第33話 報告

あれから目まぐるしく日々が過ぎて、1ヶ月。


朝お目覚めになった王妃様に渡すお湯も大分適温をつかめてきた。



「(……一月も経てば慣れるものね)」



初めこそ適温が分からなくて、王妃様に叱られてばかりだった。


手際が悪くて、用意したばかりのお湯をかけられたこともある。

掃除したばかりのお部屋で花瓶を倒してやり直しになったこともあるし、使えないと言われて追い出されたこともある。


王妃様は私にとことん意地悪で、今もそれは変わってない。


カイラ様も、他の侍女も私を助けてくれることはなく、むしろ馬鹿にするように笑っていた。



だけど、もう少しでリアムに会える。

その一心でここまで耐えてきた。



準備の手伝いも程々にいつも通り部屋を追い出された私は、国王陛下のお部屋を訪ねるために長い廊下を一人で歩いている。



早朝の澄んだ空気は好きだけど、ここの緊張している空気は好きじゃないな……。


この後、初めて王妃様のことを報告する。

陛下に言うべきことは何度も頭の中でシミュレーションしたから、きっと大丈夫。



「シュゼットさん」


「……キーン様、!」



後ろから声を掛けたのは、陛下の側近のキーン様。

急に声かけられたから、びっくりしたけれど叫ばなくてよかった。



「もしかしてご報告に?ご一緒してもよろしいですか?」


「私のような者と一緒にいるとキーン様にご迷惑がかかってしまいますよ」



「それは、どういった意味です。陛下がお選びになった方と一緒にいて、何がご迷惑なのですか」



今のは、失言だわ。


このところ王妃様に同じようなことを言われ続けて気が滅入っているみたい。

気をつけないと。



「い、いえ!なんでもないんです!ほら、私って地味ですから、」


「それだけじゃないですよね、その顔。私でよければ、話してみてはいかがです?」



ニコリと怖めの笑顔を浮かべたキーン様の圧に顔を背ければ、足音がピタリと止んだ。


どうやら話に夢中になっているうちに、陛下のお部屋に到着していたみたい。



さぁ、中へ。と手で私に合図するロドリックさんに続いて私も足を踏み入れた。


「失礼します、陛下。シュゼットさんがいらっしゃいましたよ」


「し、失礼いたします!」



アンティークな造りの書斎には所狭しと本が並べられていて、机の上には収まり切らない分が積み上げられている。


陛下が読まれている本、すごく難しそうだわ。

リアムも読書が好きだと聞いたけど、陛下もなのね。



「久しいな、シュゼット。王妃の件で来たということで間違いないな?」


「はい」


「そうか、では包み隠さず話してくれ」



真ん中にあるソファに座った陛下が、私に机を挟んで向かいのソファに座るよう目で訴える。


失礼します、と小声で呟いてから静かに腰を下ろした。

いざ話そうとすると、やっぱり緊張してしまう。



だって、包み隠さずといってもどこまで話せばいいのだろう。



私が虐められていることは話すべきではないわよね。

もしも、それが王妃様の耳に入って解雇されるのは避けたいもの。


お祖母様をがっかりさせたくないわ。


最近の王妃様の気になることだけ話したら、リアムを招待することについて相談して、さっさと戻ろう。


そう決意して、私が顔を上げると陛下が先に口を開かれた。



「遠慮しなくとも、君が思ったことを言えばいい。俺は君から聞いたことを彼女には言わないから。……それとも、何か話しにくいことが?」



いつもより柔らかい声で聞いてくる陛下に、私はもう一度椅子に座り直して、口を開いた。

大丈夫、陛下はきっと王妃様よりもお優しいはずだもの。



「まず、王妃様の気になった行動からですが……王妃様は毎日朝食を取りお部屋に戻られた後、図書室へお出かけなさいます。それもお一人で」


「ほう、なるほど。何か調べているのだろう……ロドリック」


「はい」


「図書室で彼女が調べていることの探りを入れてくれ。探索魔法は得意だったな?」


「ええ、仰せのままに」



陛下とキーン様が何やら難しい顔で話された後、もう一度陛下がこちらに向き直る。



「さて、次は君自身の悩み事を言ってみろ」


「えっと、その……」


「シュゼットさん、エリック様は他人の感情の機微にすごく敏いのです。きっと、隠し通せません」


小さく囁かれたキーン様の声に、私の気持ちも少し固まる。

ちゃんとお話しておこう。


リアムにも、自分が傷つく前に逃げてくるって約束したものね。

ここから逃げられるわけじゃないけど、事実を知っている人が多いのは大事なことだわ。



「…………王妃様に不遇を受けております」


「そうか、具体的には?」



すっと細められた青い目に見据えられて、少し背筋が冷える。


でも、ここで言わないときっと後悔する。


私は意を決して口を開いた。



「朝、ご用意した洗顔用のお湯を王妃様好みの温度でなかった時には頭から掛けられたことがありました。

お掃除したばかりの部屋に花瓶を倒されて水浸しになったり、お仕事中に追い出されたことも。上げ始めればキリはありません」


「……それは、酷いですね」


「王妃たるものが何をしているんだ……監視役にしたばかりに貴女がそんな扱いを受けているとは思わなかった。代わりに謝ろう」


「お、おやめください!」



眉を下げて頭を下げようとする陛下を急いで止めて、その続きを待つ。


危ない、こんな場面をもし王妃様に見られていたら大変だわ。


「陛下が申し訳なく思う必要はございません。きっと、私が鈍臭いから……」


「そうではないだろう。これはあくまで予想だが王妃は君が私に選ばれたことを酷く羨んでいるんだ」


「王妃様が?」



あぁ。と頷く陛下を見ながら、出会ったときに言われたことを思い出す。



『陛下に選ばれたからといって思い上がらないことね』


そう言い放って王妃様は図書室に向かわれたんだっけ。



「王室生まれでない私は、国王であることに必死で婚約や恋愛には全くもって興味がなかった。

それに、王妃という存在がいたらリアムを助ける足枷だと思っていた。


しかし、大臣殿は俺の意図とは裏腹に彼女を来た」


「だから陛下から直々に選んで頂いた私のことを……?」


「大方そういうことだろう」



まさかここまで意識しているとはな……と苦笑する陛下。



「陛下。笑ってしまってはシュゼットさんが可哀想です」


「それは失礼。さて、君はこの後どうしたい?」



一つ咳払いをして、足を組み直し私を見る。



きっと私がここで「王妃の侍女から外してください」と言えばお優しい陛下は許してくださるだろう。


お祖母様は少し残念そうにするかも……いいえ、

そんなことはないはずね。いつも私の幸せを優先してくれてるもの。


だけど、すぐに答えは出せなかった。


早く返事をと焦れば焦るほど、全然まとまらなくて目線を泳がせてしまう。



「……少し時間をください」


結局絞り出せたのは何とも中途半端な返事。

それでも、陛下は嫌そうにはなさらなかった。



「勿論だよ。でも、その間も王妃の侍女は続けるのか?また辛い思いをすることになるかと思うが」


「ならば、私の部下になるのはどうです?シュゼットさんならきっといい働きをしてくれるでしょうし」



「いい考えだな、シュゼットどうだ?」



キーン様の部下に……確かに今の環境よりも仕事を楽しめるかもしれない。



「ご迷惑をかけるかもしれませんよ?それに王妃様にはどうやって言えば……」


「私が教えますから不安になることはないですよ。それに王妃様には陛下からお伝えしてくれるかと」



キーン様がそう言って陛下を見た途端、扉のドアが明けられて今一番お会いしたくない方が現れた。



「エリック様〜!……あら、どうしてここに使用人の貴女が?」


意気揚々といった様子でお部屋に入ってこられた王妃様に鋭く射抜かれ、

反射的に体が固くなる。


「エリック様の右腕でいらっしゃるロドリックさんがいらっしゃるのはわかりますわ

でもアリスティアがいるのは違いますでしょう?ここは国王の書斎なのですから」


一度温度が下がったような硬い声に思わず一歩下がった私を見かねて、キーンさんが近くに来てくれた。


「……大丈夫ですよ、ここは私に任せて」


小さい声で私に囁いて、王妃様の方へ近づいていく。



「王妃様、私が呼んだのですよ」


「あら、どうして?」


「シュゼットさんが侍女になって2週間が経ちますが、未だに仕事に慣れていないのではないのかと思いまして陛下にご相談をしに来ていたんです」


「相談ねぇ……」


「ええ。ここは一度仕事場を変えて、私の手伝いをしてもらおうかと。王妃様の側にはカイラさんという優秀な侍女もいますし、シュゼットさんより役に立つ方もおおいでしょう。お一人くらい頂いても構いませんか?」



王妃様はキーン様の言葉に少し悩んでいるけれど、その口角は怖いくらいに上がっていて。



「いいわ。アリスティアにはカイラも手を焼いていたみたいだもの。それに侍女が

一人いなくなったところで……」



そこまで言い終わった王妃様はハッとした顔を見せた後、近づいてきて私の頬を両手で包み込んだ。



「……ごめんなさいね、アリスティア。貴女が困っていたことに気が付かなくて」


「ええっと……」


「いいのよ、今度はロドリックさんのところで楽しく過ごしてね」



するりと優しく頬を撫でた後、耳元に口を寄せて「ごきげんよう」と呟いて、王妃様は陛下の元へ歩いていった。



「(すごい方だ……)」



もしかしてこうやって大臣様のことも手玉に取ったのだろうか。


今ももうニコニコと可憐な笑顔で陛下と話している。


さっき頬を撫でたのだって、きっとそれまで傍若な態度をごまかすために過ぎない。


……でも、もう全て話しちゃった。ごめんなさい、王妃様。



チラリとこちらをみた陛下に手で合図されたキーン様が私の腕を引いて一礼するから私も慌てて一礼して、書斎を後にした。



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