第34話 過去に触れる

「キーン様、ありがとうございます」


「いえ。私は何もしていませんよ。むしろあんな意地悪な言い方を……」



申し訳なさそうにこちらを見るキーン様

いつもキリッとしてるから、そんな姿が珍しくて少し笑ってしまう



「やっと笑いましたね」


「っ、申し訳ありません!」



「……笑うことも咎められていたのですか?」



「い、いえ……そういう訳では、」


ただ、すぐに謝る癖ができてしまってるみたいだ。



王妃様やカイラ様には謝ってばかりだったからな……でも、あんまり謝りすぎても意味が無くなっちゃうよね。


これからは気をつけないと。



「いいでしょう。まずは新しい環境に慣れるところから始めましょうか。


手始めに私のことをファーストネームで呼んでみてください」


「えっ⁉」



そんなに驚きますか?と私を図書室まで案内しながら、今度は子供のように笑うキーン様



「これから私の部下となるんですから、ね?」


「ええっと……ロ、ロドリック様」


「いいですね。そちらの方が親近感があります。本当は様も外してもらって構いませんよ?」



……それは、ちょっと難しそうだ。

一定のラインで気を引き締めないと、迷惑をかけてしまいそうだし。


そんな想いを込めて首を振れば、苦笑いされてしまった。


なにか、空気を変えないと。



「……そうだ。私はロドリック様のどのお仕事をお手伝いすればよろしいですか」


「そうですね、あまり難しいことをさせるのは気が引けますし……あ、シュゼットさんは陛下の弟君と仲が良いのでしたね」


「ええ、まぁ」


「ならこの国の吸血鬼についてを調べるお手伝いをして頂きましょうか」


「はい!」



ここですよ、と開かれたドアの先には高い本棚に沢山の本が並んであって、少し心が躍る。


でもロドリック様はそれを全てスルーして、重そうな扉の前に立った。



「ここは……?」


「騎士団に纏わる文献が置かれている書庫ですよ。主に他国との紛争などの記録が置いてありますが、メインはやはり100年前の血華戦争のことです」


「そんな厳重な場所に私が?」


「今日の私の仕事は王妃の探し物を見つけることですからね」



さぁ、始めましょうか。と書庫の中のランタンに火が灯された。


ロドリック様、魔法が使えるのね。

お祖母様と同じ魔族の出身なのかしら。



「私の祖先は魔族ですよ。その恩恵を受けて、私にも魔力が付与されているのです」


「……今、声に出していましたか?」


「ええ、ばっちり」


「申し訳ありません、私の悪い癖だわ。思ったことをすぐに口に出してしまうの、です」



敬語も崩れてる……ダメダメ、しっかりしないと

ここで吸血鬼のことを知れたら、リアムを助けられるかもしれないんだし!


って、そうじゃないわ。

ロドリック様のお仕事を手伝うのが最大の目的よ。勘違いしちゃダメ。


頭に浮かんだ邪念を消すように、ふるふると首を動かせば、隣から笑い声が漏れた。



「シュゼットさんは案外愉快な方なのですね、そのように崩してもらって構いませんよ。きっと今までも窮屈だったのでは?」



「う、お恥ずかしながら……」



「それに聞きたいことがあれば何でも言ってください。それが私や陛下の力になることもあると思いますから」


「……はい!」



ニコリと笑いかけてくれたロドリックさんが、突如真剣な顔になって【クレ・ド・ラルム】と呟いた。


その瞬間、ギィと重たい扉が1人でに開いて私たちを中に招く。



「入りましょう」



ロドリック様の後に続いて部屋に入ろうとした瞬間、私の胸元のペンダントが淡くピンク色の光を発した。



「おや?そちらのペンダントは魔道具か何かですか?この部屋に強く反応していて、貴女を守ろうとしているようだ」


「魔道具……?いえ、これは祖母がくれたものです。曽祖母から受け継いだもので、私を守ってくれるとかなんとか言っていたような」


「……そのお方のお名前は」


「アンナです」


「ご結婚される前のファミリーネームはなんですか」


「えっと、確か……ヘイデル、だったかと」



名前を言った途端、ペンダントがさらに光を増して私を包んだ。



「シュゼットさんは、私と同じリュクシーの生き残りなのですね。それもヘイデル家の方の」


そちらにある茶色の本を取って頂けますか?と言われ、私は本棚に手を伸ばした。



「これは何の本なのですか?」


「リュクシーについて書かれている本ですよ。時間もありますし、ご説明しようかと思いまして」


「嬉しいです!少し前に祖母から話を聞いてずっと気になっていたので」



ならよかったと表紙の埃を払い、ロドリック様が

本を開かれる。



「さて、どこからお話ししましょうかね。治癒のリュクシーについて、どれくらいご存知ですか?」


「血で、吸血鬼につけられた傷を治せることくらいです」



お祖母様にリュクシーについて聞いてみてもはぐらかされて全然教えてくれなかった。



「なるほど。……まぁ、それほどの加護をつけられていては教えないのも当然かもしれません。


では、まずリュクシーについてお教えしますね」


ペラペラとページを捲っていたロドリック様の手が止まり、こちらに向き直る。



「リュクシーというのは、その昔リーズ王国の西の森に暮らしていた光の精霊王たちからの祝福を受けた一族のことを指します。ヘイデル家や私たちキーン家はその末裔。

多くの家系は、80年前に起こった血華戦争で命を落としたと言われています」


「なるほど……」


「そしてリュクシーには様々な種がいたと言われていて、私の家系は攻撃能力を持っていて、ヘイデル家は治癒能力を持っています。

攻撃能力は言葉で呪いをかける、"光の呪い"があり、治癒能力の方は」


「血を垂らす、ものですよね?」



ご名答です。と微笑まれ、なんだか嬉しくなる。


だけも、なんで血を垂らすものなんだろう。攻撃の方と同じで言葉で出来ればいいのに。



「リュクシーの治癒能力が今のように高度なものになったきっかけは、80年前に吸血鬼に恋をした女性が生け贄になってから、です」


ほら、ここを。と示された場所には


[リュクシーの中には日の光を利用して治癒を行うものもいた]


と記載があって。



「それじゃあ、吸血鬼につけられた傷を治すのは無理じゃ……」


「ええ、その通り。血華戦争が行われたのは夜だったと伝えられています。


その時に、吸血鬼たちに傷つけられ怒った国民は、その中の1人である吸血鬼に恋をした少女を"裏切り者"として、月の下で血を流させたのです。


血は吸血鬼にとってご褒美ですから、生贄にしようとしてたのでしょうね。


それに、リュクシーの血は月の光を受けるとさらに効果が増すと言われていましたから。

そして、月の下で彼女を縄で縛り、彼女の血で、

多くの怪我人を治癒させました。


それが曲解されて今世には血で治癒をする能力、と伝わったようです」



お祖母様から前に聞いた話と同じだわ。

一緒に暮らしていた若い娘を裏切りだなんて、酷すぎる。



「……シュゼットさん、ここを見てください」


「はい。……これ!」


「そうです。アンナ・ヘイデル、貴女の曽祖母様でお間違いないですね?」



ロドリック様が改めて示したページには、見たことのある肖像画があって、その下にはアンナ・ヘイデルの文字。


間違いなく、私のひいお祖母様だ。


なんだか、落ち着かなくて、形見でもある首元のペンダントをぎゅっと握った。



その時。


奥の本棚が同じように淡いピンク色の光を放ち出した。


「おや?そちらのペンダントと共鳴してるようですね、行ってみては?」


「は、はい……」



すぅと光に吸い寄せられるように本棚の方へ行けば、そこにはローズクォーツが中心に埋め込まれたブローチのようなものがあって。



「これ、なんですか?」


「魔道具の一種ですね。そちらのペンダントと共鳴していることを見ると、こちらもアンナ様の物なのだと思いますよ」



たしかにブローチとペンダントを近づけてみれば、さらに光が増す。


すると、パサッと一枚の封筒が落ちてきた。



「おや……〈ヘイデル家の子孫へ〉と書いてありますね。


シュゼットさん、お読みになったらどうです?」



「……そう、ですね」



「私は向こうで王妃様について調べていますから、ごゆっくり」



優しいロドリック様が席を外してくださったから、私は隅にあった1人がけのソファを引っ張って手紙を読み始めることにした。


赤いシーリングスタンプはもうかなり古びていて、ペーパーナイフを使わなくても簡単に開けられた。



中の文字は少し滲んでいて、読みにくいところもある……お勉強、頑張っていてよかったわ。


ひいお祖母様が伝えようとしていることを、ちゃんと理解したいもの。




〈この手紙を読んでいる貴女は、私のひ孫、もしくはそれよりもっと後の方なのかしら。


初めまして、私はアンナ・ヘイデルです。

届くかもわからないお手紙だけれど、人生が終わってしまう前に、伝えたいことがあります。



今、貴女に、大切な人はいますか?



私は大好きで心の底から愛していた大切な人がいました。

けれど、目の前で息を引き取る彼の姿は未だに脳裏に焼き付いて離れません。


リュクシーの血が、吸血鬼の傷を治すのにどれほど必要なのか私は分かっていませんでした。

彼を治すために使いたかったけれど、だいぶ傷つけられてしまった私は、彼を助けられなかった。



出会わなければよかった、恋なんてしなければよかったと何度思ったことでしょう。

そうであったなら、彼を傷つけることもなかったのに。


きっと、貴女方は血華戦争の始まりが小さな小さな恋心だったことは誰も知らないのでしょうね。



だからこそ、私は貴女に伝えます。


決して自分を犠牲にしないでほしい。

最後の最後に、大切な人を助けられないなんてことにならないように気をつけて。


このブローチはヘイデル家に伝わる大切な魔道具です。


満月の夜、月光に照らした時に一度だけ光の呪いを使うことができるみたい。


私には、その資格がなかったみたいだけどね。

でもきっと使える人がいるはず、その方の助けになれば嬉しいわ。


貴女が恋をしているならば、その恋が叶いますように。大切な人とどちらも、幸せになれますように。



お祈りしています〉



一枚だけの便箋を読み終えて、折れないように丁寧に仕舞う。


ブローチを部屋の小さなランプに透かしてみれば、ローズクォーツの薄いピンクがキラキラと煌めいてとても美しい。



チャンスは一度だけ……ってことね。


でも、使う時は来ないで欲しいなと願いながら、私は小部屋を少し見て回ることにした。


もしかしたら、何かリアムの役に立てることもあるかもしれないし。



「なんだか難しそうな本がたくさん……これはなんだろう」



ブローチの光に導かれた私は、青い表紙の一等古そうな本を手に取った。


表紙の埃を払って見れば、タイトルは『吸血鬼の殺し方』とあって、思わず私は本を落としてしまう。



「大丈夫ですか?すごい音がしましたが……」


お仕事を終えたのだろうか、ロドリック様が部屋に戻られた。



「すみません、本を落としてしまって」


「ああ、その本は特別重いですからね。お怪我はありませんか?」


「はい。ありがとうございます」



私から本を受け取って片付けてくれたロドリックさんが嬉しそうにこちらを向き直る。



「ところで、私の仕事に目処がついたので、そろそろお昼にしましょう。一緒にいかがです?」


「ぜひ!」



私はブローチをポケットにしまい部屋を後にした。


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