第40話 僕らに掛かった最大の呪い

「……いや、やめてください、王妃様!何故こんなことをッ、!」



大きな音を立てて背中が地面についた瞬間、腕から大量の血を流すアリスティアの姿が目に入った。


血が滴り落ちる短剣を手にしているのはボロボロの王妃。


あぁ、クッソ……助けに行きたいけど体力も魔力もない、



「陛下、ご無事ですか!」


「何故、戻ってきた。それに、その行為にはどんな理由がある、!」



「リュクシーの血は、特別な治癒能力があるのです。陛下を助けに来たんですの、!」


地面の血溜まりの中には、彼女がいつも首に掛けていたペンダント。

どんどん鮮血に染まっていっているのに、真ん中で光り輝いている。


……あの時の光はこれか。それにリュクシーの血の匂いには、同族の魔力量を底上げするんだったっけ。

だから僕の魔法も、ライルのも弾かれてしまったんだろうな。


はっ、なんでこんな僕、冷静なんだろう。

もうすぐ死ぬ、んだよね。じゃあ、もう何でもいいか。



アリスティアのことだけ助けに行きたいんだけど、あぁ、でも誰かが助けるのかな。

傷つけることしかできない僕にできることなんて何もないか。



『リアム、諦めるな!癒やしを、【アンジュ・プリュメ】』


『ギル、ボクは何をすればいい?』

『サーシャ兄は、ライルの監視してて。今にもあの女のことを殺しかねない』



『ギル。俺が変わるよ。蘇れ【フェリシテ・シャロノワール】』


「……レオ、?」


『リアム。お前は死ぬな。帰りを待つ人がいるだろ、俺とは違う。


……巻き込んで済まなかった』



あぁ、少し楽になった。魔力が戻っていく心地がする。



「謝らないでよ、ここまで暴走したのは僕だ。それに君がいなきゃ、僕はもっと前に死んでたよ」



細まった視界の中で、レオが初めて柔らかく笑ったのを見た。


と、同時に大きな爆発音が轟いた。



『おいお前ら!!なんでこんな真似を……ッ!!』


「死にぞこないの吸血鬼風情が、黙りなさい」



……だめだよ、ライル。君らの魔力は僕がいないと枯渇するんだろ、全員負傷してる。チェルシーだって、出てこれるかわからないのに。


そう言いに行きたいのに、起き上がることすら叶わない。


僕のために怒ってくれるのは嬉しいけど、また傷つく必要はない。



「王妃、さっさと彼女の手当をしろ。これは俺とリアムの問題だ、安易に君が口を挟んで良い問題じゃない。



それで何だ吸血鬼、全部ぶつけてみろ。リアムは……今、碌に口も聞けないのだろう?」


『国王サマってのは、どこまでも偉そうなんだな。


なぁ、教えてくれよ。お前にとって弟は何だったんだよ。

国王になってから、アイツのこと考えたことあるのか?


いつからお前の中で、アイツを討伐対象にしたんだよッ!!


アイツはずっとお前のことを考えてた。街へと繋がる道でお前を待ち続けたこともあった。何度日が登っても、夜が来ても。


なのに、ただの一度もお前は来なかった……今日までずっと!久しぶりの再会だァ?ふざけるな!!』


「…………それは俺が、国王だからだよ。

俺には重い責任がのし掛かっている。



平和な国を築き、後世に繋ぐこと。それが俺の最大の責務だ。



だから、リアムは、弟は……仕方のない、犠牲だッ!!俺だってできることならこんなことしたくなかった、!


でも、これが俺の中の"完璧な国王"だ。



吸血鬼は余程のことがない限りは死なないと、君たちみたいに魂だけでも残ると聞いたことがある。


……リアムを頼むよ」



『ふざけるな……!』


『ライル、いい加減落ち着け。

まだリアムは生きてる。それにコイツだって、暴走したリアムの異能を受けてるんだ』


『関係ねぇよ!俺は、仲間のリアムが傷ついてることが許せねぇだけだ!サーシャ、お前だってそうだろ?』



『…………お前は!そんなリアムの大切な人を奪うつもりか?』


『は……?』



『ボクらは傷つけられたって、殺されそうになったって異能は使える。

なのに、リアムはもう兄を手にかけようとしてない。この意味お前ならわかるだろ。


親友を目の前で殺されたお前なら、わかるだろ⁈』



遠くの方ではライルが兄様に掴みかかろうとしていたみたいだけど、今はサーシャと取っ組み合いながら、何か言い合っている。


兄様は…………あぁ、倒れてしまってる。

そりゃあ無理もないか。死なないと、いいな。



「陛下、陛下!しっかりなさってください!」


「王宮についたら、まず陛下をフィルノット氏のもとに」


「はっ!」



サーシャたちの数メートル後ろ、騎士に支えられながら馬車へ乗り込む兄様の後ろ姿が見える。


…………あれは、アリスティア?こっちに、来てるのか、?



「戻りなさい!」


「嫌よ、離して!私のこの力は彼のためだけにあるの。


……私に仕事を下さった陛下には感謝しています。だけど、リアムを傷つけたことは許さないわ」



凛とした、それでいて震えているアリスティアの声が聞こえて、僕の体の痛みは増す。


……あの時、彼が死んだのもこういうことか。



絶対に想いあってはならない、愛してあってはならない2人が通じ合った時


この世に存在するべきではない悪役には、代償が訪れる。



大きな痛みとともに、僕は死ぬ。



……あぁ、愛なんて、そんな何よりも辛くて大きな呪い、掛かりたくなかったなぁ。

ティアも掛かってくれたのなら、解いてあげなくちゃ。



諦めて目を閉じようとしたその時だった。



『あれは、ルージュ・ブローチ⁈』


『嘘でしょう?そんなものが残っていたの……!』



一際大きくなったサーシャとベラの声のする方を見れば、大きな瞳に涙をたくさん溜めてピンク色の宝石を胸にギュッと抱くアリスティアが。



『ライル』


『……行くぞ。これを止めるのは野暮だろ』



沢山の涙を流しながら近寄るアリスティアを誰も止められない。


近寄ればどうなるかなんてわかっているライルたちでさえ止めず、むしろ僕を支えて彼女の方へ押していく。



「リアム!」



ティアは白いスカートに土がつくのも厭わず、倒れている僕の近くにしゃがみ込んだ。


さっきまで血がほしくて、彼女を喰べたくて仕方なかったのに、今はそんなことよりも久しぶりのこの近い距離が嬉しくてたまらない。



既に兄様たちも、サーシャたちもいなくなって

静かな森に残っているのは僕たち二人だけ。


その時、ズシャッと目の前で赤色が飛ぶ。


 

「この馬鹿、!何してるんだ⁈」



「リアム、貴方のその傷を治すのはこれしかないのよ。さっき貴方のお友達たちが魔法を使って治そうとしていたけれど、難しいって話をしてるのを聞いたわ。


でも、私のこの血はリュクシーの血。


ペンダントに使ったときは、どうやらあなたを苦しめてしまったみたいだけれど、

このブローチを使えば貴方にかかった呪いも解くことができるはずなの。


永遠の祈りと安らぎを、【ルージュ・セレニテ】」



血が流れる腕を地面においたブローチの上に重ねるアリスティア


今まで見たことのないような、甘さを孕んだ蜂蜜色の瞳と視線が絡み合う。



だけど、僕の体に変化はなく、むしろ再び顔を出した月光に照らされ、傷が痛み始める。



「どうして!これは発現した私の光の呪いじゃないの!


私の血は、リュクシーの血、!

神様でも誰でも何だっていい。私をどれだけ傷つけたって構わないから、どうか、どうか……



リアムを助けてよ…………」



あまりに僕の顔が痛みに歪んでいたのだろう、アリスティアの目からは溢れんばかりの大粒の涙が光っている。



「ルージュ・セレニテ‼︎」



霞む視界でアリスティアを捕らえれば、彼女は何度も何度も短剣で傷を作ってはその血をブローチに流していて。


……これじゃあ、ティアが死んじゃうよ。



そう言いたいのに、傷を治してやりたいのに、息が詰まって何もできない。


彼女がこのまま血を流し続けてもきっと僕の呪いは解けないだろう。



そもそも誰かの死がないと解けない呪いなんだ。


僕がいなくなれば、きっと全部終わる。



僕に掛かった厄介な呪いも、彼女が掛かった呪いも、全部。



「……アリスティア、もうやめて。これ以上、自分を傷つけないで」


「でも、それじゃ貴方が助からないわ、!」



ついに瞳から涙をこぼして、しゃくり上げながら僕に訴える。


彼女の気持ちを否定するようで辛いけれど僕は短剣を引き抜いて、小さく「【クレマシオン】」と唱え短剣を壊した。



「どうして、」


「君を愛しているからだよ、アリスティア。もっと早くに伝えるべきだった。

……あぁ、そんな顔しないで。


僕はティアが笑っている方が好きだよ。



ごめんね。

自分で思うよりもずっと、君のことを愛してるみたいだ。

いつも眩しいくらいキラキラしていて、楽しそうに笑って、僕を怖がりもしない強くて勇敢で優しい君に。


だけどそれももう終わりにしよう。


君が僕の代わりに血を流すというのなら、僕は死んでもいい。

僕は吸血鬼で怪物で、悪役だもの。


ハッピーエンドを迎える必要はないよ。


最後にこうして君と会えたんだ。それで十分だから」



「そんな……私はまだまだ足りないわ。貴方と行きたいところ、見せたいもの、教えたいこと、教えてほしいことがたくさんあるのよ。

花火も見れてないわ。星が綺麗に見える丘だって、朝焼けが綺麗な所も知ってるの。


全部、ぜんぶ。リアムと行きたいのに、貴方がいないなんて、そんなの……!」



拭っても拭っても溢れる涙を代わりに拭うことさえできない。


僕は臆病だから、その綺麗な顔に一生治らない傷をつけたらどうしようって怖いんだ。



悲しそうに嘆く君を抱きしめて、ありがとうと囁くこともできない。


そんなことをしたら、もう二度と離してあげられなくなっちゃう。



優しくて、格好良くて、君を守ってくれる僕より素敵な人がきっと見つかる。

ウェディングドレス姿の君は、あの日見た王妃様よりもずっと美しくて可愛んだろうなぁ


見られないのは残念。

だけど、君の人生の邪魔はしたくないよ。



君を街の綺麗なお屋敷に住まわせることもできないし、人の多いところでデートに行くこともできない。



だって僕は吸血鬼で、君は可愛いかわいい人間の女の子なんだ。



それは太陽が何回昇っても、月が何度満月になっても変わらない。


絶対に変わることはないから。






「ね、アリスティア。お別れ、しようか」



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