第39話 壊れた未来

「……兄様、いま、僕に何を、?」


「ごめんな、リアム」



あの夜に見た剣と同じ色をしている兄様の剣。

それが僕の首元に添えられている。


少しでも身を動かせばきっと切られてしまう。


……まぁ今身動きなんて取れないのだけど。


かろうじて動かせる顔を上げれば、怪我を負った王妃とロドリックを騎士達が囲んでいる。



アリスティアの姿は…………僕には見えない。




兄様が呪文を言ってから剣についているオパールが白く光を放っている。


きっとあれが兄様の"光の呪い"だ。

月光に照らされて何もできない僕とは裏腹に凛々しく剣を構えている。



僕は見えない何かで拘束されているし、身体の痛みは増々強くなった。

兄様の光の呪いは、半永久的に身体を拘束し、術者の周りにある闇魔法を取り除くものだろうか。



今まで周りにあった黒い霧は全て僕の近くにだけ残っている。


これがあるおかげで、魔力が枯渇しなくて済んでいるけれど、時間の問題だろう。



「それで、兄様。僕の質問に答えてくださいよ。


僕はどうせこのままなら死にます。少しの間だ、それに久しぶりに会ったんですから、話をしましょう」



「……誰も殺してほしくないだけなんだ。あと、」


「何ですか。これが国王の仕事、とでも仰られますか?」



初めて兄様に憎まれ口を叩いてしまった。


だけど、悲痛が滲む兄様の顔に、それ以上は言えなくなる。

首元の剣先も声も震えていて……今までこんな兄様見たことない。


まさか。



「…………父上が亡くなった。持病が悪化したんだ、


俺も、間に合わなかったッ、!」


「そんな」



父様が亡くなった、?



兄様と一緒に家へ戻る日が来ると信じていたのに。

もう一度父様とお話しができると信じていたのに。


食卓を囲んで、他愛のない話をして、寒くなったら暖炉の前でココアを飲む。

母上の誕生日には大好きだったトルコキキョウの花を飾って祈りを捧げる。



それが、今の僕のたった一つの願いだったのに。


もうあの家に帰る理由はなくなった。

生きることに固執することも、必要ない。



「……っああああああ!!!」


『リアム、!』



これで僕がもう吸血鬼の運命さだめから逃げる理由は無くなった。


もう我慢する必要はないんだ。



「裏切り者!お前は僕の兄様なんかじゃない!兄様は、僕が知っている兄様は、もっと優しくて、強くて、勇敢で……!!」


「ごめん、。ごめんな、リアム。

助けに行くと言っていたのに、来られなかった。


でも、今助けてやるからな」



うるさい、うるさい、うるさい!


助けなんて、そんなもの必要ない。

この身体が朽ちるまで戦う。ただそれだけだ、もう何もいらない。


僕は呪いに抗うように立ち上がって、兄様に掴みかかった。



「もっと、痛み苦しめ!僕が一人で苦しんでいたよりもずっと!

【レヴール・ドゥルール】」


「っ⁉光の加護を、!【ラルム・ド・ヴェール】!」



兄様と僕の間に頑丈なガラスのようなバリア。

5年前のあの夜とは真逆だ、兄様は自分を守るために結界を張った。


僕が闇魔法に慣れ親しんで使役できるようになったように、兄様にもそれ相応の力がある。

……あの、ロッドか。あれさえ壊せば、この無意味な戦いを終わらせられる。



バリアが厄介だな。


「……壊せ【クレマシオン】」



バリバリッと音を立てるようにして、バリアが割れる。


チラリと空を睨みつければ、もう月光は完全に隠されて曇り空が広がっていた。

それに僕が闇の祝福を打つたびに、周りの黒い靄が濃く多くなっていく。



さっき打った僕だけの魔法が、いよいよ効力を増してきている。

勝機はある、諦めるな。



「兄様、そのくらいで終わりにしたらどうですか。

ここに広がっている靄は、リュクシーの貴方にとって辛いはずだ。


僕だって、実の兄を、それがたとえ自分の命を狙っている相手だとしても

痛め続けるのは趣味じゃない。


もう二度と、僕らは、分かり合えないんだ。

さっさと退散してください、よ!」


「一国を守る王が、そう安々と背中を向ける訳にはいかないんだ……!


はっ、ハッ……【タンドレス・アレーヌ】!」



これは何の魔法だ?


大方、僕の出している靄を消すための魔法だろうが……さて、ここからどうするか。


その時。



『ボサッとしてる暇はございませんわ!』



バンッ、バンッ。と二回銃声が響く。


一度は肩を掠めたようだけど、もう一つは外れてしまったみたいだ。

しかし、兄様は片膝をついて中々立ち上がろうとしない。


畳み掛けるか、……いや、手負いの相手を痛めつけるのはなにか違う。

ヤり続けるならお互いが地に足をつけていないと。




「……ねぇ。君、銃なんてどこに」



『乙女の秘密は星の数ほどありますのよ。


それにあの方が打った光魔法のお陰で効果倍増。

ベストタイミングでしたわね」


「驚いた。君は光魔法の使い手だったの」


『いいえ?この銃の作り手が、と言う方が正しいですわね。


さぁ、リアムさん。私達も参戦できるわけですが、どうなさいます?』



前には右肩を押さえて、ゆらりと立ち上がる兄様。


後ろには……僕の頼りになる仲間たちが。



「……殺さない程度に。あれでも一応僕の兄様だ」



『ほんと、吸血鬼らしくない奴』

『仕方ないな〜このサーシャ様が手伝ってあげよう〜!』



「……それが、リアムの答えか?」



荒廃した戦場の中、剣を構え直した兄様を睨みつける。



「たまには悪役が勝ったっていい。


ねぇ兄様。貴方の奥様が教えてくれたんだ、この物語に僕らはいらないってね。

何も知らない皆は平和な国で幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし……がお好きなのかな?


でも、誰を悪役にするかは人それぞれだよね。


だからさ。僕の物語には、もう兄様たちはいらないんだ。


僕を大切に思ってくれている皆と、僕が大切に思っている人だけがいればいい。



バイバイ、兄様」


「……こんな結末、誰も望んでないだろッ、目を覚ませリアム!!」



その時、兄様の後ろに近衛兵達が到着した。



「陛下、ご無事ですか!」


『おやおや、大勢でこんなところまでご苦労様。ここが、アンタたちの墓場だよ!

雷鳴よ、轟け!!【ノワール・エクレール】」



ベラの怒声と共に暗空から、雷が刺した。

間一髪避けられて地面にヒビが入る。



「戦況は理解したな。全員殲滅だ、誰であろうと構わない。


ただ、リアムは俺の相手……間合いに入るなよ、言い方は悪いがお前たちは一般人だ、無理はするな」



……統率の取れた動き。あーあ、やんなっちゃう。



『さて、敵が増えちゃったなぁ……1発で仕留める?』


『何でもいいだろ、復讐だ』


『了解……じゃあね、勇敢な騎士様【アンフェール・ローブ】』



僕の視線の先で激しい轟音とともに大きな真っ黒な煙が上がる。

サーシャの魔法、あんなに凄かったのか……


煙の中に目を凝らせば、手足を縛られた状態で近衛兵達が倒れている。



『さて、どんどん掛かってきな〜!ボクがぜーんぶ返り討ちにしてあげる』


『チェルシー、サーシャのサポートをしてやんな』

『でも、それじゃあベス姉様は、!』


『いいんですよ、私はもうすぐ弾も尽きます。あとはギルと一緒に皆様の帰りを待ってますから』


『分かりました。……皆さん全員の魔力を底上げします!【ラヴォンド・パラプリュイ】』



サァーーーーと雨が降り始める。

身体中の痛みが徐々に和らいで、魔力が漲っていく気がする。



「陛下、このままでは奴らの魔力が増幅していきます!戦略的撤退の方が、」


「……戦う意思がないものは帰れ。怪我人の手当を頼む。俺は、此処に残る。

今日で全てを終わらせると決めたのだ」


兄様のその言葉に数名が怪我人を背負って帰っていく。

しかし、より屈強な騎士たちはまだサーシャたちと対峙しているようだ。



血華戦争もこうだったのだろうか。



憎しみと恨み、行き場のない怒りに悲しみ……それが全て重なった時、僕らに残された選択は戦闘しかいない。


僕たちを中心に周りでは激しい交戦が続く。


タイムリミットは雲が動いて月が顔を見せるまで。

もしくは日の出だ。



「リアム、大人しく引き下がれ。今なら俺はお前を殺さない……もう一度、弟だと思い直す」


「何言ってるの、国王陛下。攻撃を止めるなら、僕は貴方を殺す」



どうせ壊れた未来なんだ。

今更凄惨な過去を繰り返したところで傷つく人は誰もいない。


その時、フクロウの声が僕の耳を劈いた。

…………ずっと、この森にいるフクロウだな。兄様の仲間か?


僕を見つめているとは思っていたけれど、邪魔だな。



「燃えろ【ブリュム・ドゥ・シャルール】」


「光を【サンクチュール・エタンセル】」



フクロウの目から、光線が飛んでくる。


僕の腕を通って、後ろにいたベラを直撃した。



『ベラ!!』


『魔族の方の呪いは、強いね……リアム、あたしは先に失礼するよ。生きて、またあたし達のところに戻ってくるんだよ』



フクロウは燃えた。しかし、チェルシーの雨が弱まっていく。


あのフクロウは魔族の使い魔か、これ以上の助太刀をされたら厄介だ。

それに、僕に居場所をくれたエリザベスを傷つけておいて、逃げ帰るのは許さない。


もう少し兄様とお話していたかったけど、仕方ないな。



「ライル」


『あァ。……人間ども!これで最後だ。精々闇の中で苦しめばいい!【リュミエール・ド・ディアーブル】』


「兄様、さようなら【ミロワール・ド・メモワール】」




「……くそっ、【ロゼ・エトワール】」




どっちの正義が強いか、勝負だ。



僕の異能で兄様の光の呪いが跳ね返り、木が倒れる。


同時に兄様も片膝をつき、肩を押さえた。



『……リアム、これで良かったのか』


「レオ。そうだよ、これが僕の……僕らのハッピーエンドだ」





蹲る兄様の肩口に飛びかかった瞬間、僕の目の前で光が跳ねる。




気づけば僕は地に倒れていた。



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