リアムの苦悩
第6話 誰も知らない昔話
「ん……くっ、痛い……ここは……」
気づけば僕は真っ暗な闇の中に一人。
体を起こせば、頬に何かが伝ってグイッと拭う。
「血……僕は、今まで何をして……?」
手の甲にべったりついた赤黒い血。
喉は乾いてヒリヒリと痛むし、あちこちに切り傷の痕がある。
そして何より心がズキズキと痛かった。
「……何か、大切なことを忘れている気がする」
ズキズキと痛む頭と心は僕に何かを思い出させようとしているに違いない。
ここはどこなんだろう。
この身体中の傷はなんだ。
そして、頬に流れている血はなんだ。
『……リアム、こっちおいで』
それから。さっきからずっと僕の名前を呼んでいるのは、誰だ。
ボワァと広がった低い声。
声が聞こえるたびに、僕の頭は痛くなる。
そして、闇の奥の方がチカチカと光出すのだ。
「……光の方へ進めばいいってこと?」
『…………イで、……オいで』
「誰なの、どうして僕を呼んでいるの」
『……コッちにキタラぜんぶ分かるカラ』
もうなんなんだ。
頭は痛いし視界もフラフラする。
だけど、進まないことには何もわからない。
とりあえず正体がわかるまで言いなりになるしかなさそうだ。
「よいしょっ……と」
ふらつく足を踏ん張ってなんとか立ち上がって、声のする方向へ進んでいけば、周りにボワァと浮かぶ何かの光景。
2人の人物……1人は鋭い犬歯を持つ黒ずくめの男。
もう一人は鎧を着ている……兵士か。
その2人以外にも同じような格好が沢山いて、槍や剣を突き合わせている。
後ろには煌々と燃えるたいまつ。
「これは吸血鬼と人間…………戦争だ」
昔、図書館で読んだ本で読んだことがある。
ここリーズ王国には、その昔。人間と吸血鬼が共存していたと。
両者は互いの利益のために争いばかりを繰り返していたと。
「……あれ」
その瞬間、目の前の景色が変わり2つの種族はお互い手を取り合い握手していた。
「さっきまでの戦いは……?まさか、間違った歴史だったのか?」
パチリ
風景は額縁に固定されて、新しい景色が浮かび上がる。
どうやら正解だったみたいだ。
「……吸血鬼が人間を喰らってる。これも本で読んだ。でも、違うんだろ?きっと本当は、」
そこまで言い終えるとやっぱり風景が変わる。
曇天だった空は片方が晴れ、片方が闇に分かれていた。
晴空の下には人間たちが楽しそうにパーティーを開いていて、闇の下では吸血鬼たちが笑っている。
そのちょうど境目は曇り空で、1人の少女と1人の吸血鬼の姿があった。
「歴史と違って、みんな仲良しだったんだ」
パチリ、パチリ
パーティーの風景が額縁に収まったかと思えば、隣に真っ暗闇の中、小さなランタンに照らされる1組の恋人の風景が収まった。
「これはさっきの2人……まさか」
ブワッ
辺りにピンク色の光が散らばって、2人の絵は参列者のいない結婚式の様子に変わった。
種族の違う禁じられた恋。
2人はきっと、誰にも内緒でお互いを想いあっていたんだ。
ガチャンッ
「わっ⁉︎……ナイフ?銀食器?」
ぎゃあぎゃあ聞こえる怒声と共に暗闇からナイフが投げられる。
間一髪僕を避けたそれは、すぐ後ろの2人の風景に刺さった。
「あっ、破れちゃう……!」
バリバリバリ……
破れた2人の間からは、新しい風景が現れる。
「…………そんな」
澱んだ空の下、目を尖らせて戦う人たちの姿。
剣を持つ人と、銀色の食器を投げつける人々。
そして、その向かい側にはたくさんの血を流しながら倒れていく吸血鬼たちが。
彼らは鋭い爪と牙を持っているのに、彼らは応戦していない。
「まさか……!」
その真ん中には真っ赤な海に倒れる女性の姿があった。
パチリ
「っ……ぐっっ……!!」
その風景が真っ黒な額縁に収まった途端、僕の頭は急激に痛み出す。
刹那、僕の頭の中にあの声が流れ出した。
『あの娘はリュクシーだった。そして、吸血鬼は村でも一番心の優しかった青年。
だけど、2人が愛し合っていることを知った村人たちが彼女は騙されている、と決めつけ争いを起こした。
その最中、娘は恋人を庇って死んだんだ。
吸血鬼は手当の仕方を知らなかった。
それに、ソイツは悪の祝福を授けられていた者だったから銀食器程度はかすり傷。
彼女はそれを知らなかった。
ドクドクと大量の血が流れ出し、ワンピースが真っ赤に染まっていく。
リュクシーの血の匂いは濃い。
だけど、青年が愛していた彼女を喰らうものは誰もいなかった。
そんなことはつゆも知らず、ただ流れる血だけを見て、吸血鬼が食い殺したと考えた人間たちは怖くなって、皆一目散に駆け出した。
その時大きな白い満月が雲の隙間から顔を出した。
リュクシーの娘は照らされた途端に息を吹き返した。リュクシーってのは、光の精霊王から祝福を授けられた人々だからな。
しかし、目の前にいたのは、皮膚が爛れ、苦しみ呻きながら叫ぶ恋人だった。
戦いの最中、光の呪いを食らっていた彼は反対に、月光に弱かった。
彼を治すにはリュクシーの血を飲むしかない。
代わりに噛まれたリュクシーは、その血に吸血鬼とのハーフ……ダンピールになってしまう。
それを拒んだ青年は、彼女の腕の中で息を引き取った。
彼の最大の喜びは、愛した人が幸せになること。
彼女の最大の喜びは、愛した人と幸せになること。
そして……息を引き取った彼にそっと口付けた彼女は、迎えにきた王国の騎士団と共に村へ戻っていった。
これが本当の昔話だよ、誰も知らないボクらの話』
「……どうして、その話を僕にしたの」
その声に返事が来ることはなかった。
代わりにまた新しい風景が浮かび上がる。
「これ、僕の家だ……」
ボロボロになった僕の家の客間。
何故だかすごく胸が苦しくて、その絵に手を伸ばしてしまった。
その瞬間。
「……う、うあぁぁぁあぁぁぁあっっ!!!」
風景が動いて、僕が現れる。
僕は1人で家を壊して、前にいる誰かに攻撃をして、最終的には……
兄様を吹き飛ばして、その身を踏んづけて、胸ぐらを掴んでいる。
近くで倒れているのは父様だ。
『思い出したか?あれが今のお前だ。お前は、吸血鬼になったんだ』
新しい風景が浮かぶことはなく、兄様の額から血が流れ出したところで止まっている。
そうだ。
今までどうして忘れていた?
僕は、吸血鬼になって、ロドリックという男に月光を浴びせられた。
そこから先は、今見た通りなのだろう。
僕の知らないうちに、僕は大好きな家を壊して、大切な人を傷つけていた。
よくわからない呪文を叫んで、相手を痛めつけた。
これが今の僕なんだ。
「……どうして、こんなことに」
昨日は兄様と父様とクリスマスを祝った。
ツリーを飾り付けて、コックのアルベルトが作った美味しいディナーを食べて、暖炉の前でプレゼントを開けていたじゃないか。
父様からもらった羊革のブーツを母様に自慢しにいったのも覚えている。
それなのに。
僕は今1人。真っ暗闇の中、ひとり。
"王国令第37条に基づき、この
風景はそれだけを放って、パチリと額縁に収まった。
追放、か。
もうあの家には戻れないんだ。
「あ、ああ……あぁぁ"ぁぁあぁあ"あ"っ!」
もうあの話も彼らの話じゃない。
僕らの話だ。
『もしカしテ
『泣ク必要はなイわ、あいツらニンゲンは敵ダもの』
『アタシタチの代わりにフクシュウを!!!』
怖い。
怖い、もうやだ、やめてよ。
『わたしタチはみんな、アイツらに家族を殺されまシた』
『ゼッタイに許せナイわ』
『タトエ、君が人間の中でシアワセに暮らしたことがアッタとしても』
だけど、その間も囁く声は止まらず僕を追いかけるようにして、要らない記憶を詰め込む。
『ホラ、あそこのニンゲン。オイシソウだろ?』
ざわざわと草木が揺れる音がして、僕の鼻を甘い匂いが掠めた。
「甘くて濃くてオイシソウ……!」
止まりかけた思考回路はそのままに、僕は匂いに釣られて走り出した。
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