第12話 暖かくて優しい夢
「ねぇ、リアムはどんな食べ物が好き?私はお祖母様が作ってくれるサンドイッチが好き!」
「食べ物……特にない」
「それじゃあ今度サンドイッチを持ってきてあげるわ!きっと貴方の大好物になること間違いなしよ!」
あれからもアリスティアは突然現れて、当然のように隣に座って、勝手に質問をして、夕陽が広がる前に帰っていく。
会うのはこれで3回目だ。
少しだけ乱暴に思える時間だけど、案外嫌じゃないのが不思議。
アリスティアのために昼寝の場所を少しだけ、開けているところに近くするほどには、悪くない時間だ。
まあ少しだけ騒がしいけど。
「好きな色は?」 「黒」
母様譲りの僕の髪色。黒檀みたいで素敵だといつも兄様が褒めてくれた。
「好きな季節は?」 「冬」
みんなでホットココアを飲みながら暖炉の火に当たるのが好きだった。
「いつもここで何をしているの?」 「寝てる」
することなんて何もない。
たまーに金目当ての吸血鬼ハンターみたいな連中がやってくるから戦うこともあるけれど、そんな血生臭いことは知らなくていい。
「じゃあ何をするのが好き?」 「……読書」
屋敷の図書室はすごく広くて、僕が知らない国の言葉の本もたくさんある。
今は吸血鬼のこと、昔のこと、国のことを調べ続けているから、あまり物語を読めてはないけど
家には大きな図書室があったから、時間も忘れて没頭していたんだ。
あぁ、『千夜一夜物語』まだ読み終えてなかったのにな……屋敷にあるかな。探してみよう。
「それから……「ねぇ、もうよくない?僕のことを知ったって、何も良いことなんてないよ」
まだまだ何か言いたそうなアリスティアを遮って背を向ける。
どうやら僕はこの5年で、人といることにかなり臆病になってしまったようで、ついつい冷たい声で返してしまう。
それでもアリスティアは、そんな僕もお構いなしという感じで楽しそうに話を続けていく。
「いいえ!お友達になったんだもの、私あなたのことがもっと知りたいわ」
「もう十分だよ」
「うーーーーん、じゃあ今度は私のことを教えるわ!同じようにリアムから質問してみてよ」
なぜそうなる。
今の展開は話をやめる流れだろ?
どうして話を続けるんだ……よくわからない。
…………あぁ、でもこの目は僕が何か質問するまで終わらない目だ。
大きな瞳が太陽の光を受けてキラキラとしていて、僕は一歩後ずさる。
万が一にも、この純粋そうな子にショッキングな一面を見せるわけにはいかないしね。
「質問………じゃあ、そのサンドイッチはどんな味がするの」
「中身はその日によって変わるんだけど、私はピーナッツバターサンドが好きなの!お祖母様が全部手作りしていて、優しい味がするの」
……優しい味ってどんな感じなんだろう。
きっと家族みんなで食卓を囲んでいた時みたいに、食べると胸がポカポカして自然と笑顔になる味……なんだろうな。
「好きな色は?」
「赤色、お祖母様が私に似合うって言ってくれたから」
「好きなことは」
「お喋りと空想、それから私も本を読むのが好きよ!」
へぇ意外。
外で蝶々でも追って駆け回ってるのかと思ってた。
「そうだわ!今度私のお家にある本をいくつか持ってきてあげる。
ここでずっとお昼寝してるのなんて退屈だもの」
「……嬉しいよ、ありがとう」
自然と口をついてでた言葉。
彼女の大きな瞳がまん丸になって、すぐに細められる。
「私たち、案外すぐに仲良くなれるかもしれないわ」
僕と君が仲良しになれる?それはどうだろう。
僕は闇の中にしか入れなくて、暗い。
でも君はなんだかキラキラしていて、眩しくて、明るい場所がよく似合う。
この出会いはただの偶然だから、目を眩ませちゃダメだから。
僕の中の怪物がいつ飛び出して、暴れて、傷つけるかもわからないし。
「…………ねぇ、こんなところにいて君の両親と、その、お祖母様は心配しないの?
ここは僕がいるってだけで危ないし、暗いし、そもそも立ち入り禁止の森だ。何がいるか分からないよ?」
キラキラした笑顔をもつ君にはここは似合わないよ。
この一言は、自分には似合ってるって、孤独を認めるようで言えなかった。
「私のお家はこの道をまーっすぐ行ったところにあるの。森の入り口の方、王都に近いところね。
だから、ここにいること自体は多分平気。
でも、貴方のことを話したら心配するかもしれないわ。……いいえ。絶対にもう二度と行くなって言われるでしょうね」
「なら、君は僕と仲良くなるべきじゃないよ。ここに来るべきじゃない」
僕はこの先ずっと、ここで1人なんだから。
アリスティアがどんな顔をしているかなんて見れなくて、僕はそのまま顔を伏せた。
「でもそれは貴方と友達になることを諦める理由にならないわ」
すると頭の上から聞こえた声に少し肩が跳ねる。
……今、この子なんて言った?
パチリ
勢いよくあげれば彼女の大きな瞳に囚われる。
「ふふ、やっと目が合った。
あのね、初めてなの。こんなにも近くにいたいって思ったのは。もっと知りたい、仲良くなりたいって思ったのも初めてよ」
「僕に傷付けられる……とは思わないの」
その言葉にゆっくりと首を振って、ペンダントを掲げるアリスティア。
「これがあるから。それに、少しだけお話ししただけだけど、貴方は私のことを傷つけないと思うわ。
ほら、あの時だって平気だったじゃない。
このペンダントが守ってくれたわ。貴方のその鋭い爪も、牙も、きっと私に傷一つつけない。
だから、大丈夫よ。ね?」
あぁ、なんだか乱される。
このまま1人だって思ってたのに、まさかこんなことになるなんて。
せっかく、1人に慣れようと頑張ってきたのにな。
……だけど、彼女を無理に跳ね除けられないのも事実。
彼女が飽きるまで、このお遊びに付き合ってみよう。
彼女を怖がらせないように、傷つけないように。
「……ねぇ、僕のことは誰にも話さないって約束してくれる?」
「……!ええ、せっかくできた秘密のお友達だもの約束は守るわ!!」
ふわりとスカートをはためかせて、嬉しそうに勢い良く立ち上がる。
……やっぱり、眩しい。
いつかはこんなところから去っていくんだろうな。
でも、少しだけ。
少しだけまた誰かと一緒にいられる時間が欲しい。
そう思って僕はアリスティアの顔を見上げた。
「なら、またここに来てよ。君のこと待ってる」
「やった……!嬉しいわ!
そうだ、次来る時はお祖母様がよく作ってくれるサンドイッチを持ってくるわね!
それと私のおすすめの本を何冊か。
ここで2人だけでピクニックしましょう!」
「うん。楽しみにしてるね」
僕のその言葉にぱぁぁっと頬を赤くし笑顔を綻ばせる。
「それじゃあ、またね。リアム」
「うん、またね」
何日後と決めなくてもきっと彼女はすぐに現れるだろう。
だから、別れの挨拶は短くていい。
「(……楽しみだな)」
なんて、ちょっと浮き足立ってる。
どんどん遠くなっていく背中に、小さく手を振ってみたりした。
らしくない、かもしれない。
だけど今だけ、この暖かくて優しい夢に溺れていても許される、でしょう?
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