第37話 宿命

『忌み嫌っていた吸血鬼と恋に落ちて、しかも子供を妊っていたことを知られたアンナは、すぐに人間たちから嫌われてしまって……


でも、アンナがみんなの人気者だったという過去は変わらない。

だから、吸血鬼に騙されたんだと思い込んだ馬鹿な人間たちは……


最大の復讐に彼女の目の前でレオを殺そうとしていたんだ。



そして、僕たちはこちらへ攻撃してくる人間たちに応戦すべく戦いを受けたよ。



でも、僕たちは誰も人間を傷つけなかった。

それが、レオとのたった一つの約束だったから。


沢山の仲間が死んで、沢山の人間が死んだよ。


運良く僕やライル、それから他にいる数人の仲間も残ることができた。レオも、ギリギリだった。


全部の攻撃をほぼ1人で受けていたからね。

ほとんど瀕死だったけど。


人間側で残ったのはアイツの爺さん、ただ1人。


その時、夜空に大きな満月が光って…………』



その時カァンッと剣が当たる音が響く。


その音に振り向いて向こうを見れば、2人の間合いは完全に詰められていてロドリック様の頬には傷が目立っていた。



「……ッロドリック様!もうこれ以上は!!」



『うるせぇ!!嬢ちゃんは黙ってな。これは俺の相棒の仇なんだ』


「シュゼットさん、止めないでください。祖父の仇は私が返すと決めていたんです。貴女に会うずっとずっと前から」


「そんな、」



止めることも声をかけることもしない彼は、静かな目で2人の戦いを見つめていた。



『……困ったな。あれじゃまた同じことを繰り返すだけだよ』


「何か方法はないの、?」



『難しいね。残念だけど、騎士様が死ぬか、ライルの魔力が枯渇するか……そのどちらかだ。


リアムが出てこれればいいんだけど』


チラリと馬車を見ても、未だ人が出てくる気配はない。


それどころか中で何か言い争っているような声が大きくなっている。



『仕方ない、もう少し時間稼ぎをしよう。


君のその首にかかっているペンダントとブローチのお陰で騎士様は当分死なないだろうし。

ライルも、リアムがいるから魔力の枯渇は大丈夫でしょ。


えーっと、どこまで話したっけ?』


「その後の話は知ってるから、大丈夫よ。


……ねぇ、ひとつ聞きたいことがあるの」



『いいよ、答えてあげる』


「あの時、私が貴方たちの屋敷に行った時。


リアムの中にいた吸血鬼は誰なの?その、さっき話していたレオって方?」



ずっと気になっていた。


私のことを歓迎していたけれど、さっきは喰べようとしてきた、よくわからない人。



もしもリアムの中にいたのが、レオさんなら、この戦いもきっと終わらせてくれるはず。


そのためなら、私が多少犠牲になったって構わない。



『……君は、アンナにそっくりだね。

でも、その考えは誰も幸せにならないから辞めることをお勧めするよ。


君の言う通り、リアムの中にいたのはレオ。アイツは……そう、ずっと復讐の機会を狙ってた。

ボクらもそれに協力していたけど、なかなかいい器がいなくてね。


あぁ、器っていうのは、ボクらが憑いてもその魔力や存在感に耐えられる元・人間のこと。

この森にはたまぁに吸血鬼になった子が送られてくるんだけど、リアムが初めてだった。


みんな喰い破られて死んでしまう。

そのままボクらが生き延びるための養分になってくれた。


なにしろ、レオの魔力はボクらの中でもピカイチだったからね。


だけどリアムは違った。


初めなんかボクらとは馴れ合いたくない、なんて跳ね除けて反発してたんだよ?

でも徐々に心開いてくれて、るのかな。わからないけど、今もこうして誰のことも傷つけないようにしてる。


そういうところもレオそっくり。

だからこそアイツの魔力に順応してるんだろうね。

何なら使役までしている。


それにもっとレオに似てるところがあるんだ』


「似てるところ?」


『そうそう。人間である君に惚……ってこれは内緒だった。忘れて』



バツが悪そうな顔で、顔を背けられる。


しかし次の瞬間、彼は突き動かされたように戦闘中のライルさんの元へ飛んで行った。



『ライル、まずい。月光だ、!』


『……チッ、一旦戻るか』



そのまま2人の姿が消えていく。


同時にドサリと重たい音がして、ゆっくりと振り返ればロドリック様が地に倒れていた。


騎士の方が駆け寄っていって応急処置をしているのを見ていることしかできない。

地面に奥深くに頑丈な根を張られてしまったみたいに動けないでいた。



「ロドリック様!」


「……クソッ、!また逃げられた」


「追うことは、不可能そうですね。先に手当を」


「申し訳ない、余計な手間を」


「気にしないでください!」



流石は近衛兵たち、手際がいい。


ただ、口元や肩、足元からも出血が見られ、呼吸はゼェゼェと音を立ててしまっている。


徐々に身体中に包帯が巻かれていくロドリック様の姿がさらに痛々しい。



彼の元で働いて2週間やそこらだけど、目の前に傷ついた人がいるのに何もできないことが歯がゆくて仕方がない。


どうしよう、私に何ができる?

ここは自宅に助けを呼びに行くには遠すぎだ。


でも、お祖母様を呼べば……いや、私の望みのためにお祖母様を傷つけるのは何か違う。



「大丈夫ですよ、シュゼットさん。そんな心配そうな顔をしないで」


「ロドリック様、?でも、怪我が!どうしてここまで戦い続けたんですか……」



「祖父との約束でした」



少し腕を貸してくれますか、と掠れ声で伝えてくるから急いで駆け寄る。


騎士の方が手当をしてくださったから良いものの、深手を追っているのかもしれない。かなり辛そうだ。



「100年前の血華戦争で亡くなった祖父ですが、遺言状には様々なことが書いてありました。

同じく騎士団に所属していた父への心配事、それと……ゴホッ、ッグ、カハッ、」


「今はお話よりも安静にしておかないとダメですよ、近衛兵の皆様に王宮まで送って頂きましょう。


そうすれば宮廷医にお見せすることもできますし、安静に休むことができます。ね?」



「私がここを離れて、もしも凶暴化した彼が貴方を襲ったと、温いベッドの上で報告されることの方が辛い。


このままでいいので、続きを聞いてください



祖父との約束の一つは、もう二度と吸血鬼による被害者を出さないことです。

父の時代に彼らは復活しませんでしたが……


今、私の代で彼らが戻ってきている。


こんな絶好の機会はありません。沢山の人を死にたらしめて、祖父と祖母を引き離し二度と会えなくした彼らへの報いを、私は果たさなければならない……ッ!!」


「ロドリック様、!立ち上がっては傷に響きます、今は……!」



その途端、手袋がはめられた大きな手に冷え切った私の手が包み込まれた。



「私は大丈夫、貴女のことは必ず守って見せます」


「……どうしてそんなに、私のことを」



「貴女は大切な私の部下ですからね」



手に感じていた温度が離れ、徐々に頬へ伸ばされていく。


しかし、その瞬間。

後ろから誰かに引き寄せられ、その手は空を切った。



「……アリスティアに触るな」




低く地を這うような声が響いて、次の瞬間には馬の蹄の音が段々と大きくなって聞こえて来た。


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