第5話 使命
「エリック殿下」
ガタガタ……
徐々にゼアライト家と門の前に立つ父様の姿が小さくなっていく。
今まで乗ったこともないような豪華な馬車の中で、俺は暗闇の中を揺られていた。
「(……リアム、どうしてるかな)」
隣のロドリックさんがぼうっと窓を見つめる俺を心配そうに見ていて、居ずまいを正した。
「すみません、ぼうっとしてました」
……だって、殿下って。
父様の爵位は子爵だったし、家に来るのも父様の旧い友人か、郵便とかそういう類。
社交界に出たのも数えられるくらいだから、なんだかくすぐったい。
「エリック殿下。私が言うのもなんですが……この決断を後悔されてはいませんか」
半ば私の強引なところもありましたから、と自信なさげに呟くロドリックさん。
後悔か……。
揺れる馬車の窓に寄りかかりながら、少しだけ目を閉じて考える。
父様から聞いた母様の話。
それを聞いて、今更やっぱり辞めますなんて言えない。
父様が母様を助けて家族になったら、今度は俺がリアムを助けてもう一度家族になる。
……あの時。
リアムがアイツに操られていた時、俺はただ怯えるだけで何もできなかった。
せいぜいロドリックさんから剣を借りて、対峙しただけ。
リアムを目覚めさせることなんてできなかった。
「後悔はしません」
だけど、俺が国王になることでリアムを苦しみから救えると信じてるから。
そう信じられるだけの時間と想い出が俺の中に確かにあるから。
例えどんな結末が待っていたとしても。
「……俺、頑張りますよ」
初めてしっかりロドリックさんの目を見据えて答えられた。
その様子に満足そうな顔をしたロドリックさんは、少しだけカーテンを開けて夜空を見上げていた。
空には大きな満月が浮かんでいる。
「……では、殿下の大切な弟に"呪い"をかけた私のことはどう思われますか」
「呪い……?」
どういうことだ。
「あの時、私は彼に"光の呪い"なるものをかけました。
古来からリーズ王国の王家に仕えている私たち、
キーン家に伝わる異能です。
ドロテア家は治癒のリュクシー。そして、私たちは戦いのリュクシー。高い攻撃力を持つ"光の呪い"を付与されているのです。
……といっても、私たちはリュクシーから派生した一族と言った方が正しいですが」
なるほど……だから俺のことを見たフィルノットさんがリュクシー最後の一族と言っていたのか。
すると、少し顔を暗くされたロドリックさんが、固い声で言葉を続けた。
「中でも私は、彼に光……特に月光に照らされるたびに身体が見えない鎖で縛られ、焼かれるように痛む呪いを掛けました」
あの時私が叫んだ『クレール・ド・リュヌ』はそういうものですよ。
そう俺に伝えるロドリックさん。
……だから、あの時もカーテンを開けたのか。リアムに呪いをかけるために。
光に照らされるたびに身体が痛む呪い、か。
「それって……月光だけなんですか。太陽の光とか、室内の光とかは?」
「特に痛みが強くなるのは月光だけですが、太陽光でも長く当たり続けると火傷のような傷が身体中に出るかと。
ですので、私は彼をもう二度と光の下を歩けなくしてしまいました」
……そうなのか。
「でも、少しだけ安心してしまいました」
「と、言うと?」
「それって……リアムはもう必要以上に人を傷つけたり、死に追いやったりしない。ということですよね?
吸血鬼になってしまったから、生きるために、ある程度は傷つけないといけないのはわかってます。
だけど、その呪いがなければ今俺はここにいないかもしれない。
あの時も、リアムに俺を傷つけさせずに済んだし、俺もリアムに傷付けられずに済んだ。
もちろんリアムを苦しめていることに怒りはあります。だけど、それが貴方の使命だから……仕方ないです。
そこを責める気になんてなりません」
俺のその言葉に安心したように微笑むロドリックさん。
本当は兄として怒らなければならないと思う。
でも、あの時ロドリックさんが何もしていなければリアムは
もしくは父様を。
きっと怖がりで寂しがり屋なリアムはその事実に耐えられずに壊れてしまう。最悪の場合は自死してしまうかもしれない。
それを防ぐにはきっとその
「それに呪いを解く方法はあるんですよね?」
「光に打ち勝てるものは闇です。
全てを飲み込む闇の力を手にした時、その呪いに打ち勝つことができます。
ですが、吸血鬼が闇の力に目覚めた時には、誰か一人の死が伴うと言われています。
そしてその死からは逃げられないとも」
「…………そうですか」
ロドリックさんの言葉に俺は何も返すことができずにいたその時、
チカチカと目の前に細やかな光が飛んだ。
「……うさぎ?」
「あぁ、これはエライザ……フィルノット女史の魔法ですね、彼女は魔族ですから。
きっと何かわかったことがあったのでしょう、彼を追放した時にわざわざ転移魔法を使ってまで出て行きましたから」
触れてみてください、と促されるままにうさぎに手を伸ばせば、ふわりと待って手紙の形になる。
「……【貴方の父上は吸血鬼ではなかったよ、安心して。どうやら、リアム君の遺伝子は闇の祝福に好かれてしまっているみたい。
こればかりは長い時間をかけて研究しないと原因はわからないから、少し時間を頂戴】
フィルノットさん、こんなことしてくれてたんですね……」
「彼女は人間に興味がありすぎる研究医ですからね。きっと、1人はリュクシー、もう1人は吸血鬼に順応したお二人のことが気になって仕方ないんでしょう。
きっと、また同じ形で返事がくると思いますよ。
彼女に手紙を出す時は王宮にいる魔族に声をかけるといい」
その言葉を最後にフィルノットさんからの便箋は
パッと消えてしまった。
すると……
「キーン騎士団長、到着致しました」
タイミングよく外にいた騎士の言葉が聞こえ、一瞬で騎士団長の顔になったロドリックさんの手を使い、馬車から降りる。
グッと覚悟を決めて、顔を上げれば目の前には高く聳え立つ、白と青を基調とした王宮
そして、奥に何人かの人影。
「殿下、行きましょう」
彼の言葉に頷きつつ、俺は今しがた馬車で通り抜けてきた暗い道を一瞥してから、煌々と光の灯るアプローチを歩いていく。
「今日からここが俺の居場所……」
「緊張されていますか?」
「当たり前ですよ、初めて陛下にお目にかかるんです。緊張しない人なんていないでしょう」
「大丈夫です。陛下は優しい人ですから。
それに、ずっと待ち焦がれていたエリック様にお会いできて、とても喜ばれるはずです」
その時、反対側から歩いてくる影が俺の名前を呼んだ。
「エリック様!」
遠くからでもよく響く声に萎縮して、少し体を縮こませれば、目の前で涙に滲んだ目を綻ばせる陛下。
「其方が、我が妹レイアの息子、エリックか?」
「はい。俺……いや、私がエリック・ゼアライトです。クラメンティール国王陛下、初めまして」
恐る恐るかけた言葉に、陛下の目から溜まっていた涙が堰を切ったようについち流れ始めた。
「今日という日が来ることをずっと待ち望んでいた。本当に無事でよかった」
エレガントに涙を拭い、優しく俺の手を握る陛下。
「どことなくレイアの面影があるな。それに……」
「陛下、そろそろお身体に障ります。積もる話は暖かい所でされてはいかがです?」
「おお、それもそうだな。のう、エリック。
そなたが歩んできた日々を私に教えておくれ」
ロドリックさんの言葉に、俺の手を引きながら歩き出す陛下。
大きな城の門をくぐった瞬間。
ゼアライト家での日々が思い出に変わっていくような心地がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます