第7話 快楽に溺れる
「……はぁ、ぁ"……はっ、はぁ……」
「や、やめろぉっ!!お前、吸血鬼か⁉︎こ、こっちに来るな!」
顔を真っ青にして叫んでいる男の人。
動物にでもやられたのだろうか、手や足から血が滴っている。
もう僕はそこしか見えていなかった。
暗い暗い森の中。
あたりにヒトの気配はないし、動物の気配もない。
この獲物を狙うものはダレモいない。
心臓がドクンと波打って、何かに突き飛ばされたかのように血が滴る足に喰らいつく。
ジュルッ……
「オイシイ……!!」
「ぐあぁぁああっ⁉︎」
ジュルッジュルリズズズッ
今まで感じていた痛みが解けていく、そんな感覚がして。
なによりも今まで感じたことのないオイシサに、僕は止まることを知らなかった。
「んぐっ……おい、邪魔するなよ」
「やめろ、俺は、今度結婚するんだよ……っ」
最後の力を振り絞り、僕の首元に手を這わしてグッと締めてくる。
でも、そんなもの痛くもなんともなくて、少し首を捻れば簡単に払えてしまった。
「(……これが吸血鬼の力なんだ)」
僕が掴んだ手は力無く地面に落ち、獲物も大人しくなった。
……死んでしまったのだろうか。
「ごめんね、でも僕も生きていたいんだ」
生きてまた、あの家に戻りたいんだ。
そのまま放置しておけば、それこそ動物に喰われて散々なことになってしまう。
手と足からしか吸血してないから、顔は綺麗だし、
適切な治療をすれば生き返るかもしれない。
結婚するって言ってたよな……悪いことをしてしまった。
人目につくように、森の入り口まで持って行こう。
「(おもっ……)」
腕を引っ掛けて持ち上げたその時。
「……………怯むな!!」
ガサガサという草が揺れる音と、金属が何かにぶつかる音に邪魔される。
男の人の話し声がすると思えば、僕は長い青い剣を持った人に囲まれた。
「あ、あぁ、そんな……ジャックを返して!」
その真ん中から女の人の悲痛な声が響く。
彼女がきっと、恋人だったのかな。
「……ごめんね、はやく病院に連れて行けばどうにかできるかもしれない。
僕はただ、足と手から流れる血を少し貰っただけだから」
「……たしか、吸血鬼からの傷を治すには、その吸血鬼本人の涙を取ればいいって聞いたことがあるわ」
「わかった。お前たち、行くぞッ!!」
掛け声を合図に青い剣が一斉に僕を貫こうと動く。
剣の先についた紋章……王家のものか。
さっきの記憶の中で見た、僕に向けられた剣についていたものと同じ。
彼らは王国の兵士か。
捕まえられたら確実に殺されるな。
だけど、今はお腹もいっぱいだし、何より彼らの傷つく顔を見たくない。
耳に響く女性の悲痛な声に、気を取られていれば目の前で飛んでいく青い剣先。
避けるのに必死になってるうちに、きづけば僕の体は月の光の下に晒されていて。
「………っああ"ぁあ!」
またしても体中が強張り背中に衝撃が走る。
さっきまで自由に動かせていた足が固まっていく。
「今だッ」
ヒュンッと翻る剣を避けて地面に転がったまま、
なんとか影になる場所へ這っていく。
「逃げるな、卑怯者!さっさと出てこい!」
うるさいな、お前らが傷つけた訳じゃないんだからそんな殊勝な顔しないでよ。
あーもう、せっかく治ったのに。
くっそ、いったいなぁ……
というか、人間がなんで森に来てるんだよ。
さっきのジャックとかなんとかいった僕のゴチソウもそうだけど、ここに来る必要なんてないだろ。
「僕と戦うよりも、王都へ戻って医者に見せた方がいいよ。君たちは王国の兵士たちだろ?
なら、ここから王都まではそんなに離れてないはずだ。はやく行ったほうが彼のためだよ」
茂みの中からそう答えて木にしなだれかかる。
僕の方の傷はどうしようか。
あ、そうだ。
さっきも血肉を喰らったら、ある程度動けるようになった。
彼らがまだ僕と戦うつもりなら………
「どこに隠れてやがる……ッ」
仕方ない、ごめんね?
「……アはっ、美味しソうな足、みッけ」
「あぁぁあッ!!」
目の前で僕の行方を伺っていた男の足に躊躇わず爪を刺す。
いつのまにか長く鋭くなっていた僕の爪は、深く男の足に突き刺さって、そのままドクドクと血が流れ出した。
「アースさん!!」「兵長!!」
鮮血が流れる足にかぶりつけば、頭上で鳴り響く叫び声。
それに反応して、周りの男たちの顔色がサッと青くなった。
「アース!……クソッ、月の下に晒したのになんで動けるんだ……こっ、こっちに来るな!」
この痛み、月光が原因……?
ふぅん良い事知った。
「ねぇ僕みたいな吸血鬼は月光で死ぬってこと?」
ずっと僕のことを睨みつける男をじっと見つめて質問する。
男は僕から目を逸らさずに剣先を持ち上げた。
「そうさ!お前の腕、見てみろよ!紫色の痣がでてるだろ。それは王家と国王に認められたものだけが使える『光の呪い』による傷痕だ。
月に弱いことを見ると、お前にかかってるのは『クレール・ド・リュヌ』だな。はっっ!ざまぁみろ。一生暗闇から出れないんだからな……」
「ふぅん……おしゃべり上手なんだね。でも、もう静かにしてていいよ」
ペラペラと喋る男の喉元に爪を突き刺せば、ドクドクと流れ始める赤黒い液体。
そこに噛みつきジュルリと吸えば、男は簡単に黙り、力が抜け、屍のようになった。
青白くなった頬をつついてみてもなんの反応も返ってこない。
「(あれ……僕こんな簡単に人のこと殺せるんだ)
ねぇ。なんでここに来たの」
僕は人を1人殺めてしまった事実に込み上げる震えを無視しながら気丈に睨みつけた。
この人たちが来なければ、僕は誰も殺さなくて済んだのに。
怖さと、怒りが同時に込み上げる。
そんな僕の一睨みでさらに顔を青くさせる男たち。
そのうちの1人が震える口を開いた。
「お、お前みたいな吸血鬼を獲れば金が貰えるんだ……!!俺たちは、日々の暮らしにも困ってる。
だから大人しく俺たちに殺されて、俺たちの踏み台になりやがれ!」
先の戦いを学ばず突っ込んで来ようとする男たち。
僕は僕で暗闇からは出られないから、木々の影を利用して、長く青い剣を避ける。
「しつッこい!!」
「アースさん、もうやめましょう!!手練れです、一旦引いた方が!!」
「うるせぇッ!!ジャックを殺されたんだ、アイツとフローラのためにもここで引くわけには……!」
「もういいのよ、アース!ジャックを連れて早く逃げましょう……!」
うるさ……誰1人として冷静な人はいないの?
僕だって少なからず攻撃は受けてるんだ。
そろそろ休みたい、じゃないとまた誰かを傷つける……
段々と疲れが溜まってきた時、もう一度頭の中に声が響いた。
『オマエに力を貸してやるよ』
瞬間、ブワっと身体が熱を持って、僕の頭の中は真っ暗な闇に支配される。
「………『リュミエール・ド・ディアーブル』」
勝手に動いた僕の口から低い誰かの声が流れ出した時。
目の前の男たちが一斉に崩れ倒れた。
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