと……〈アリスティア・シュゼット、そなたを王妃付きの侍女に任命する。ひいては王家の馬車が9月12日の正午、迎えにあがる。-----エリック・クラメンティール〉」


これって、どういうこと?私が王妃様の侍女に?


「おめでとう、シュゼットさん!貴方を誇りに思うわ。まさか、このアカデミーから王家に仕える生徒が排出されるなんて、感激です。もちろんお受けしますね?」


「え、あ……はい、もちろんです」


学園長先生、眼鏡の奥笑ってない……断れるわけないじゃない。


「王室で粗相のないように、ここで学んだことを精一杯活かすのですよ」


では、またどこかで。と学園長先生が部屋を出ていった。


お祖母様も喜んでくれるかしら。



またどこかで。ということはもう二度とアカデミーに戻らなくていいということ。

このうんざりするようなつまらない場所から開放されるのね……それは少し嬉しいわ。


あぁ、でもリアムに会うのが難しくなるわね、それは寂しいわ。

だけど、お祖母様には今まで心配を沢山掛けちゃったから、少しは親孝行になるかしら。


「ただいま〜」


「おかえり、ティア。遅かったね」


「そうなの、実はね……」


カバンの中から綺麗にしまった手紙を取り出して、お祖母様に見せる。

すると、お祖母様の瞳がキラッと輝いた。


「すごいわねぇ、ティア!いつの間に国王陛下と知り合いになったの?」


「話したこともない……あ!」



いきなり大きな声を出した私にお祖母様が驚いたような顔をして見つめてくる。



「この間の舞踏会で少しだけお会いしたわ。でも話したのは私のお友達の方よ……まさかそれで?」


確かにリアムと踊っていた時、陛下が突然現れて色々あった。

私なんてその時隣りにいただけの存在なのに、どうしてなのかしら。


チラッとお祖母様の顔を見れば何だか嬉しそう。

にこやかな笑みで手紙を読み直している。



「……お祖母様、嬉しそうね」


「そりゃあもちろん、私の孫が王室で働くことになるなんて思いもしてなかったからよ。人生何があるかわからないものね。


そうと決まればティア、ドレスを買いに行きましょう。王妃陛下にお会いするのだから、いつものじゃ失礼だわ」


「……でも、お金が」


「大丈夫よ、ティア。私の秘密の貯金があるから」



ちょっと待っていて、といなくなるお祖母様の足取りは軽くて、楽しそう。


侍女か……それも皇后様御付きの。


お祖母様が嬉しそうなのは、私にとっても嬉しいこと。


もちろんお断りする理由は何一つない。

でもやっぱり少しだけ緊張してしまう。



「アカデミーはどうなるの?先生方、何か仰ってた?」


「戻らなくていいって、またどこかで会いましょうとお別れしたわ。あっけなくて、そっちに驚いてしまったくらいよ」



「そうだったの……でもティア、いつもつまらないって言ってたものね。これは神様の思し召しよ、いつも頑張っているティアへのご褒美かもしれないわ。きっと王室の方で過ごす方が素敵な毎日を送れるに決まってるもの」


小さく呟いたはずの独り言は、いつの間にか戻ってきたお祖母様に聞かれていて優しく微笑まれた。



「そう、よね。私、頑張ってみようかしら」


「うん、ティアならきっと上手くやれるわ」



ほら、見て。と、お祖母様が小さな箱を自信満々に開いてみせる。


中にはいつ貯めていたのかわからないほど沢山の金貨があって、驚いて思わず箱を閉めてしまった。



「こんなに沢山……!でも、これはお祖母様の大切なお金でしょう?ドレスに使うなんて、」


「いいのよ。私はもう使い道も浮かばないし、お金よりも貴方のほうが大切よ。

ほら、貴方が前に言っていたブティック・フルールのドレスが3着は買えるわよ


……それとも、お仕着せ服みたいなのを仕立ててもらった方がいいのかしら」


「私もそう思う。ドレスは一着で十分よ」



いいのかい?それじゃあ街に行くから着替えてらっしゃい。と、いなくなったお祖母様に続いて、私も部屋に戻る。


お気に入りの白いワンピースと赤いケープを羽織って、ペンダントを身につけた。



ドレッサーの鏡を覗いて、一度くるりと回転すればふわっと広がる裾が可愛くて気分が上がる。


その時ふとリアムの顔が浮かんだ。



「(……王室に行くことリアムはどう思うかしら)」



あの時、リアムは陛下を守るために嘘をついていた。

その誤解を解いて、陛下とリアムが一緒に入れるきっかけを作れれば良いのだけど……。


そうだわ、もしかしたらリアムから陛下に伝えたいこともあるかもしれない。

一度彼の元へ行ってこよう。



今はケープも着てるし、ペンダントも持ってる。


森に行っても襲われる心配はないわね。



「お祖母様!私ちょっと出かけてくるわ!!」


「はぁい、はやく帰ってくるんだよ」


「ええ!」



私はパンプスを突っかけて、森へと走り出した。

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