第13話 同胞探し

『リアム。あのオンナノコのこと好きになったりしちゃダメだよ?』


「うわっ、帰ってきて早々なに……というか見てたの?どこから」



『君の視覚はボクらも見ることが出来るんだよ〜魔法でね!』


『もっとも、見るのはこの馬鹿だけだけどね。アタシは興味ないからパス』



『え〜つれないなぁ……で、リアム。あの子のこと好き?気になってるの⁈』



なんだこの展開。


サーシャたちって100年をゆうに変えて生きてる?吸血鬼だよね。


なのにどうして、こんな年頃の娘みたいな話をしてくるんだ。



『そりゃあだって今日のリアムにやけてて嬉しそうだから!』


……嬉しそう?誰が。僕が?


慌てて頬に手をやってもあまりよく分からない。


『ふふ、よく分からないってお顔ですわね。これお使いなさいな』


「あ、ありがとうエリザベス』



………………うっわ、なんだこのニヤケ顔。


慌てて頬を引き締めてももう遅い、か。


観念しよう。



「……嬉しいんだ、久しぶりに人と話せて。君たちと一緒に暮らしてて話し相手がいるのとは、これは別の感情なんだよ。


別に好きになるとか、そういうんじゃない」



そう、ただそれだけだ。



『ふぅん?つまんないの!』


『あ、リアムさん!お帰りになってたんですね!これ、頼まれていた本です。合ってますか?』



ドサリとソファに身を投げ出したサーシャの後ろから、重そうに本を抱えたチェルシーが出てきた。


図書室のことに詳しいと聞いたから探し物を頼んだんだけど、ちょっと大変だったかな。申し訳ない。



『いえ!全然大丈夫ですよ!』


『なになに〜何の本?』



「歴史書だよ。吸血鬼のことを知れば、君たちが僕に望んでいることとか、血が順応した理由がわかるかと思って」


『勤勉なことだなァ、リアム。

そんなお前にいいこと教えてやるよ。


お前は最高に"闇の祝福"との相性がいい。

もしかしたら器の人間なのかもしれない。

だからオレたちの代わりに復讐しろ』


『あ、ちょっとセリフ取らないでライル。

まぁいっか。


あのね、リアム。ボクたちが成し遂げられなかった人間への復讐をやってもらおうと思ってるんだよ。だから5年前に君にボクたちがされてきたことの記憶を流して、こちら側に来てもらおうとしてたんだ。


そしたらびっくり!あまりにも君の持つ意識が強過ぎて、僕らの魔力とも親和して、こうして姿形が視認できるし、この屋敷にも住める!


ほんと、君には素質があるよ』



"闇の祝福"……また分からない単語が出てきた。


たしか僕に掛けられているのは"光の呪い"だよな。

名前を見るに対になっている能力のことだろう。


試しに手元の本をパラパラと捲れば、それっぽいページがある。



「……闇の祝福とは、吸血鬼が使う特異魔法のことである。魔力量に富んだ個体しか使うことはできず、攻撃から治癒までその用途は多岐に渡る。

自身の周りの闇が濃ければ濃いほど、その力は増す。


ふぅん、あってる?」


『大体はな』


「それで、僕は君たちがいればいつでも闇の祝福とやらを使えるようになるってこと?」


『お前に素質があればの話。


あん時は俺がやりたくてお前を操っただけ、勘違いするなよ』


『ったく、ライルは……まあ、リアムには素質があると思うよ。前に憑いた子は、すぐに使い物にならなくなっちゃったから』



前に憑いた子?


それって……!



「僕みたいに突然吸血鬼になって、ここに飛ばされた子がいるってこと⁈」


『うん。もう死んだけど』



「……なんだ、期待して損した」



『リアムがここに来るだいぶ前の話だよな。

オレらが憑いた瞬間に自我が崩れて終わったんだ。

この屋敷のことも見えてなかったし……器じゃなかった、ってことだな』



器じゃなかった……さっきから言ってる器って何のことだ。


何か吸血鬼としての大きな力に見合う存在という意味であってるのかな、?


それとも、5年前に僕に憑いたあの……


「っ、たた……何急に⁈」


『それ以上思い出すのは今じゃありませんわ』



険しい顔のエリザベスが目の前に立ちはだかる。


……彼のことを知りたい。

エリザベスが深く関わってるのは確か。この屋敷にも関係がありそうだ、主人だったのかな。


思い出そうとすれば、今みたいに頭が締め付けられるような痛みに襲われる。


ちなみに、かなり痛い。

どうにかして方法を練らないと。



『とにかく!ボクらは魔力の籠ってないモノには触らない。だから、生きている人間にも触れないし、リアムと一緒で日の光の下には出れない。

屋敷から離れればカタチを保つこともできないしね。


だから、お願い!ボクらの代わりに復讐を遂行して』



復讐か……


僕は自分をこんな風にした奴のことなんて正直、覚えてない。思い出したくもない。



僕の目的はこのまま誰も殺さず、傷つけずに生きてあの家に戻ることだから。


ただ、心の中にあるのは父様と兄様、そして母様の大好きだったあの家で一緒に笑うことだけ。



「……僕は別に復讐なんて望んでいない」


『えっ?なんで?』


「別にどうでもいいから。そんなことしたって喜ぶのは君らだけだ」



『はぁ………?意味わかんね』



その先に、父様や兄様とまた一緒に暮らせる未来が確約されてるなら話は別。


でも、兄様たちは僕を探しに来ない。


5年間ずっと1人だった。



足掻いたって、何度願ったって叶わないこともあるんだ。


だから、巻き込まれて殺されるくらいなら、静かに暮らしていたい。



『変なの。君をそんなふうにしたのは人間なんだよ?』


『そうさ!オレたちをこうやって倒したのだってニンゲンだ』



「でも、僕だって人間だったよ」



今はもうすっかり吸血鬼の姿が板についてしまったけど。


でも、果物を食べれば美味しいと感じるし、獣の肉もそのまま食べようとは思わない。


味覚だけじゃない、清潔に保ちたいって思うからお風呂も入るし(長湯はできない)、掃除もした。



それに寂しい、辛い、苦しいっていう哀の感情がある。サーシャたち純血の吸血鬼とは違う。


僕は元人間の吸血鬼だ。



『……んだよ、つまんねぇの』



僕を射抜いていた鋭い視線がなくなった。


ライルが多分どこかに行ったんだろう。



僕の声に案外濃く寂しさが滲んでいたのかもしれない。


しばらくの間沈黙が続いた。



「……なんか、言ってよ」


うるさいのが君たちの取り柄じゃないか。



『……ゴメンね、君にあんなことを言わせるつもりはなかったんだ。


ボクたちはずっと吸血鬼だから、君の気持ちを理解するのは難しいみたいだ。

復讐のことは一旦忘れていいよ、今は君が好きなように過ごすといい。


何か質問があれば、ボクを呼んでよ。ね?』




そう言って静かなリビングが返ってきた。


僕はまた1人になった。



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