第31話 またねと言ってくれるなら
勢いよく駆け出してきたけど、舞踏会の後、会いに行ってないのよね。
アカデミーに戻る準備で忙しかったし……。
このままいつものところへ向かってもリアムがいる可能性は低い。
だったら何か手紙を書いて木に置いておけるようにすれば良かったわ。
「(戻ろう。お祖母様と街に行かなきゃ行けないし)」
と、その時。
視界の端で白色の光がパァァと跳ねた。
私の首元にかかるペンダントも同じように反応している。
少しだけなら、寄り道しても大丈夫、よね。
怖くなったら帰れば良いもの。
なんとなく、本当に何も確信なんてないのだけど、この光を辿っていけばリアムに会えそうな予感がした。
「(この方角はもうすぐ王都の方へ出る小道に繋がるわね。私の家とは少し離れているけど、何かあったかしら……?)」
追いかけていく私を導くようにふわふわと進んでいく光。
その先にあったのは、
『いらっしゃい、アリスティア』
リアムの姿で妖しく微笑む違う人と大きな屋敷だった。
……こんな場所初めて見た。
ここはきっとリアムのお家なのね。すごく立派だけれど、なんだか雰囲気が怖い。
「貴方、リアムじゃ無いわね。彼はどこ?」
『……チッ、面白くねぇ。あーはいはい、そんな睨まないでくれよ、リアムくんは返してやるから』
彼の瞳が元通りの綺麗なルビー色に戻る。
数回ふるふると首を振った彼は、私を見て目を大きく開いた。
「驚いた、君にはこの屋敷が見えているの?」
「……その前に、貴方は本当のリアムよね?」
「もちろんだよ。君が作ったピーナッツバターサンドが好きなリアムだ。
さっきのは、あー……なんというか、いたずらされてて。君には手出ししないように言っておくから、気にしないで」
口をもごもごさせながら答える彼は私が知ってるリアムで一安心。
いつものところ行く?と聞いてくれたけど、今日はあいにく時間がない。
立ち話、本当は好きじゃないのだけど……仕方ないわね。
「あのね、リアム。話があるの」
「どうしたの?君が僕を訪ねてくるにはいつもより少し早いし、急用……みたいだね」
じゃあこのまま話をしよう、と私に向き直ってくれた。
「……私、王妃様付きの侍女になるの。さっき王室から手紙が来て、明後日には仕事が始まるわ」
さぁぁと暑い空気が流れて、私は日陰に入った。
少しだけリアムとの距離が縮まって、トクンッと心臓が跳ねる音が聞こえた。
それがどちらのものか分からないけど、そんなのどうだっていい。
この距離感だって暫く、離れてしまうのだから。
もう一度風が吹いた時、リアムと目があった。
「急だね」
「ええ、ほんと」
「でも嬉しそうな顔してる」
嬉しそう?私が?
慌てて頬に手を伸ばしてみてもわからない。
それに私が嬉しそうな顔をしてるわけがない。
だって、リアムと暫く会えなくなるんだから。
彼の表情はあまり変わってないから、私のことは案外どうでもいいの、かな。なんて……
「ねぇ、リアムは悲しくないの?」
「え?」
心の中だけで発したはずの言葉が口をついて出ていく。思ったよりも声は冷たくて、私は口をつぐんだ。
案の定リアムはひどく驚いた顔をしていたけれど、すぐに目を逸らして照れ臭そうに呟いた。
「……悲しいと思うよ。君と会うのは楽しいから」
「ほんと?」
「うん。でも、僕の勝手な思いに君の人生を巻き込むわけにはいかないでしょ?」
それって……ううん、だめ。この気持ちは内緒なんだから。
もっと自分に自信が持てるようになってから伝えるって決めたの。
「今日ももう街にお出かけだから……でもでも、きっとお休みをもらって遊びにくるわ!私もリアムとお話しするの楽しくて大好きよ!
王室で起こったことをお話ししに来るわね!」
「うん。楽しみにしてる。
……ああ、そうだ。舞踏会の時はごめん」
「えっと、何かリアムから謝られるようなことされたかしら?」
思い返してみるけど、心当たりはない。
すると、リアムがゆっくり口を開いた。
「ほら、花火。見れなかっただろ?僕が途中で帰ってしまったから……だから申し訳ないことをしたなと思って謝りたかったんだ」
お詫びも何もできないけれど、と眉根を下げるリアム。
お詫びなんて、そんなのリアムが私との約束を覚えてくれていたことが嬉しくて気にならない。
それに、少なからずリアムも花火を楽しみにしてくれていたのかも、と思うと胸が高鳴った。
一番近い花火が上がる日はいつだったっけ。
「そんなに謝らないで。貴方とお出かけできただけで十分嬉しかったわ。
それに、花火はいつでも見れるわ。だから、私とまたお出かけしてくれる?」
「……うん、そうしよう。次は人混みじゃなくて、もっと静かなところで楽しもうよ。そうすれば僕ももう少し長く街にいられる気がする」
やっぱりこんな静かなところで暮らしていると人混みが苦手になってしまうのね。
でも、多分きっと1番の理由は何かあった時に誰のことも傷つけないようにするためでしょうけど。
「そうだ、あのね。2週間後にお二人の結婚式があるの。その日、きっとお休みをもらうわ。
また、一緒に少しだけ街を歩きたいの」
「僕が街を?」
「ええ。きっとその日はお祭り騒ぎだから、花火も上がるはずよ」
「わかった」
じゃあこれで一度お別れね。というのはあまりにも寂しくて言い出せない。
代わりの言葉を見つけようと探していたら、リアムの手が頬に伸びた。
だけど、その手は私の頬に届く前に迷ったようなそぶりを見せてから地に落ちていく。
一瞬だけ掠めた温度が、少し暖かくて寂しくなった。
「そんな悲しそうな顔をしないで。兄さんが選んだ王妃様だから、きっと優しい人だよ。
だけど、もしも君が傷つくようなことになる時は僕のところへ逃げてきて。……約束ね」
「……えぇ、もちろんよ。元気で貴方のところに帰ってくるわ」
パッとお祖母様からもらった懐中時計を見れば、もう30分ほど経っていて。
「それじゃあ、私もう行くわね」
「うん。またね、アリスティア」
"またね"と返してくれたことが嬉しくて、また会えるってことがわかって、もう少しここにいたい気持ちが膨れ上がってきそうだったから私は走って森を後にした。
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