第36話 苦々しく真実

『……久しぶりだな、お偉い騎士様』


「誰だ、お前たち」



『アンタの爺さんたちに倒された吸血鬼だよ、うちのリアムによくも呪いをかけたな』


『ライル、落ち着いて。ここには彼女もいるんだ、あまり暴れられちゃ困るよ』



馬を降りて視線を動かせば、今まで感じたことのないほど重苦しい黒いオーラを放つ青年が2人立っていた。


リアムの知り合い……吸血鬼の仲間だわ。

きっと彼のことを守りに来てくれたのよね。



私を背に隠しながら剣を向けるロドリック様の後ろから、白髪の青年と目が合った。



「私のことも知っているの……?」


『ああ、もちろん。

君とリアムが出会った時から知っているよ。なんなら、君のおばあさんとその上のおばあさんのことも』



私とリアムが出会った時から、ですって?

それに私のひいお祖母様まで知っているなんて、驚いた。


もう少し話がしたくて一歩踏み出すけど、すぐに静止されてしまう。



「シュゼットさん、私の後ろに。彼らに近づいてはいけません」


「でも、彼らはリアムのお友達だわ。だから、私には悪い事はしないはず。


……それに、リアムに呪いを掛けたっていう貴方の事を信じたくは、ない、です」



少し息が上がる。

でも、私に何もしていない彼をまた傷つけたなら、今度こそ許さない。


私を守ってくださってるのはよくわかる。

けど、私にだって守りたいものはあるのだから。



「シュゼットさん。私は貴女を上司として守る責任があります。ですから、早く下がって……!」


『おいおい、釣れないこと言うなよ、ロドリック・キーン。アンタの爺さん達がしたことをお嬢さんに教えてやったらどうだ?』



「黙れ、吸血鬼風情が!」


『…………ねぇ、ライル、君は彼の相手をしなよ。僕がお嬢さんの相手をする』


『あァ、それがいいな』



ぐっ……と森の中の空気が重さを増す。


ライル、と呼ばれた彼は体を低くして戦闘体勢に入ったようだ。


だけど、その顔には不気味なほどに笑みが浮かんでいて、人ならざる者の余裕が垣間見える。



『ほら、お嬢さん。こっちおいで〜』


「貴方と話せば、私にどんなメリットがあるの?」



『わあ、驚いた。見た目の割に賢いんだね!


うーん、そうだなぁ…………よし、こうしよう。

君が、いや王国で暮らす人間たち誰もが知らない話をしてあげる。



吸血鬼になった人間を助ける話だよ』


クツクツと喉を鳴らして笑う男。


明らかに私を誘っている甘言だけど、何故だか嘘をついているようには思えなくて、彼の方へ足を踏み出した。



リアム、待ってて。今度は私が助けるわ。



「っ、シュゼットさん!!いけません、戻って!」


『ほらほらァ、お前の相手は俺だぜ』



後ろでロドリック様が静止してくれているみたいだけど、私は構わず近づいた。


数秒後に、後ろでは激しい戦闘音が始まった。



『よかった、ちゃんとこっちに来てくれて』



ここに座りなよ、と地面を叩かれて彼の隣を示される。


リアム以外の吸血鬼とこんな近い距離にいるのは初めてだったから、少しだけ怖かったけれど私は勇気を持って隣に座った。




「リアムは今どうしているの」


『……本当に彼のことを大切に思ってるんだねぇ、、あの狭苦しい馬車の中で、アイツが掛けた呪いと必死に戦ってるよ』


「そんな……」



ロドリック様が私を守ろうとしてやってくれたことには変わりない。


あのまま誰も来なかったら私はきっと彼の中の吸血鬼に喰べられていたことだろう。



……でも、どうしてロドリック様はここに来たの?


たしかにあの馬車は彼が手配してくれたものだけど、あまりにタイミングが良すぎる。



『今君が考えていることを当ててあげようか。

……あそこで戦っている男が何故ここに来れたか、でしょ?』


「!どうしてわかるの?」



『君は聡明で純粋な瞳をしているからね、特別に教えてあげようか。


これは純血な吸血鬼が持つ能力の一つなんだ。

リアムみたいな途中で吸血鬼に変わった者は持っていない。

だからリアムが君のことを考えていた時も、君とリアムがお喋りしている時も、ボクたちには2人のそばにいたし、ぜーんぶ筒抜けだった。だから君のことを知ってるって訳』


「そんなことができるのね……」


まぁ、この能力を使ってるモノ好きはボクだけって仲間達には言われちゃうんだけどね。


あ、でも安心してよ、途中でリアムに怒られたからあんまり使ってないよ。とはにかむ彼が危険な吸血鬼には思えない。


この彼もまた、私とは違う気持ちでリアムを大切に思ってくれているのね、きっと。


そう思えば少し心が落ち着いた。




『それで、何故あの男がここにいたか。

理由は簡単さ。


君のドレスのポケットに入ってるそのブローチ。

それには光の呪い……中でも、持ち主を守護するものがかかっている。その残穢を辿って来ていた、もしくは君たちを追いかけていた、そんなところだろうね』



ロドリック様が私を追ってきた?何のために。


確かに自分に従いている侍女が吸血鬼と狭い馬車で一緒なのは心配かもしれないけど、それ以外の理由があるに違いない。



なんだろう、少し嫌な予感がする。


そう思って振り返ってみても、彼は未だもう1人の吸血鬼と交戦中で話せるような隙はないようだ。



『うーん、ライルは今猛烈に怒っているからね。もう少し時間がかかるかなぁ』


「……その間に、ひいお祖母様のことを教えて」



『ふふ、君は本当に頭がいい女の子だね。いいよ、お喋りしようか』



少しこちらに寄って。ライルの攻撃は当たると痛いから。と小さな声で囁いてくれるから、私は言葉通り少しだけ彼に寄った。



『君が知ってる話も含まれてるかもしれないけど、そこはごめんね?


ボクらの話が人間たちにどう伝わってるか、いまいち詳しく知らないから』


「大丈夫よ。貴方たちの話が聞きたいから』



すると、頭の上にオーロラみたいな揺らめきが映し出された。


真ん中にいるのは、私のひいお祖母様かしら?



『……その通り。


君のひいお祖母さんは、すごく美しい人だった。

ルックスはもちろんだけど、内面も。彼女……アンナがいると、いつもは暗いボクらの国も明るくキラキラして見えた』


「お祖母様から、貴方たちと人間の住んでいるところは分かれていたと聞いたわ」



『ああ、そうだよ。僕たちは人間を守るために、自分たちに、日の光を浴びると怪我をするように魔法をかけてたんだ。


間違っても人間の世界へ行かないようにね。

だから、僕たちの住んでいるところはいつでも真っ暗闇だった。



僕はあまり暗いところは好きじゃなくてさ……あ、今吸血鬼なのに?って思ったでしょ。そうなんだよね、僕もそう思う。

だから、羨ましかったんだ。

人間達が住んでいるところはすごく明るくて、楽しそうで。いつも賑やかだった。



そんなある日、僕らのリーダーが街へ遊びに行ってみようと言ったんだ。

もちろん出るのは夜中。そんな時に行ったって皆寝静まっているし、つまらないと思ってたけど……想像とは全然違った』



生き生きとした表情で昔話を語る彼はとても楽しそうで、思わず私まで笑顔になってしまう。



『彼は、いつのまにか人間の娘と仲良くなっていて、彼らとパーティーを開こうとしていたんだ』


「……その娘が私のひいお祖母様?」



『そうだよ。


アンナとリーダーの……レオが考えたパーティーは本当に楽しかった。

ボクはそこで初めて生き血以外にも美味しいものがあると知ったし、人間が僕たちと仲良くなろうとしていることも知った。


それから暫く彼らと交流が続いたんだ。ある時はボクらが彼らの方へ出て行って、ある時は彼らが小さな光を持って僕らの方へ来ていたよ。


そしてそのうち「2人は恋に落ちたのね」……そうさ。そこからだった、僕らの歯車が狂い出したのは』



今までの楽しそうな顔からは一転、悲痛に歪んだ顔を見せる彼。


頭上のオーロラも悲しげな青色を含み始めた。


そしてその光は突如刺々しい赤が出されていく。

人影に映る笑みは怯えた表情に変わった。



『その時もパーティーをしていたんだけどね、1人の仲間が突然暴走したんだ。


彼が食べたパイの中に薬が盛られていたんだったかな。そしてその場にいた人間を手当たり次第襲い始めてしまったんだよ』


「薬?私がお祖母様から聞いた話と違うわ」



『まぁ、そうだろうね。

誰も自分がした悪事を残しておく訳ないだろ?


しかもその薬は、好奇心旺盛な化学者による、タチの悪いイタズラだった。

誘発的に吸血鬼を凶暴化させることが出来れば、戦争に有利になるとでも考えていたんだろうね。


その当時、リーズ王国は他国と紛争をし続けていたから。ボクらを戦争の武器にするなんて、当時の国王は頭がイカれてるよ。



そして、その吸血鬼はそのまま撃ち殺された。

アイツの爺さんによって、ね』



顔を上げた彼の目には今も戦っているロドリック様が映されていて、その目は赤く光っていた。


さっきのリアムと同じ、深くて暗い紅色。

意識を馬車に向ければ、何やら女性の違う声が聞こえる。



『あぁ、多分中にいるのは治癒の能力に長けてる仲間だから、リアムの力になるはずだよ


「リアムは、助かるの?」


『どうだろう、リアムがどれくらい自我を保っていられて、戦い続けられるか……に掛かってる。


こればかりはボクにもわからないや、ごめんね。

さぁ、話の続きをしよう。



彼が騎士団に殺されて、ボクたちの間には大きな亀裂が入った。


誰も人間の世界には行かなくなったし、来客もなくなった。

それどころか、両地の間には魔族が張った強い結界が張られた。


何人か仲間が人間を喰らうために越えようとしたけれど、その都度大怪我をして帰ってきたから、大人しくしていて正解だったよ。


そしてある満月の日。



僕たち吸血鬼と人間は大きな戦いを起こした。

原因になったのは、レオとアンナの恋、だよ』


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