第8話 闇に沈む

目の前で倒れた彼らに近づいて、頬を押してみれば

力なく横に転がっていく。



「(結局殺してしまった……)」



その瞬間、僕の心のなかに真っ黒で重たい鉛がずっしりとのしかかる。


だけど、頭の中に響く声は僕と裏腹に喜んでいて。



『ヤッタね!!!』


『オメデトウ、おめでとう!』



ゴロリ


僕が転がした反動だろうか、よくわからないけれど

足元に倒れた男の腕が当たる。



その途端、息が短くなって、ハクハクと一生懸命

口を動かして空気を食べた。


上手く息ができない。

じわじわと手が震えてくる。



怖くなって、自分の肩をぎゅっと抱きしめた。



『俺の力がアレば、こンなもんよ』



その間にも頭の中では、楽しそうに弾んだ声が響いている。


最後に放った言葉と同じ声。


こいつが僕を操って、人の命を奪った。


たった一言で人の命を奪ってしまえたんだ。



そんな状況、当たり前だけど喜べるわけない。



「(あぁ、ダメだ。お腹、空いた)」



震える身体とは裏腹に、僕の口の端からは唾液が流れ出す。


どうやら僕は彼らを食料だと認識したようだ。


一度食べた血の味を覚えてる。



食べれば僕のこのぽっかり空いた心も埋まるかな。


自分のことを諦められるだろうか。



そんな風に思ってしまう自分が怖いのに涙も何も出てこない。



「まずは、どこかへ隠れなきゃ」



このまま雲が動けばまた月光が僕を刺すだろう。


周りを見渡してより一層闇が濃いところへ男を傘にしながら月光を遮って向かう。


どんどん吸血鬼化が進んだいるのだろう。



自分よりも何倍も大きくて重いはずなのに軽々と持ち上げられた自分に恐怖よりも驚きが勝った。



ドサリ…………カラン……



雑に落とした男のポケットから零れ落ちる銀色の何か。



「ん?なんだろう…………⁈」



拾い上げてみれば血で汚れたペンダントトップ。


中には可愛らしい女の子と美人な女性。

二人を抱いて朗らかに笑うのは今しがた地面に転がした男が映る写真が一枚。



……それを僕が壊した。


僕は家族を壊して、それで命を伸ばそうとしたんだ。



「ぉ"え"ッッ」



なんとも言えない気持ち悪さで胸が圧迫されて、僕は地面に吐きこむ。


その時初めて目から涙が流れた。



「……僕が泣くのは、違うだろッ」



止まれ。止まれ。


涙が傷に染みて痛いから早く止まれ。



グイグイと目元を擦っても、なかなか収まることを知らない涙。



とうとう地面に置いた手に涙がこぼれて、ペンダントを濡らしてしまう。



「……ごめんなさい」



その重みに耐えきれなくて、乱雑に遠くへ投げ捨てた。



ドスッと何かにぶつかった音にひどく安心した。



自分にもまだ人の死を悲しんで泣くことができると。


吸血鬼としてこの森に飛ばされたけど、まだ人としての矜持が残ってると。



あぁ、どこまでも人間臭いじゃないか。



「(これから僕はどうなってしまうのだろう)」



僕をこの森に飛ばしたのは確か王国の騎士団長と名乗っていたはず。


もしかしたら、明日には手枷をつけられて牢獄にいれられるのかもしれない。


もしくは、ここで猟犬にでも追われて殺されてしまうのかもしれない。



「兄様と父様は、今何をしているのかな……」



真っ暗闇の中、手を伸ばせば細く長く伸びた爪が視界に写る。


そして唇に触れる鋭い感触に自分が危険な存在であることを思い知った。



こんな姿じゃもう2人に会いに行けないや。


あの家だって僕が壊した。


正確には僕じゃない。僕の中で目を覚ました吸血鬼。


でも、姿形は僕なんだ、僕がやったことだ。



僕の居場所は、この真っ暗な森以外どこにもないんだ……


たった数時間前は父様と兄様と笑っていたのに


今はたった一人で呆然としている。



「僕が何か悪いことをしたのかよ……あの幸せを、平和を返せよ!」



ぐわんぐわん……と反響した声がもどってくる。


遠くでカラスが鳴いて、また静寂が訪れた。



バシャバシャバシャ



「雨だ、寒い……」


ここにいれば遅かれ早かれ死んでしまうな。


ずっと誰かに迷惑を掛けて生きるくらいなら、それでいいのかも。



……そういえば、あの男。


僕たち吸血鬼は月光に弱いと言ってたな。



それに僕には光の呪いが掛かっているとも。



だから、月光に照らされる度に僕の身体は焼けるように痛み出すのか。


そして行動が制限されて、頭が痛くなる。



その結果、僕はまた意識を乗っ取られて何かを口走っていた。



あれはなんなのだろう。


攻撃魔法の一つ……?でも、僕には魔力はない。


魔族生まれじゃないし、両親共に人間だ。


母様はリュクシーという特別な人間だったみたいだけど、あの話の口ぶりから言って魔法があったわけじゃなさそう。



これも、吸血鬼化に伴って授けられた力なのかな、よくわからない。



「おーい……ねぇ、誰かいないの」



こういう時に聞こえたらいいのに、あの知らない声たちはすっかり形を潜めてしまってるみたいだ。


今までも別に僕の呼びかけに応じてくれていたわけじゃなかったけど。



「これから、本当にどうしよう……」



当面の目標は、誰も殺さないこと。

お腹が空いてどうしようもない時だけしか、殺しはしない。


多分だけど血肉ならなんでも栄養になるはずだ。

狼とかその辺の野生動物で十分生きていけるだろう。



そして、ここから抜け出して、いつかはあの家に帰る。


兄様と父様を傷つけたことを謝って、また3人で暮らすんだ。



「……頑張ろう」




15歳の誕生日を迎えたその日に回り始めた僕の運命の歯車。



だけどこれ以上何も考えたくなくて、血の匂いがする男たちを奥に押しやって、来ないかもしれないあしたを願って、目を閉じた。






遠くの方で、フクロウの鳴き声が聞こえた。

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