思い煩うアリス

第16話 震える心

はぁっはぁっはぁっ……


短い呼吸を繰り返しながら必死に走る。



「(さっきのリアム、いつもと違った……)」



いつも大人しくて静かだけど、みんながうんざりする私の話をちゃんと聞いてくれて。


まだ太陽が高い位置にいる時から夕陽が顔を見せるまで、ずっと私がそばに居ても嫌がらないの。



それに、少しでも私に触れたらすぐに距離を取ってくれる。


何があっても私に傷をつけないようにしてくれてるの。



それにもしかしたら、吸血鬼としての本能を抑え込んでくれてるのかもしれない。


そうよね。人間がそばにいれば、食べてしまいたくなると聞いたことがある。

特に今日みたいな血を流してる人間がいたらなおさらだ。


リアムも、誰かと戦ってるみたいだったし……それでも食べようとはしなかった。


リアムは優しい人だから。



だけど、今日はすごく思い知らされた。


彼がそれに呑み込まれてしまえば、すぐにでも私のことを襲ってしまえること。



でも……そんなの信じたくない。


リアムは吸血鬼。それはわかってる。



でも、お話に出てくるのとは違って善い吸血鬼かもしれない。


だって、私があげた少し形の崩れたピーナッツバターサンドを涙を流しながら食べていたもの。



美味しい、美味しいって言ってくれた。



どうして泣いていたのかは教えてくれなかったけれどきっとすごく深い訳がそこにはあるはずよね。


お祖母様と2人で楽しく暮らしてきた私にはきっと教えたくないかもしれない。



そう思って、気づかないフリを決め込んでた。



それに彼の手とぶつかった時、少しだけ驚いたけど彼が私を傷つけるわけないってわかってるから怖くはなかった。

爪が長いから、傷になってしまっただけで痛くもなんともない。



……むしろ、彼が触れた部分が熱くて。


少しでも距離が縮まるのかなって嬉しかったのに。



私の手から血が流れ出した、


その途端。



"僕から離れろ……!!"って、苦しみながら、いきなり私のことを突き放したんだ。



突き放したと言っても、乱暴された訳じゃない。



たぶん、リアムの、あの切羽詰まった声だと思う。


彼は吸血鬼だから、なにか魔法的なものを持っていたっておかしくないわ。



前に学園の授業で聞いたような気もするし。



それにきっと突き飛ばしたのは私を守るためよね。



あの時、彼の綺麗なガーネットの瞳はさらに紅く光っていて。


私の手から流れる血をギラギラと見つめてた。



鋭く伸びた爪は、リアム自身の腕に食い込んでて痛々しかった。


もしも、少しでも触れれば私からは血が流れていたでしょうし、その血の匂いに当てられた彼に頭から食べられていたかもしれない。



だけど、リアムは必死に耐えていた。


よく分からなかったけれど、誰かとお話ししていたような……?



とにかく、あのリアムは私の知らないリアムだった。



「(……言われるがまま、森に1人にしてしまったけれど大丈夫なのかな)」



今まで走ってきた道を振り返ってみれば真っ暗闇。



あんな所に1人でいるなんて、絶対怖いし寂しいに決まってる。



私が魔族だったり、何か特別な力があれば、リアムの側にいれたのに。


ただの女の子だから、何もできない。



「(……だけどやっぱり、少しだけ怖かった)」



彼のそばに居たい、助けてあげたいとは思っていても、恐怖心は隠れてくれない。


その証拠に、リアムと別れてからずっと足も手も震えが収まってないもの。



さっきから何回も躓いてるし、足が縺れてる。



「あっ!」



ズシャッ


……もう、なんでこんなところで転ぶのよ。


スカートにもケープにも泥が撥ねちゃった。



はやく、帰りたい……お祖母様に会いたい。



お家って森からこんなに遠かったっけ。


薄暗いし、お祖母様の暖かい手と優しい声が恋しい。


肩にかけた赤いケープをギュッと抱きしめて、膝についた泥を払う。



……きっとお祖母様はこうなることを心配して、私が森に行くのを渋ったのよね。


今日のことが原因で、もう二度と遊びに行けなくなったらどうしよう。



リアムにもう会えないなんて、そんなの寂しくてたまらない。



もっとちゃんとしたサンドイッチをあげたいし、私のおすすめの本も紹介したい。


彼は光に弱いと言っていたから、お出かけは難しいだろうけど、森の中の高台へ星を見に行くくらいはできるかも。



「……ちゃんと話せば、お祖母様もわかってくれるはずよね」



目線の先に暖かいオレンジ色の明かりが見えて、早鐘を打っていた心が落ち着きを取り戻してくる。



その途端。



「ティア!!」


「……お祖母様」


「心配したのよ、こんな時間まで帰ってこないだなんて。


膝の怪我、それに泥だらけじゃないか。身体も冷えてるし、早くお家に入りましょう」



……お祖母様に心配かけちゃった。


シワが寄ってるけれど、暖かくて大きな手に肩を抱かれた途端、視界がぼろぼろと崩れていく。



「……ごめん、なさい、お祖母様、わたし……っ」


「大丈夫。暖炉もついてるし、ティアの大好きな蜂蜜入りのホットミルクを入れてあげるからね。


落ち着いてから、全部話してごらん。おばあ様が力になるわ」



からんからん……とドアベルが揺れて、暖かいお家へ滑り込んでいく。



扉が閉まる瞬間、私はチラリと森の奥を見たけれど、変わらずそこはただの真っ暗闇しかなかった。



リアムは今、何をしてるのかな。

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