第14話 ピーナッツバターサンド

「リアムーー!!」



あれからひと月が経ったある日。


リボンのついた小さなバスケットを手にしたアリスティアが森へやって来た。



いつも通りの赤いケープが眩しい。


今日は朝から大変だった……ニヤニヤ顔のサーシャを躱すのが特にね。


視覚共有の魔法はベラが悪趣味、と一蹴して解いてくれた。

冷たい態度が多いけど、意外と世話焼きなところもあるらしい。


来るのが遅くなっちゃったかと思ったけど、ちょうど良かったみたいだ。

あんまりアリスティアをこの森に一人でいさせたくないし。



「久しぶり、アリスティア」


「久しぶりね!なかなか来れなくてごめんなさい。


お祖母様に森に遊びにいってることがバレてしまって……あ、でも貴方のことは大丈夫よ!話してないわ。秘密のお友達ですもの!

だけどね、月の真ん中しか来られなくなってしまったの……悲しいわ」



寂しそうに眉を下げて話すアリスティア。


なるほどね、だから最近来なかったのか。



「でも今日は約束通り、サンドイッチを持ってきたの!リアムの好きなものを食べて!」


「うん。ありがとう」



さっきとは一点、嬉々として話しながらチェック柄のクロスを敷いてその上にバスケットと飲み物の入った瓶を手際よく置いていく。


開けられたバスケットの中はどれもキラキラしていて、すごく美味しそう。


屋敷から何か持ってくるべきだったな……あ、彼女が食べれるようなものは何もないか。人肉か獣肉か、あっても果物だけど、勝手に持ち出すとエリザベスに怒られるし、仕方ない。



「美味しそうだね」


「本当⁉良かったぁ〜、でもね、ここからこっちは私が作ったからちょっと格好が悪くて……」


だから、リアムはこっちを食べてね。と少し照れくさそうに話してくれる。


こんな僕のために一生懸命作ってくれたのかと思うと、嬉しいし、少し胸がくすぐったい。

なら、その心遣いは有り難く受け取らないとね。



「これがいいな」


「それ、私が作ったやつ…………せっかくなら、綺麗なの食べてよ」


「僕の好きなのを選んでいいんでしょ?だったら、これがいい」



サンドイッチに綺麗も不恰好もない。


だけど、パンから少しだけ飛び出したジャムと不揃いのパンが彼女の努力を語ってる。


きっと、中のジャムも作ってくれたんだろうな。


左側と右側で少しだけ色が違う。



でも、一番美味しそうだ。



「……ピーナッツバターサンドよ。食べてみて」



目を逸らしたまま、あーんっと大きな口で頬張る彼女に倣って、僕もサンドイッチを食べた。



「……どう、かしら」



途端に口に広がる甘い味が少しずつ僕の心を満たしていくのを感じた。



「……美味しい」


「本当⁈嬉しいわ!たくさんあるから、いっぱい食べて!」



また一口、一口と食べ進めていけば、僕の頬にすぅっと何かが流れる感じがして。


思わず頬に手を当てれば、僕の手は少しだけ濡れていた。



「(僕、泣いてる……?なんで、)」


「リアム、大丈夫?」



呆然としてしまう僕をアリスティアも心配そうに見つめている。



「なんでもないよ。なんでもない」



僕はグッと涙を拭って、少しだけ笑いかけた。


……上手く笑えているかな。



大好きなお祖母様と一緒に作ったであろうサンドイッチを、嬉しそうに頬張る君に、


他人のシアワセを奪って喰べてきた血よりこのピーナッツバターサンドがどうしようもなく美味しい


なんて言えるわけがない。



普段は僕が何人の幸福いのちを奪って、今日ここに生きているのかなんて言いたくなかった。



言ったらアリスティアを怖がらせてしまう。


そんなの嫌だ。

せっかくできたを失うのは嫌だから。



今だって、もぐもぐと口を動かして何でもなかったかのようにサンドイッチを食べているアリスティア。



血なまぐさいことには何の縁もなく、毎日暖かい家で暮らして、学園に通って、たまに僕のところへ来てお喋りする。


彼女からこの平和を奪ってはいけない。


そう思うんだ。



「リアム?どうかした?まだ、残ってるよ。食べないの?」


「えっ、あ、うん。じゃあもう一つもらおうかな」


「それじゃお祖母様特製のハムサンドを食べてみて!ジューシーでとっても美味しいの」


はい。と少し分厚めのサンドイッチを渡される。



すると、彼女の白い手とぶつかった。



「……っごめん」


「平気よ!そんなに怖がらないで。私には何も……あ、血が」



ドクンッ


瞬間、僕の頭が何かに締め付けられるように痛み始めて、思わずうずくまってしまう。



「うっ、……あ"あぁ……ぐぁ、ぁ」


「リアム?」



血の匂いがする。


前に喰べたどんな人よりも甘くて濃い匂い。


彼女の白くて華奢な手から少しだけ赤い血が流れている。

……僕が切ってしまった、のか。



『……はっ、イイ匂い。ンあ"?小僧、一丁前に俺を押さえ込もうとしてんのか?いい度胸じゃねぇか』


「うるっさ……い、お前は黙ってろ、!」


『おお、怖い怖い。


でも、俺はサーシャやライルみたいに軟弱じゃないんだ。有り難く乗っ取らせて貰うぜッ!』


「やめろ……!」



頭が痛い、苦しい……!


どんどん視界が狭まっていって、耳に直接鼓動が響く。



「リアム、大丈夫⁈……どうしましょう、助けを呼ばなきゃ」



立てる?と彼女との距離がいっそう近づいた。


僕の肩に触れるアリスティアの手がものすごく熱くて、危険信号が鳴り止まない。



早くしないと取り返しがつかなくなってしまう。



「アリスティア……まず、君はその手に流れる血を拭って。


ごめん、僕の爪が切ってしまったみたい、だ」


「わかったわ、それであなたは苦しくなくなるのね」


「多分、ね」



この血の匂いが僕をダメにしていく。


グルグル、クラクラして、頭が上手く回らない。思考が短絡的になる。



噛みつきたい、喰べてしまいたい…………!


『ほぉら素直になれよ、あの娘すごく美味そうだぜ……!お前もどうせ吸血鬼なんだ、人間ぶって良い子ぶってるんじゃねぇよ!』


「違う!僕は、お前らとは同じじゃない、!」



何を考えていたんだ、僕は。


グッと手のひらを握りしめて、ガリッと唇を噛めば鉄の味。


……そうだ、これでいい。自分の味を感じていれば空腹にはならない。



『クソッ、手前まずいもん戻してきてんじゃねーよ!!』



今もまだアイツは頭の中にいる。


んだ、コイツ、乗っ取りにくくなったな……とかなんとか言ってるから苦戦してるんだろう。



大丈夫、まだ時間はある。


アリスティアを僕から離れさせないと……!



とにかく彼女を傷つけないようにと必死で叫んだ。



「アリスティア……今すぐ、ここから逃げて」


「そんなことできないわ!!苦しんでいる貴方を放ってなんておけないもの」




「いいから……離れろ!!!」




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