第41話 僕だけのトゥルーエンド

「お別れ……?嫌よ、いや!これからも貴方と……!」


「ダメだ。僕を忘れて、君は幸せにならなきゃいけないんだ」



「リアムがいない幸せなんて、そんなのちっとも嬉しくない。欲しいなんて思ったことないわ、!」



……困ったな、どうやって伝えよう。



早くしろ、リアム。


アリスティアの怪我だって軽いものじゃない。ちゃんと治療して、彼女が好きな服を楽しめるようにしないと。



……仕方ない、こうするしかないんだ。



月が雲に隠れて、少し痛みが和らいだから僕は起き上がってアリスティアの目を見つめた。


大粒の涙が浮かぶ真っ直ぐで純粋な汚れを知らない綺麗な蜂蜜色。


反射する僕の顔は、自分でも驚くくらい寂しそうで、無理やり笑顔を作った。

……不細工だなぁ、全く。



好きな子の前だよ?もう少し綺麗に笑わせてくれたっていいのにね。



すぅっと深く息を吸って、震えないように少し大きな声を出した。



「ね、僕の目を見て」


「……綺麗な赤い瞳ね、私の大好きな色よ」



「うん。僕も君の蜂蜜色が好きだよ。それから薔薇色の頬も、よく回る口も、笑顔も。


今まで一度も言ったことがなかったけれど、赤いケープも君によく似合ってる。

真っ暗な森の中に、君のその赤色が少しでも映ると、僕はどうしようもなく嬉しくなった。

今日はどんな話を聞かせてくれるのかなって。


逆に姿が見えないときは、何かあったんじゃないか、危険なことに巻き込まれてないか、怪我はしてないかってすごく心配だったよ。

ここは、君には似合わないほど、真っ暗で危ない場所だからね……ゴホッゴホッ」



もう少し、もう少しだから頑張れ。


ベッと口の中に溜まる血を吐けば、またアリスティアの顔が悲痛に歪む。

そんなに頑張らないでいい、と言いたげに背中を擦る手に力が籠もるけど、気づかないフリをしよう。



「それで、ふぅ……君と兄様に会いに行ったのも、沢山の人がいるボールルームの隅っこで隠れるように踊ったマズルカも、フェスティバルもすっごく楽しくてさぁ……いい思い出だ」


「思い出なんて言わないで。もっといっぱい、作ろうよ。私を一人にしないで、ここに置いて行かないで、」



あぁ、大切な子の泣き顔を見るのはすごく、辛い。


ずっとずっと、笑っててほしいんだ。

その隣に僕がいなかったとしても、ティアが幸せなら、それが僕の幸せだ。



「どれだけ沢山のティアと過ごした楽しい日々があってもさ、僕は吸血鬼なんだ。


それが変わることは絶対にないんだよ。


何年、何十年待ったって、君と一緒に陽の光の下を歩くことはないし、

どんなにこいねがっても、どんな夢を描いてみても、僕の牙と爪は消えない。


だから、泣いてる君を慰めたくても触れることもできないんだ。君を傷つけてしまうから」


「貴方に傷つけられるなら、それでもいいわ」



「ダメだよ。君は可愛い女の子なんだから、もっと自分のことを大切にしないと


……だから、」



その時グイッと腕を引っ張られた。

目の端に映った腕が痛々しい、それにティアの血に染まったブローチが徐々に黒く染まってきている。


タイムリミットが近いみたいだ、もう最後にしないと…………



「いや、このままお別れになるなんて絶対に嫌……お願い、リアム。助けてって言ってよ。


寂しいって言ってよ、まだ生きていたいって、



死にたくないって言って……!!」



「……君にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどなぁ、」



どうも格好がつかないや。


そんな弱気な言葉は飲み込んで、無理やり溜飲を下す。

僕の手を掴む華奢な手をそっと下ろせば、行き場がなくなったように地面に広がるドレスの裾をぎゅっと握り締めた。


涙は止まることを知らず、腕に流れていた血は少し固まってきたのか、色が黒く変色している。



「ティア、顔を上げて」



ぐすっと鼻を鳴らしたアリスティアの顔が上がる。


僕の息はかなり上がってきてて、もう死期が近いことを感じた。

最後に笑ってお別れできればいいんだけど、大丈夫かな。



「…………なぁに、リアム」



「僕は君と出会えて本当に幸せだ。


君を幸せにできない哀れな吸血鬼の名前を何度も呼んでくれて、心の底から愛してくれる。別れを悲しんでくれる人がいる。



こんなに幸せなことはないよ、ありがとう。



…………あぁ、そんなに擦ったら腫れてしまうよ、ほら、こっち向いて。


そうだ。ティアが望んだセリフを言ってあげることはできないけれど、僕から最後のお願いだ」



「な、にっ……?……ふぅ、っ……、ぅう……!」



「元気に生きて、誰かを愛して、愛されて。

そして誰よりも幸せになってね。


これが僕の願いだよ、約束してくれる?」



…………こんなの、また呪いになっちゃうかな。

解放してあげられなくて、ごめんね。


きっと君は笑って許してくれるのかな。

それとも、怒る?


わかんないや。



ただ、いつか。


いつか僕との日々を思い出すことができた時に、意地悪って笑ってくれたら、それでいいや。



「それが、叶ったらっ……、リアムは、っ……、幸せ?…………っぅ」


「うん。君の幸せが、僕の一番の幸せだよ。


それじゃあ、これでお別れだ。

元気でね、アリスティア。



愛してくれてありがとう。


………………【トルー・メモワール】」



僕はアリスティアに一つ"祝福"を授けた。



ミロワール・ド・メモワールが攻撃を跳ね返すための異能で、これはアリスティアを守るための異能だ。



これ以上僕と一緒にいれば、きっと僕は彼女を骨まで喰らいつくしてしまうだろう。


だって、それが僕に残った呪いだから。



それは何があっても許しちゃいけない。

僕が彼女を喰べることだけはあってはならない。



だから、ごめんね。アリスティア。

君を守るためだから。



…………本当は忘れてほしくなんてないけれど。


さっきアリスティアにかけたのは記憶を失くさせる闇の祝福。


文字通り僕のことだけ忘れさせた。


これで、きっと大丈夫。



アリスティアの周りでうごめいていた黒い霧がサァァと晴れて僕の手の中に戻ってくる。



「やぁ、こんなところで何してるの?」


あぁ、僕はちゃんと笑えているだろうか。




「…………んん、?えっと、貴方は、誰?」



パチパチと瞬きをしたアリスティアの瞳と目があって、初めて会った時に聞いたことのあるような声がした。




「…………吸血鬼、だよ」



そう言って脅かせば、キャッと短い悲鳴をあげてアリスティアは僕らが待ち合わせていた木を通り過ぎて、明るい光の方へ走り去っていった。




「さようなら。……どうか、お元気で」



万が一にも彼女が戻ってこないように、霧を木々の方へ放って封鎖する。



これで終わり。彼女との楽しい日々は終わったんだ。

でも、これでいい……これが正解だから。



「……あ、あれ?おかしいな」



そう分かっていても、僕の目からは涙が溢れて止まらない。


別れることがこんなにも苦しいなら、愛なんていう甘くて切なくて、夢みたいな感情、知りたくなかったよ。




頭がガンガンする……ゼェゼェと肺が鳴る。


酸素が回っていなくて、もう腕を上げることすらできない。



段々挟まっていく視界の中、僕を優しく見つめる誰かと目が合った気がした。




『……よく頑張ったよ、リアム』




悪役は死んで、正義が勝った。


だけど、これも僕のハッピーエンドだ。





彼女が僕の知らないどこかで幸せになれるなら、

それが僕だけのトゥルーエンドだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る