第32話 監視役

「ここが王宮……」



あれから2日経って、私はついに王宮に赴いた。

お祖母様が買ってくれた薄い緑色の一張羅のドレスが背筋をシャンと伸ばしてくれる。


目に映るもの全てが見慣れなくて、きっと平民の私には一生手が届かないのだろう。


間違って壊したりしないように気をつけなくちゃ。



「あの、陛下からのお呼び出しで伺いました、アリスティア・シュゼットと申します」


「シュゼット様、御機嫌よう。こちらで国王・王妃両陛下がお待ちです」



重厚そうな扉の前に立つ執事のような方が私に声をかけると同時に、目の前の大きな扉が開いて煌びやかな出立ちの国王ご夫妻が現れた。


王妃様、すっごくお美しいな……私なんかがお近づきになるなんて考えられない。



「あなたが、アリスティアね」


「はい。この度は私を王妃様付きの侍女に任命して頂きありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」



品定めをされるように王妃様の双眸が私を射抜き、緊張で心臓はバクバクだけど、

なんとか昨日お祖母様に教えてもらった言葉を並べる。


良かった、こえ、裏返らなかった……!

お二人にバレないように小さく生きを吐いた。


そのとき、ふふっと笑い声が聞こえた。

その声の主はもちろん王妃様。扇子でお上品に口元を隠されている。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。エリック様にお人なのでしょう?なら私も安心してお任せできるわ」


「光栄です」


「シュゼット嬢、少し君と話がしたい。……ジュリーは席を外してくれるか?」



そうよね、ここまで黙られていた国王陛下だけれど、元々は陛下に呼ばれたのだから。何か話があるはずだわ。


王妃様からはすごく、睨まれているような視線を感じたけれど……仕方ない。

もう一度背筋を伸ばして座り直した。



「シュゼット。つかぬことを聞くが、この間の舞踏会で隣にいた者とはどういった関係だ?」


「リア、いえ、彼とは単なる友人です」


「……どこまで知っている?」


「彼が森で一人で暮らしていること、ピーナッツバターが好きなこと、国王陛下であられるお兄様のことを深く敬愛していること…………吸血鬼であること」



本当は嘘をついてしまいたかった。

リアムが陛下に嘘をついたことを、私の口から話したくなかったもの。


だけど、私はいつの日か兄弟が再会できたらいいなと思ってる。


それに陛下の蒼い瞳に見つめられてしまえば、嘘をつくことなどできなかった。



「……かなり深い仲なのだな」


「陛下が想像していらっしゃるような関係ではありません。彼と私はただの友達。月に一度森の中の大きな木の下で会ってお話しするだけの友達です」


ちょっとだけ自分で言ってて悲しくなっちゃったな、なんて。



「あの舞踏会の後、リアムは何か言っていたか?」


「いいえ、特になにも」



そうか、と一つため息をついてソファに深く座り直す陛下。



「あの、陛下。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


「構わない」


「……なぜ、私を王妃様の侍女に?」



ご縁があって王都の寄宿学校であるアーデルハイドアカデミーに通わせてもらえていたけれど、中身は平々凡々。

もちろん王家に縁もゆかりもない。



そんな私がいきなり侍女になるだなんて、何か意図があるに決まっている。


意を決して私は陛下の目を見つめた。




「……君に協力してもらいたいことがある」


「協力、ですか?」



「ああ。王妃の侍女として彼女を監視してほしいのだ。そして3ヶ月に一度、私に報告を。

報酬は、そうだな。何でも君が欲しいものをやろう。どうかな?」


監視、どうしてそんなものが必要なのだろう。

王妃様はもしかして気難しい方なのかしら。


少し、不安だわ。



「……なぜ、王妃の監視を?と言いたそうな顔をしているな」


「っ、申し訳ございません、」


「ああ、よい。君のような者は嫌いではないからな。


ジュリーは私が選んで王妃にしたのではなく、大臣達に選ばれた令嬢なのだが……初対面の時から私のことを狙うような目つきで見ていて、今も何を企んでいるかわからない。



だから、監視がほしいんだ。侍女ならバレないだろう?

それに貴女がこの王宮に入れば、リアムとの話も聞けるかと思ってな」



なるほど、私のメインの任務は監視というわけだ。

顔にすぐ出やすいって言われるから、大丈夫かな……。


でも、頑張るって決めたんだから。



「わかりました。国王陛下からの直々のご命令、喜んでお受けいたします。

代わりと言っては失礼に当たるかもしれませんが、陛下にお願いが……」


「構わない、遠慮なく言ってみろ」



「結婚式の日、少しだけお仕事を抜けてもよろしいでしょうか……リアムに会いに行くためです」



他にもお願いはあるけれど、今一番叶えたいのはこれ。


それに、陛下のことだからきっと叶えてくれるはずだ。



「わかった。俺から王妃に話しておくとしよう。弟のことをよろしく頼む」


「ありがとうございます……!!」



深々と頭を下げたところで、タイミングよく扉が開き、王妃様が現れた。



「陛下?お話は終わりまして?」


「ああ、待たせてしまってすまないな。シュゼット、仕事に励むように」


「はい」



陛下に深くお辞儀をして、王妃様の後ろをついていく。


王妃様の足取りは早くて、小走りにならないと置いてかれてしまいそう。

それに、未だ私と一度も目を合わせてくれない。



「そんなに、見られても煩わしいだけよ。何か用があるなら、はっきり言って頂戴」


「申し訳ありません……!えっと、では私のするべきことをお教え頂けますか?」



主人相手にこんなことを聞いてもいいのかな、でもわからないまま迷惑をかけてしまうよりマシよね。


意外にも私の質問に王妃様は素早く答えてくれた。



「まず、私は朝温かいお湯で顔を洗いたいから適温のお湯を用意しておいて頂戴。

ドレスへの着替えはカイラが手伝うから貴女はその間にベッドメイキングを。

それが終わったら陛下と朝食を取るから、部屋の掃除と食後の紅茶の準備をやっておいて。

私好みの紅茶を淹れられるように努力してね。


夕方、ミルクバスに入るから準備をして、私のスキンケアの手伝いをしたら終わりよ。


お昼の間は、日によってやることが違うからその都度伝えるわ」


「は、はい!かしこまりました」



……大変だ。


それにどうやら私はあまり歓迎されていないみたい。先程から王妃様が私に向ける目が鋭くて痛い。


やっと目があったかと思いきや、スルリと全身見渡されるように視線が全て前に戻ってしまった。



きっと今もずっとそばにいるカイラという侍女がお気に入り、なのだろう。

彼女もクールビューティーな印象で、面と向かって接するのは当分緊張しそうだ。



「(お湯の準備と、ベッドメイキング……紅茶の淹れ方は今日中にどなたかに聞いておかなくちゃ。

お部屋も大きいから、お掃除も大変そうだわ。私一人でやるのね……

あとは、)」



王妃様が仰ったことを頭で反芻しながら色々観察してみる。

何しろ、私の本職は監視役なのだから。


国王陛下の期待を裏切ってはいけないものね。



そう意気込んだ時、カウチに座る王妃と初めて視線がかち合った。



「……ねぇ、貴女。その服どうにかならない?」



徐に立ち上がった王妃様が私の着ているドレスを掴む。


おろしたてでシワひとつなかったドレスがくしゃりと歪んだ。



「王妃様より目立ってしまってはいけませんから、なるべく地味なものを、と思いまして……」


「その心意気は買うけれど、地味すぎよ。むしろ貴女が私の侍女であることが恥ずかしいくらい。


この他には?」


「お仕着せ服を何着か……」


「まぁ……可哀想な子ね。カイラ!」



扇子で口元を隠して哀れんだような馬鹿にするような視線を私に向けた王妃様が鋭い声で名前を呼べば、音もなく近くによるカイラ様。



「この子に貴女のお下がりを何着か差し上げなさい。

貴女の目に狂いはないだろうから、お任せするわね」


「はい。かしこまりました。王妃様」



スッと腰を下げてお辞儀したカイラ様が私の横を通り過ぎていく。


その時、小さな声で「施しよ、よかったわね」と呟かれて私は顔に熱が上るのを感じた。



「これは私の優しさではなく、マナーよ。王妃の侍女としてのマナー」


「……その、王妃様。このドレスは唯一の肉親である祖母が選んでくれたものです。見下すのはおやめください」



王妃様の目は怖くて見れなかったけれど、なんとか語気を強めて、吃らないように口を動かす。



……私が場違いなのは誰よりもわかっている。



お祖母様があれだけ喜んでいたから、我慢するの。これは初めての親孝行だもの。



だけど、初日からこんな仕打ち……慣れるまで時間が掛かってしまいそう。


心が折れることもありそうね、、でも頑張らなきゃ。



途端、私の目の前から大きな高笑いが響いた。



「あっははは……貴女、見かけによらず面白い子ねぇ……でも、一つ教えてあげる」



扇子をパタリと閉じて、ズンズンこちらに近寄ってくる王妃様。


足が根を張ってしまったようにその場に立ちすくむ。


影が完全に私と重なった時、王妃様のアメジストがきらりと光った。



「エリック様にからといって、調子に乗らないことね。

貴女は私に管理されていることを常に覚えておくといいわ。


貴女の首は、私が陛下に頼めばすぐにでも切れるのよ。それとも、それがお望みかしら?」



ぐっと温度の下がった声に、思わず一歩後ずさる。



「……出過ぎた真似を、申し上げました」


「分かればいいのよ、分かれば。まずは結婚式までその首が繋がっていることを祈っておきなさい。


私は今から図書室に行くけれど貴女は部屋の掃除でもしておいて。カイラが戻ってきたら貴女は下がっていいわ」



パタンと大きな音を立てて閉められたドアに寄りかかってしゃがみ込む。




「(お掃除、しないと。仕事は果たすのよ、アリスティア。そうすれば叱られることはないのだから)」



パチンと頬を叩いて立ち上がる。


その痛みのせいか、少しだけ涙が出たのは私だけの秘密だ。




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