第15話 傷つけたくない
「リアム……?」
小さく僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、ハッとして顔を上げてみれば、アリスティアが地面に腰をつけて転んでいた。
僕の声か?今突き飛ばしたりはしてない。なのに彼女が転んでいることを思うと、きっとそうだ。クッソ、何をしても傷つけてしまうのか……。
「…………森から出た方がいい」
「貴方、怪我してるのよ!私と一緒に来て、手当てを、」
「いいから!!……僕のことは放っておいてくれよ」
僕の大きな怒鳴り声に、僕を見上げるアリスティアの瞳が少しだけ震えたのがわかった。
「…………ごめんなさい、」
すっと冷たい風が流れた時、アリスティアは赤いケープを被って陽の差す明るい方へと走っていく。
反対に僕が座る影はどんどん黒くなっていって。
『お前!なんであの女を逃した!』
あの刺々しい吸血鬼の声が聞こえた。
……コイツ、一年前の奴だ。
僕が吸血鬼になった時に好き勝手してくれた奴。
よかった、言いなりにならなくて。
またいらない悲劇を生むところだった。
「誰も傷つけたくはないんだよ、彼女だからとかそういうんじゃない。それだけが僕が
『はぁ……?何言ってんだ、お前はもう既に吸血鬼、俺たちの仲間だろ?』
「仲間か、それはどうだろう。
僕はあくまで勝手が分からないから、君たちと一緒にいるだけで……っ⁈」
刹那、僕の身体中に無数の切り傷がついた。
『……なァるほど。そんなことならさっさとあの女を殺してしまえばよかったな』
バンッ‼︎
耳元で銃声に似たなにかが鳴り、僕の頭の中の黒い靄は少しずつ晴れていく。
同時に体の切り傷が少し深くなって血が流れた。
「いったいなぁ……もう」
アイツが憑くとかなり体力を消費するから困る。
身体に熱も燻るし、今ここに人が来たらなりふり構わず襲ってしまうかもしれない。
いやむしろ、ここに人が来たら僕が狩られてしまう。
はやく屋敷に戻ろう、誰かしら手を貸してくれるだろう。
「(……出来る限り、誰のことも傷つけたくないんだ)」
あぁ、でも。一番傷つけたくない人を傷つけてしまった。
彼女は、きっと僕のことを怖がっているだろうし。
脳裏に浮かぶのはアリスティアの酷く悲しそうな顔
……もう来てくれないかな。
せっかく仲良くなりたいって思いはじめてたのに。
痛いなぁ。身体の真ん中も、切り傷も。
「かえ、ったよ……誰か、いないの、ったた……ッ……」
『リアムさん⁉どうしたんですの、いや、ギル!!いらっしゃい!』
やっとの思いで屋敷に転がり込めば、切り傷に魔力が沁みて痛い。
何だよ、この魔力たちは傷を直してくれるわけじゃないのか。
『【アンジュ・プリュメ】』
「……君は、治癒魔法が使えるの?」
音もなく目の前に現れたエルが僕の腕に手をかざし始める。
途端、周りに白い翼が舞って、すっと痛みが引いていった。
『ギルは私達とは違って治癒能力に長けているんですのよ。まぁ兄があれですからね、彼を守るためにその力がついたのかしら?』
『やめてよ、ベス姉さん。気づいたらこの能力をもらってただけなんだから。
どう、リアム。身体に何か変なところは?傷は全部治ってると思うけど……』
「本当だ」
表面についた傷は全部、綺麗さっぱり無くなっている。
全てを壊して回りそうなライルに、こんないい弟がいたなんて。
「ありがとう、ギル」
『それにしても何があったんですの?まさか人間に襲われた、とか?』
「いや、そうじゃないんだ。僕に取り憑いてるアイツが、血の匂いに引き寄せられて出てきて……僕と色々あって、去り際に攻撃してきたんだよ」
『まぁそれは大変だったわね……そうだ、さっきチェルシーとお菓子を焼いたのよ。持ってくるから食べて』
エリザベスが消えていって、ソファに深く座り直せば、不機嫌そうなギルが目に入った。
「……ギル?」
『アイツは全部壊そうとするから嫌い。
勝手に人間に惚れ込んで、ライル兄さんのこと傷つけたまま勝手に死んで、今も勝手に動いてる。
どこまで怪物みたいで、怖い。何を考えてるかわからないから、嫌いだ。
……アイツが言ってることは聞く必要ないよ』
「そっか、わかった」
『…………あとね。みんな声には出してないけど、君のことを心配してる。
君は1人に慣れようとしすぎてるから。
今はここで暮らしてるし、わざわざ出かけて会いに行く人がいるみたいだけど。
僕たちのことは信頼してないでしょ?
本当は、ここまで戻ってこなくても、君ほどの力があれば僕らを呼びつけられるんだよ』
そう、だったのか。知らなかった。
というか、ギルからこんな話をされるのは意外だな。
ふぅ、と一息ついて、また空気が震えた。
『……まぁ、前まで人間だったんだ。その過去を捨てられないのも、僕らを信用できないのもわかる。
僕らは誰かを傷つけることしかできなくなったから。
だけど、アイツに憑かれた時守ってあげられるのも僕らだよ』
確かに、ギルの言うことも一理ある、か。
まだまだ自分にどんな力があるのかわかってないし、彼らのことを使役できているわけでもない。
信じるか……確かに、意固地になり過ぎていたところもあるのかな、とも思う。
だからといってすぐに彼らを信じられるかと言ったら、難しい。
『そんな難しい顔しないでよ。とにかくさ、僕らのこと少しでいいから良い方に考えてみて。
サーシャもライル兄さんもみんな、君のことを信じてるから。
復讐がどうとか、君のことを利用するつもりとか言ってるけど、不器用なだけだと思うよ。
僕にできるのは怪我を治すことしかないんだ。
……だから、早く元気になってね』
そう言い残し、エルは静かに姿を消した。
彼らのこと、よく知らないと。
よくよく考えてみれば5年も一緒にいるんだ、歩み寄らないとね。
だって、僕に吸血鬼としての感覚を教えたのも彼らだし、
今みたいに守ってくれたこともある。
……まぁ、難しいんだけど。
『……ギル、良いやつだろ?』
「ライル」
しばらく呆然としていた時、柱の影からライルが現れた。
少しだけ暗い色をしている気がする。
もしかして、彼のことを気にしているのだろうか。
「ね、ライル。さっきまで僕に憑いていた吸血鬼のことを教えてよ」
アイツのことを少しでも知れれば、使役されることは少なくなるかもしれないからね。
ずん、と身に纏う空気が重苦しくなったような気もするけれど、僕はライルの言葉を待った。
『……アイツは、俺の元親友で相棒。
そして、人間に恋をして、奴らに裏切られて死んだ哀れな奴だよ。
記憶の中にあっただろ?』
「……やっぱり」
僕の思った通りだ。
リーズ王国が、その昔吸血鬼と人間が共存している国だった時の記憶。
5年前にライルたちに見せられた記憶。
その中に登場する、人間の少女と秘密の恋をしていた吸血鬼。それがアイツだったんだ。
『名前はレオって言うんだよ。
話は大体覚えてるだろうけど、
吸血鬼と人間を分けていた狭間で小さな愛を育んでいただけだったのに、種族の差に嫌われた。
勝手な理由で争いが起きて、お前と同じ光の呪いを受けて……死んだ。
俺たちはレオと人間を傷つけないと約束していたんだよ。
なのに、人間たちは勝手な思い込みで攻撃してくる。その結果がどうなろうとも関係ない。
きっと、アイツは。レオは、助けられなかった俺と自分を殺した人間を恨んでるんだろうな。
だから、お前に憑いて、もう一度やり直そうとしてるんだろうよ。
あんなにもリュクシーに拘り続けてるのだって、愛した人がリュクシーだったからだ。
あの娘を捕まえてどうするつもりなのか……』
あんな、乱暴な奴じゃなかったんだけどな……
少しだけトーンの落ちたライルの声。
いつもよりも口調はぶっきらぼうで少し刺々しい。
何か僕は彼の地雷を踏んでしまったようだ。
「……ごめん、本当は言いたくなかったよね」
『別に。いつまでもお前で好き勝手してるアイツを見るのは堪えるし、それに……』
「それに?」
『……今のお前を見てると、人間に恋していた時のレオを思い出す。アイツも同じような顔してた。
……あの娘のこと、好きなんだろ?』
たっぷり間を開けた後、低い声でつぶやいたライルの言ってることが僕にはよくわからない。
好きになった?僕がアリスティアを?
『気づいてないのか?鈍感だな』
「いやいや、そんな、え?」
彼女とは仲のいい友人になることを目標にしてたんだけどな
……さっきから身体の真ん中が痛いのもソレということ?
彼女を傷つけたくないのもそういうことなのか?
今までスイッチが入ってない時、つまり自分の意思で人間を殺して食べたこともある。
だけど、アリスティアにだけはそんな気が起きない。
……好き、というのはどんな気持ちなんだろう。
父様や兄様が僕に向けてくれていたのとは違うもの、なんだろうな。
『……俺は、レオの死に様をすぐ近くで見ていた。
本当なら、約束なんか破って片っ端から倒していくべきだったんだよ。
だけど、あの時のアイツはそれを望まなかっただろうな。
だからアイツの無念を晴らすためにも復讐を遂げるとそう誓ったんだ。
…………なのに、今度はアイツが豹変してやがる。
何があったかは知らないが、あんなの俺が好きだったレオじゃねぇ。
だから、お前を通してアイツを止める。
それが俺にとっての”復讐”だ。
もうこれ以上、酷い悪夢は見たくないんだよ』
力強いライルの怒りが、僕の胸を大きく揺らす。
僕には何ができるだろう。
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