第二章 赤いケープの迷子

第11話 新しい出会い

この屋敷に住んでからどのくらいが経っただろうか。


吸血鬼には時間感覚がないらしい。

でも僕はあの夜よりも幾分身体が大きくなって、声も低くなった。


だから、数年は経ってしまったのかもしれないね。



あれから僕は色んなことを理解した。



僕にかけられた呪いとやらは、月光だけでなく太陽の光にも関係があるらしい。


試しにベランダに出て太陽の下に腕を伸ばしてみると、ジュッ……という音と共に皮膚が爛れ始めた。

見た目が結構汚くなっちゃって、ちょっとショック。


しかし月光の時と違うのは効果が持続しないこと。


暗闇で休んでいれば、すぐに復活した。



それから、僕はそこまで血を飲まなくてもやっていけること。



自分でも抑えられないくらい吸血鬼化が進んでいる時はダメだった。


屋敷へ迷い込んできた人をなりふり構わず襲ってしまった。



全部爛々と輝く満月の夜だった。



朝起きて後悔したことが何回あっただろう。


その気持ちを忘れたくなくて、陽の光が当たらないところに彼らの遺体を埋めて、毎日祈りを捧げている。


後でチェルシーから聞いたけど、吸血鬼には喜怒哀楽の中でも"哀"の部分が著しく欠けているらしい。


だから僕は大事にしていきたいと思う。

自分が完全な吸血鬼になっていないと証明するための一つだし。



その吸血症状さえ抑えられれば血を吸わなくても、その辺に落ちてる木の実や果実を食べれていれば案外凌げる。



それがどれだけ嬉しかったことか!


一日中屋敷にいて、たまに森へ出かけて野うさぎとか狼とかを仕留めて食べる。


吸血鬼の爪は彼らによーく効いた。



そんなある日のこと。



その日は憎らしいほどに天気が良くて、僕の寝そべる近くまで陽の光が届いていた。


森の中で静かに本を読んだり昼寝をするのは心地よくて好きなんだ。アイツらの邪魔もないし。



「(こんなに天気がいいのに、僕は太陽の下に出れないなんて……最悪だ)」



いつも通り、木の根を枕にして寝そべり


「(何か、面白いことでも起きないかなぁ……)」


と思っていた矢先。



僕の視界の影が一層濃く暗くなって。



「こんにちは!あら……ねぇ、あなた大丈夫?」



ガサゴソと動いた草の匂いに鼻を刺激されて無理やり目を開けば、大きく見開かれた蜂蜜色の瞳と目があった。



柔らかそうな淡いピンク色の髪に、目を引く赤いケープ。


…………どこかで、見た気がするな。



今まで1人で暗い森の中にいたからか、


僕に怯えることなく話しかけてくるこの女の子がすごく眩しくて目がくらんだ。



「………何か用?」


「まぁ、驚かせてしまったかしら。でも、こんなところでお昼寝していたら風邪引いちゃうわ」



心配になって起こしてあげたのよっ!と得意げな表情で晒された白い喉が美味しそう。



……でも、この子は食べたくない。



少しだけ顔を出した吸血鬼をグッと押し込んで、素知らぬフリをする。


なんだろう、すごく甘い匂いがして毒だ。



なにか別の話をしないと。



「……ねぇ、今日は何月何日?」


「えっと今日は、王国歴875年6月8日よ!」



6月8日……僕の誕生日だ。


あの日からもう5年が経ったんだ、そっか。



時の流れは存外早いらしい。


……2人は元気にしてるのかな?

この森から家までどのくらいの距離があるか分からないけど、チラッと覗きに行くくらいなら許される、かな。



「ねえ、もしかして貴方ずっとこの森に1人でいるの?」


「……だとしたら、何?」


「なんだか、それって寂しいわ」



寂しい……か。あんまり考えたことなかったな。


ここに来た時は思っていたけれど。



それにしても僕のことを全く知らないのに寂しいって言ってくるなんて、この子はきっとすごく愛されてるんだろうな。



ちょっとだけ羨ましいような、そんな気がする。



「……ねぇ、君。僕と話してて怖くないの?」


「怖い?どうして?」


「………こういうこと」



僕に持ってない光を持つ彼女に何故だか無性に腹が立って、


少し怖がらせてあげようと思って、


白い喉に手を伸ばした。



バチッ


「いたっ⁈」



なのに、僕の手は弾かれ、彼女と少しだけ距離が空く。



弾かれた……どうして。



今まで誰かを襲ってもこんな風になることはなかった。


喉を、首を、胸を、足を掻っ切いたこともある。


アイツらの力は使わずに、自分だけで。



なのに、どうしてこの女の子には弾かれた?



頭の中で一人ぐるぐると考えていた時、目の前の女の子が嬉しそうに声を上げた。



「ねぇ!もしかして、あなた、吸血鬼?」


「え?」


「あのね、このペンダントなんだけど、吸血鬼から私を守るためにお祖母様がくれたものなの。


なんでも、吸血鬼が近づいた時に私から遠ざけてくれるものなんですって!

今、貴方の手が首に伸びてきたけれど、弾かれたわよね。だからそう思ったのよ!


ねぇ、当たってるでしょう?」



さっきよりもさらに目を輝かせて、わざわざ僕との距離を詰めて聴きに来る彼女の瞳に捕らえられて、逃げることができない。



「……怖くないの?」



諦めて声をかければ、目をパチクリと動かした後、ニコリと花が開いたように微笑んでくれる。



「全然怖くないわ!むしろ素敵よ!不思議な森のお友達ね!」



私、こういう不思議なお友達が欲しかったのよ〜!と声をあげて、ケラケラと楽しそうに笑って話す彼女がやっぱり羨ましい。



自分が見るもの、感じるもの全てが真っ直ぐ純粋に信じられるものと確信している。


そんな純粋さが眩しくて羨ましくて、目を逸したいのに逸らさないまま、彼女への燻る想いを募らせていく。



「私、吸血鬼なんて初めてみたわ。……あ!名前を聞いてなかったわね。私の名前はアリスティアよ。


アリスティア・シュゼット」


「僕は…………リアム」



リアム・ゼアライト。


そう言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。



父様と兄様の顔が浮かんで、苦しくなったから。


この名前を名乗るには、僕は多くの人を傷つけ過ぎた。



少しだけ暗い気持ちになっていたところに、またしてもアリスティアの声が響く。



「リアム、ね!素敵な名前だわ!私達、いいお友達になれそう!


そうだ、ティアって呼んでくれてもいいのよ!」


「ティア?」


「そう!私のお母様とお祖母様、それから学園にいるお友達みーんな私のことをティアって呼ぶの」



私は正直どちらでもいいんだけど、せっかく仲良くなれるならティアって呼んでほしいわ!


もしくは、新しいニックネームをつけてくれてもいいのよ!それでね……



ペラペラとよく回る口は無視をして、彼女から告げられた名前を反芻する。


どこかで聞いたことがあるのに、どうしてか思い出せない。



「(アリスティア……ティア、ティア……)」



ま、いっか。



「……それでね、って聞いてる??」


「あぁ、ごめん。なんだっけ」



ダメだ。彼女……アリスティアと話してる時は、集中しないと会話に追いつけない。


久しぶりにこんな喋るから、ちょっと疲れる。



「もう!……あのね、私これからもここに来ていいかしら?」


「えっ、どうして」


「それは、その……」



その時、初めておしゃべりな彼女の口がまごついた。



しばらくの沈黙。だけど不思議と嫌とは思わない。


柔らかい風がふわっと吹いた時、彼女の口が迷い気に開いた。



「……私ね、お友達が少ないの。


学園で私は空想好きでお喋りな1人が好きな変わり者って言われてる。

周りの子がいってる流行りのブティックやカフェの話についていけなくて……


それよりも1人でその日見た夢の続きを考えている方が楽しいし、お祖母様のお手伝いをしている方が楽しいわ。


だけど、今日あなたに会えた。貴方は私の話に耳を傾けてくれる。それがなんだかとても嬉しいの。



……貴方が嫌になるまででいいのよ。

ここでまたこうしてお喋りをしてもいいかしら」



あぁ、そんな言い方をされちゃ困る。


僕だって心のない怪物に成り下がったわけじゃないんだ。



「……いいよ」


「本当⁈嬉しいわ!」



ギュッと手を掴まれて、大きな蜂蜜色の瞳と目が合う。



「今度くる時は私が大好きなお菓子を持ってくるわ!」


「わかった、わかった」


「貴方が帰るお家は?ここで夜を過ごすの?」



……あの屋敷は吸血鬼に近い人にしか見えない、だったよな。


それに人間の女の子を連れてきたら、もうお終いだ。餌にされて、ぐちゃぐちゃにされてしまう。


それは、すごく、嫌だ。よくない。



「まぁ、そんなところ。……ほら、もう今日は夕陽がそこまで来てるから帰りなよ


「いけないわ!お祖母様が心配しちゃう。じゃあまたね、リアム」



その足音が遠くなる度に、僕の胸は少しだけ痛みを感じた。



「…………帰ろう」



帰りを待ってくれる人がいる。


ただそれだけなのに、なぜだかすごく羨ましくて、胸がギュッと苦しくなった。

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