第35話 花火

「リアム!迎えに来たわ!」


「アリスティア、ありがとう」



今日は待ちに待った国王夫妻の結婚式の日。


あれから私はロドリック様の下で楽しくお仕事をさせてもらっていて、今までの窮屈な思いが嘘のよう。


王妃様からのやっかみも少し止んだ。

たまぁに品がないとか、仕事は全うできてるのかなんて嫌味を言われる時もあるけど。



でも、そんなの今日はどうだっていい。


約束通り、陛下は今朝私にリアムを迎えに行く許可をくださったから。


逸る気持ちを抑えて、待ち合わせ場所の森の出口に来ていた。


東の森から王都まではかなりあるから、と馬車まで貸してくださって、私たちは心地よく揺られながら久しぶりのお話を楽しんでいる。



「王妃様の侍女はどう?」


「あのね、もう侍女じゃなくなって、今はロドリック様っていう陛下の側近様のお仕事を手伝っているのよ」


「そうなんだ。何かあったの?」


「私には少し、難しい仕事……だったのよ」



えへへ、と笑って誤魔化してみたけど、多分ダメね。


リアムの形のいい眉がどんどん寄っていく。

……嘘ついたのバレてるわ、きっと。



「本当の理由は?僕に言えないこと?」


ほら。

観念しよう、やっぱり私に隠し事は無理みたいだわ。



「その、実は……王妃様にいじめられてしまって」



その瞬間、リアムの視線が怒ったように鋭くなった。


「王宮に行く前、僕と約束したの忘れてたの?

もしも君が傷つくようなことになる時は僕のところへ逃げてきてって。


どうして、お仕事が変わるまで我慢したんだよ。

君が傷つけられて悲しい想いをするのが、僕が嫌だったの伝わってなかった?」


あぁ、どうしよう。


矢継ぎ早に告げられていく言葉が、私の心音を加速させる。

怒られているのに、何だかすごく暖かくてくすぐったい。


口元、緩んでないかな。

ちょっぴり目頭が熱いのもバレてないといいけど。


今、泣いたら余計リアムに心配かけちゃうからダメよ、我慢しなきゃ。


でも、好きな人が自分を心配して想ってくれているのって、こんなにも嬉しいことなのね。


この気持ちのまま、恋に落ちていることを伝えられたらいいのに。



「…………ごめんなさい」



かろうじて捻り出せた言葉に、リアムの視線から鋭さが消えていく。


そのまま、私は言葉を繋いだ。



「私ね、リアムのお兄様と王妃様のことを信じたかったの。


リアムはすごく優しい人だから、お兄様もきっと優しい人で。そんな国王陛下が選んだ王妃様もきっと優しい人だって信じていったわ。


でも、王妃様は私みたいな人が嫌いだったようね。頑張りたかったけれど、無理だった」



私はそのまま王妃様にされたことをリアムにも全て話した。


内容が増していくたびに、今度はリアムの視線に悲しげな色が足されていく。

そんな顔、させたくなかったのに。


「……でもでも、今はいいところで働かせてもらってるのよ!だからそんなに心配しないで、ね?」



私の精一杯の強がりをどうか見抜かないでほしい。


リアムが私を想ってくれてるように、私も貴方の事を悲しませたくないって想ってるの。伝わってるといいな。



「この間もね?ロドリック様が……「ごめん」


リアム、?どうしたの急に謝って、」



「何も知らずに勝手に怒って、ごめん。


アリスティアなりに頑張って耐えようと思ってたはずだろうし……

第一今だってこうやって馬車で移動してるくらいなんだ、走って逃げて来るには遠い。


なんていうか、その……寂しかったんだと思う。

前にも言ったと思うけど、君と会う時間は僕の退屈な日常の楽しみなんだ。


それを勝手に奪われて、その友人が僕の助けられないところで傷つけられてたって知って……悔しくて。


だからってあんなふうに詰め寄っていい理由にはならないんだけど……」


ごめん、と珍しく感情を露わにするリアムが、すごく愛おしく思える。


王都にはもうすぐ着いてしまう。

その前に伝えられる分だけ話さなくちゃ。


リアムがちゃんと結婚式をお祝いできるように。

私のことを、少しでも見てくれるように。



「あのね、陛下は……リアムのお兄様は優しいお方だった。貴方のことを心配していたわ」


「そっか……僕のこと忘れてなかったんだ」


「忘れるわけないわ!たった一人の弟ですもの」



「そう、だよね。うん。僕は兄様の弟だ」



そう言うリアムの目にはいつもより光が入っていて、少しだけ嬉しい。


「私が今任せられた仕事もね、陛下がリアムを、」


「シュゼットさん、着きましたよ」


残念。後ちょっとだったのに。

でも確かに馬車の外から聞こえる歓声はさっきよりもずっと大きい。


フェスティバルなんていつぶりだろう。


結婚式は昼間にも行われたみたいだけど、リアムと一緒にいられないから、私たちはお披露目式にだけ来た。


日も落ちかけていて、ほとんど光は感じない。

お二人が国民の前にいらっしゃるのも短い間だし、フェスティバルもちゃんと楽しめそうね。



……どうしよう、すっごく浮かれてる。



短い時間だけれど、すでに気持ちが弾んでいる。

すでに今日が終わってほしくないと思うほどに。



「思ってたよりあっという間ね。

そうそう、メモリアル・ロードに色んなお店が出ていたの!


何か見たいところはある?久しぶりのお出かけでしょう?リアムの行きたいところから向かいましょう!」


「……今日はお仕事ないの?」



「ええ!リアムに会うって伝えたら、陛下がお休みをくれたの。


さぁ、時間がもったいないわ!結婚式が始まる前に行きたいところ、見たい物、全部行きましょう!」



御者さんがドアを開けてくれて、馬車を降りれば

隣にフードを目深に被ったリアムが立った。



……念のため、ロドリック様から借りた傘を持って行こう。


少しでも長く彼といられるように。



チラリと横を見れば、いつもと違う紺色のローブを着ていた。


胸元には小ぶりなブローチが控えめに光っている。



「今日はいつもの黒いローブじゃないのね?」


「……仲間が貸してくれたんだ。

兄様の結婚式だから、少しでもお祝いしたいし……それに外じゃ黒は目立つから」


「そっか!そのローブも似合ってるわよ!


まずはリーズ王国名物のリボンドーナツを食べに行きましょう!」



お祝いムードに包まれるメモリアル・ロードを歩いていれば、そこかしこからいい匂いがして、色々寄り道してしまう。


リボンドーナツを食べて、二人で街のみんながつけている花飾りを買って、広場で開かれているマーチングバンドの演奏を聞く。



「(これが、学園の子たちが憧れていた"デート"ってことかしら……なんて楽しいの!)」



リアムの顔をチラッと見れば、周りを見ながら楽しそうに歩いている。




少しだけ手が触れそうで触れないその距離がもどかしい。



ちょっとだけ手を伸ばしてみたけど、小指が触れる前サラリと交わされてしまった。


傷つけないようにしてくれている優しさが嬉しいけど、絶対に埋まらない彼との距離を示されているようで切ない。



「次はどこへ行く?」


「そうね……あ、でも。そろそろ、お二人がいらっしゃる時間だわ。ここだと人が増えるけど、大丈夫?」


「うん。折角だから、近い場所で兄様を見たい。これが最初で最後かもしれないし」



その時、お城の鐘がゴーンとなって、披露宴の始まりを知らせた。



「……綺麗だわ」


「兄様だ、……なんだか遠か感じるな」


白いドレスに包まれた王妃様はとてもお綺麗で準備を手伝えたらよかったのに。なんて少しだけ思った。


けど、奥の方で目元を拭うカイラ様の姿を見えて、私はお邪魔だったかなって、やっぱり思う。


リアムはずっと陛下のお姿に感動していて、お二人の姿が見えなくなった後もずっと、隣で何やら呟いていた。


広場にはまた賑やかな音楽が戻った。

あとは、前に見れなかった花火を見れればいいのだけど……。


「リアム、大丈夫?少し疲れてない?」


「大丈夫だよ。アリスティア、今日はありがとう」



「リアムが楽しめたようで私も嬉しいわ!」


「花火、上がるんでしょ?せっかくなら、見ていこう、よ」



……うーん、やっぱり少しだけ疲れていそうだ。


「ねぇリアム。花火は馬車の中でも見れるわ。

一度人気の少ないところへ行きましょう?」


「……バレちゃったか、ごめんね。久しぶりにこんな賑やかなところに出たから体がびっくりしてるみたいだ」



危ない、良かった気づくことができて。


馬車はメモリアル・ロードの入り口に止めてあるって言っていたし、そこまで遠くない。



だんだん人気も無くなっていくから、内緒話には

ちょうどいいわ。


私は森へと向かう馬車に乗る間、静かに言葉を繋いだ。



「ねぇリアム。私、貴方に聞きたいことがあるの」


「急に改まってどうしたの?」


私の数歩先を歩いていたリアムがくるりと振り返る。


その顔は今まで見たどんな顔よりも、柔らかくて、言葉を繋げることを躊躇してしまう。


本当はこんなこと聞くべきじゃないのよね。



吸血鬼であることを一番嫌っているのはリアム自身だもの。



だけど、今しかない。

何故かそんな気持ちがしてる。


重たい口をなんとか開いて、少し掠れた声で言葉を繋いだ。



「貴方は……人を襲ったことがあるの?」



リアムの目が分かりやすく開かれる。

だけどすぐに逸されて、リアムの低い声が森の中に響いた。



「…………僕は2年前に君のお祖母さんが血で怪我を治しているところに居合わせたよ。

あの時倒れていた人を襲ったのは、僕だ」


「!貴方だったのね……」



「あの時、僕は初めて人を襲ったんだ。自分でも分からない内に吸血鬼に意識が支配されていて、気づいたら下に血溜まりが広がっていた。

その時の感触は今でも覚えてる。



彼らの悲鳴、痛みと恐怖に染まる顔、血の匂い、赤い色。



だから、あの時。君と手が触れて、傷つけてしまったんじゃないかって不安になった。


君の手から血が流れているのが見えて、


それで、意識が乱れて…………こんな風に変わったんだ」



リアムが話し終わると同時にドーンッと遠くで花火が上がる音がして、アリスティア、と小さく名前を呼ばれて。



ゆっくり顔を上げてみれば、そこにはいつもの優しい微笑みをくれるリアムはいなくて、鋭い牙を持ち目が真っ赤に染まった吸血鬼リアムがいた。



「これが僕の本当の姿だよ…………今まで黙っててごめんね」



バチッと目があったその時、リアムの身がこちらに倒れてきて首筋に痺れが走る。


喰べられる……!そう思って来る衝撃に耐えるべく、目を瞑ったその時。



「ぅがァっっ⁈」



目の前が眩く光って、リアムの身体が馬車へ放り込まれた。


その後、誰かに腕を引かれて、ドンっと何か暖かいものに当たって上を見上げれば。



「シュゼットさん、無事ですか!」


「ロドリック様……⁈」



足で扉を閉めて、ロッドを向けて何やら呪文を呟くロドリック様がいた。


その間も私は彼のマントを被らされていて、馬車の方が見れない。


視界が塞がれた分、過敏になった聴覚には低い唸り声がずっと聞こえている。

……リアムを助けなくちゃ。



そんな思いで険しい顔の上司を見上げると。



『うぁあ"あ"あ"ぁぁぁッ!!!』



「リアム⁈……ロドリック様、い、いま、何を」


「馬車に呪いをかけました。彼はこのまま王宮の地下牢に連れて行きます」



一等力強い悲鳴が届いたかと思えば、耳に飛び込んできた地下牢というワードに私の体がふるりと震える。


馬車の方へ行きたくても周りは近衛兵の方がいらっしゃるし、両肩をロドリック様に力強く抑えられていて動けない。


そのまま、手を引かれて彼の馬の上に乗せられた。



「一度城へ戻りましょう。ここは危険ですから。

怖いかもしれませんが私がいますからね」


「……待ってください、リアムは?」



「彼は、もう……」




その時後ろで爆撃に近い音が鳴って、私はロドリック様の腕の中に隠された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る