第9話 眩しい朝

「………朝だ。朝が来たんだ」



鬱蒼と生い茂る木々の遠くから、小さな鳥の声が聞こえてきた。


……生きてる。よかった。


なんとなく、いつもより太陽の光が眩しく感じて

僕はより一層暗い奥地へ引っ込んだ。


まだ痛む身体を押し上げれば、目に映るのは倒れた男たちの姿。



あぁ、そうだ。


昨日僕は結局、この人たちを殺してしまった。


肩口には痛々しい歯形が浮かんでいて、口に馴染む血の味を思い出す。


……昨日はすごく美味しく感じたけど、今はなぜか気持ち悪い。


お腹が空いている感触もない。



夜の方が吸血鬼として自我が強いのだろうか、よくわからない。



「今日からここで1人、だ」



起きてすぐに挨拶をしてくれる執事のケイトもいない


父様が大好きなコーヒーの香りが漂ってくることもないし、兄様と3人で食卓を囲むこともない。



ひとりぼっちの朝をこれから何回迎えるのだろう。



どうしようもなく悲しみと不安が押し寄せてきて、ならばいっその事こと殺してくれればよかったのに、と思ってしまう。



「これからどうすればいいんだろうな……」



まるで終わりのない迷路の中に1人で放り込まれたような、そんな気分が僕を包みこむ。



ひらり



その瞬間、僕の目の端に赤い何かが映って。


なんだかすごく気になった僕は思わず身体を起こしてその赤色を追いかけることにした。



ふわり、ふわりと動いていくそれに、足音を消して着いていく。



きっと僕はどこかで期待していたんだと思う。



もしかしたら、僕のことを助けてくれるかもしれない。


吸血鬼であることを隠せば、僕に居場所をくれるかもしれないって。



「(早くしないと見失っちゃう……)」



そんな叶いもしない妄想に縋って、赤を追いかけていく。


ずんずんと進むうちに、その赤の正体が段々と見えてきた。



「(なんだ誰かの服か……ん?声が聞こえる)」



近くの木の影に隠れて周りを見渡してみれば、女の子の楽しそうな話し声が聞こえてくる。



「ねぇ、お祖母様。さっきね、森の中で怪我をしている人を見つけたの」


「!……その人はどんな様子だったかい?」


「ええっと、沢山血を流していて、何か鋭いもので噛まれたような傷があったわ」


「噛まれたような傷……ティア、私はその人のところへ案内しておくれ」



「もちろん!こっちよ!!」



「(まずい、2人が来る)」



身を隠していた木の下にしゃがみ込み、なんとか身を隠す。


ふぅと一息ついた瞬間、先ほどの話し声の少女と彼女のお祖母さんらしき人が焦ったように森を抜けていった。



「(なんとか誤魔化せたか……って、あの方向。僕が来た道だ…………ということは、女の子が言っていた怪我をした人というのは、もしかして)」



思わず草むらから飛び出し、僕も自分の来た道をかけていく。



「(もし僕がやったことがバレてしまったら、今度こそ殺されるかもしれない)」



昨日手にかけた男たちは、確かに適当に転がしたままだ。


だけど、あそこは僕の寝床で真っ暗闇。


どうして気づいたのだろう。



「(そんなことより速く追いかけないと……!)」



吸血鬼の仕業……というのがバレてしまうのかは分からないけれど時間が進めば、きっといつかはバレてしまう。



短い呼吸を繰り返しながら、全速力で駆けていく。



するとそこには短剣で自身の指を切り、怪我をしている男に血を垂らす女性と涙を浮かべたさっきの女の子の姿があった。



「お祖母様⁈何をしているの!血が……!」


「大丈夫よ、ティア。私の血にはね、傷を治す力があるの。


……よいしょ、ほーら見てごらん」



「……ほんとうだ、傷が治ってる」



ジュワ……という焦げ臭い音と昨日嗅いだ匂いが

僕のところまで届く。


遠いからよくわからないけれど、目を凝らして見ていれば、たしかに昨日僕が傷付けた男の顔色が明るくなっていってるようだ。



「あなた、分かりますか?名前は?」


「…………う、うぅ……ひっ⁈」


「大丈夫。私はあなたを助けに来たの。あなたと同じ人間よ、安心して。


酷い怪我ね……歩けますか?」


「あ、ああ……助かった、ありがとう」



そんな短い会話が聞こえて、一番元気そうな男とひ弱そうな男が残りの2人を起こして立ち上がっていた。



「(……僕、殺してなかったのかな)」



安堵感と一緒に、薄暗い声が頭の中に流れ込んでくる



『あーあ、治されチャッた』


『ったく、こいつはダメダメだなァ。期待シて損しタよ』


『ライルの呪いでも届かないモノってアルんだね』


『ヒトつダケな……リュクシーの奴らはダメだ』



好き勝手に話し始める頭の中にうんざりしていた時、僕の横を馬が通っていく。


もう少しだけ、動向を見守ることにしよう。


何か有益な情報を得られそうな気がする。



「そこのレディ!お怪我されていませんか!!」



馬に乗った男が声高に2人へ声をかけて、馬を降りて近づいていく。



「(あの服……腰に刺している青い剣…………王国の騎士団か?)」



どこかで見たことがあると思ったら、昨日会ったロドリックという名をしていた人。


もう少し豪華だった気もするけど同じような服を着ていた気がする。



彼は王国騎士団長と名乗っていたはずだ。



「(なるほど……僕を探しにきたのか?)」



もしかしたら、ロドリックさんが僕の知らぬうちに彼らへ僕を殺すように命令しているのかもしれない。



「(僕がここにいることは絶対にバレちゃダメだ。兄様に会うためにも、絶対に)」



僕は3人を見続けながら、スッと息をひそめた。


目線の先でお婆さんと男たちが話を続ける。



「貴方は……もしかして王国の騎士団のお方?」


「いかにも。レディたちは、この倒れている者と知り合いですか?」


「いいえ!お散歩中に私が見つけたの!」



そう言って得意げに鼻を鳴らす女の子。


彼女が身につけている赤いケープが嫌に僕の目を引いた。


あんなのを追いかけていたなんて……つまらない。



「……私にはリュクシーの血があります。

この子から彼等が倒れていることを聞いて、嫌な予感がして来てみたんです。


もしかしたら、吸血鬼の仕業かもしれないと思って」


「やはり、吸血鬼が……」


「ええ。歳を取っても感覚は鈍っていなかったみたいだわ。


それで、昔のように血を流して治癒しようと」



そういえば昨日父様たちが話していたのも

リュクシーだった。


何か大事なことを言ってた気もするけど……よく覚えてないや。



「ご尽力感謝します!」


「……だけど、傷付けられてから、かなり時間が経ってしまっていたみたい。


早く治療しないと手遅れになるから」


「ええ、後は私たちにお任せを」



2人が一言二言交わした後に、彼等は王国の紋章が入った馬車に乗せられ、王都へ続く道を帰っていった。



「ねぇ、お祖母様。私の血もりゅくしー、なの?」


「……たしかに私の孫娘だから貴女もリュクシーの血を継いでいるだろうね。


でも……」


「でも?」



"ティア"と呼ばれた女の子の腕をそっと撫でて、微笑む女性。


僕はその姿にどこか懐かしさを感じて、思わず身を乗り出した。



「ティアが傷つくことは私が嫌だから、あまり気にすることはないさ。それに、使う時はちゃんと見極めなきゃだめよ」


「どういうこと?」


「大切な人が沢山傷付けられた時だけ、ってことよ。ティアにはまだ難しかったかしら?」


「お祖母様!私ももう15歳よ!」


「ふふふ、さあ、帰ろう。家でサンドイッチを食べようね」


「うん!私、お祖母様が作るサンドイッチ大好き!」



ぎゅっと繋がれた手が僕の横をゆっくりと過ぎていく。



……眩しいな。見るんじゃなかった。



僕は胸につかえる重い空気を吐き出したくて、深いため息をひとつついた。



『……リアム、こっちキテ』



来た道を戻ろうとした時、頭の中で声が響く。


これは、さっきの何番目の声かな。多分3番目?

まだよくわからない。


こっち、というのも曖昧すぎて………


「うわぁ⁈」



目の前の景色がギュインと回って変わる。


刹那、僕の目の前には大きな古びた屋敷が立っていた。



「なに、これ……というか、ここどこ?」


僕が昨日飛ばされた場所よりかは幾分明るい。


屋敷の前の道には補整されたような後があるし、王都に近い方……なのかな。



『ココは、ボクらが暮らしていタ場所だよ!!』


『サーシャ、勝手に連れテきてよカッたの?』


『あトでライルに怒られテも知らナイわよ』



うるさい。また賑やかになってしまった。


とにかく、ここは彼らが生きていた時に暮らしていた屋敷と思って間違いないみたいだ。



……もしかして、僕が雨風を凌げるようにしてくれるのかな。それは正直すごく嬉しい。



『もウ、うるサいな〜!いイから、リアム!ココに立っテ!』


ドンッとまた勢いのままに押されて、少し錆びついた門の前に立った。


すると。



キィィィィ



『お、開いたね!やっぱりリアムはボクらの仲間ってことだ!サァ、入って!』



門が1人でに開いて、僕を歓迎してくれているようだ。


古そうな屋敷だし、何かと役に立ちそう。




「お邪魔しまーす……」



僕は恐る恐る足を踏み出した。

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