第4話 オルゴール

「……えぇ、もちろんです。


レイア様は、現国王陛下の腹違いの妹君に当たります。

先代クラメンティール3世は大層な遊び人で、王妃様の他に沢山の令嬢たちとご関係があったようです。


その中のお一人が、レイア様の母君に当たるリュクシー一族のルイーズ・ドロテア様。


国王陛下は、ルイーズ様を特別愛しておられ、本来ならば彼女を王妃にしたかったことと思います。

ただ……彼女の出自が男爵家であったこと、そして身寄りがなかったことから、周囲に反対され密かに交際されていたようです」



……僕のお祖母様が、国王陛下と関係があったなんて知らなかった。


チラリと父様を見上げれば、幾分か顔色のいい表情でロドリックさんを見据えていた。



本当は父様の口から聞きたいけれど……



「そして、お二人の間にお産まれになったのが、レイア・ドロテア様。エリック様の母君ですね。


これを機に、先代国王はお二人とも王宮に住んで、第二王妃・第一王女として家族になろうと提案されたようです。


しかし、レイア様が産まれる少し前に、現国王陛下が御生まれになっていたこともあり、その提案が実現することはありませんでした。



腹違いの娘、そしてそれを孕んだルイーズ様への当たりはとても厳しく、特に国王派の貴族院の者たちから邪険に扱われていたのです。


国王の血を継いでいても、母親がリュクシーであることがどこからかバレてしまい、王宮を後にするよう冷たく言われていました。


しかし、ルイーズ様はすごく聡明な方で、貴族院の厄介者たちにも臆せず、娘が10歳になるまでは、今まで通り過ごさせて欲しい。

そのあとは2人で、遠く離れた何処かで暮らすから。と取引を申し出、その通りになりました」



「……待ってください。どうして、リュクシーだからという理由で逃げなければならなかったのですか」



リュクシーは貴重な存在。


それに母様は、確か治癒のリュクシーと言っていたはずだ。


ならば、何か争いがあった時に備えて、王宮に囲い使役すればよかったのではないか。


なのに、なぜわざわざ手放したのだろう。



「それは先ほどの彼がそうだったように、強い吸血鬼であればあるほど、リュクシーの血の匂いを嗅ぎ分け襲いかかりにくるからです。


国の真ん中にある王宮へ、もしも吸血鬼が襲撃しに来たら。その時はまた戦争になる。危険性と、2人の人生を天秤にかけた時、優先されたのが国を守ることでした」



そんなのあんまりだ。


母様もお祖母様も先代国王の寵愛を受けていたことに変わりはないのに。


どうして、守ってくれなかったんだ。



「そして、レイア様が10才になられた時。

約束通り、お二人は夜もすがら小さな荷物だけを持って、王都から出て行ったと父から聞きました。


ルイーズ様は持病を抱えていらっしゃったのもあり、その道中で命を落とされました。

レイア様の方は…………


っと、ここからは私がルイーズ様の護衛をしていた父から聞いた話をするよりも、ゼアライト侯爵から直接聞いた方が良いですかね」



話を急に振られた父様は、驚いたように目を見開いて俺を見て、一つため息をついた。



やっと、父様から家族の話を聞ける……!


それだけで沈んでいた俺の心はかなり上を向いた。



「……あれは大雨の日だったかな。帰り道、一人で倒れているレイアを見つけたんだ。

シンプルな白いワンピース姿で、近くには小さなバスケットが転がっていてね、一目で何処からか逃げてきたのだと勘付いたよ。


苦しそうに息をしていて、勿論見捨てることなんてできなかった。


その時、私もまだ15の子供で、人助けなんてしたことがなかった。だが、不思議なことに、レイアだけはどうしても助けないとと強く思ったんだよ。


家に連れて帰って、使用人たちに手伝って貰いながら慣れない介抱をして。


すると、幾分か体調のよくなったレイアが、ぽつりと自分の身の上話を始めたんだ。


私は国王の娘で、だけど王妃との子じゃないから、王宮を追い出された。その道中で母親が倒れて、母の言う通り見捨てて1人逃げてきた。

暗い森の中はよく分からなくて、途中でよく分からない何かに襲われそうになったけれど、これが守ってくれたんだ、とね」



すると、父様は俺の胸元に手を伸ばして、ペンダントを優しく撫でた。


その目は今まで見たことのない暖かさを帯びていて、なんだか少し気恥ずかしい。



「……これがまた、私の大切な人を守ってくれるなんてな」



もしかして、母様を襲いかけたのは、その森にいた吸血鬼……?


だから、このペンダントが効力を発揮したんだ。



「……父様、続きは?」



自分でも驚くほど、子供じみた甘えた声。


でも、たまにはいいか。と思えるほどには落ち着いていた。



「……そうだな。

レイアの、あの小さな背中にどれほどの苦しみと悲しみを抱えていたのか……想像するだけでも胸が締め付けられたよ。


そして、彼女を幸せにしたいと思ったんだ。

身寄りのないレイアは、自ら私の家使用人として雇って欲しいと言ってきてね。

母親と皇城の離れに住んでいた時にお手伝いをしていたから家事はできると言って。


だけど、私はレイアに普通の女の子として幸せを感じて欲しかったんだ。両親も娘ができたようで嬉しいと言って、可愛がってくれていた」



父様が、母様のことをとても愛しているのは俺たちもよく知っていた。


だけど、2人の出会いがこんな形だったとは思いもしなかったな。



……あのとき、母様を見つけたのが父様で本当によかった。



「こんな話をするのは気恥ずかしいが、私は出逢った時の一目惚れをかなり引きずっていてね。

一緒に過ごしているうちに、レイアの賢くて優しい人柄にどんどん惹かれていった。


そして、彼女の20の誕生日にプロポーズしたよ。


少ししてからお前が生まれて、その5年後にリアムが生まれた。

2人ともすごく可愛くて、特にエリックはレイアによく似てるんだ。ほら、見てごらん。目の色とかその柔らかい金色の髪もそっくりで。


リアムは、レイアと声がよく似てると思っていたよ。あの透き通った声を聞くたびにレイアのことを思い出して。


…………でも、本当は段々とその声が変わっていくことに気づいていた。私に似ていくわけでもなく、知らないナニカになっていくリアムに気づいてないフリをしてしまった。


その時は、不治の病に侵されていくレイアのことで頭がいっぱいだった。それにこんなことをお前にも話すべきじゃないと思っていたんだ。


父として家族を守らないと、と必死だった」



……リアムの声が変わっていってることなんて、俺は気づいていなかった。


それに父様が一人で全ての不安を背負っていたことにも気づいていなかった。



グッと手のひらに爪が食い込むほど握りしめる。


もう少し俺がしっかりしていれば………



「……お前が気に病むことじゃないよ、エリック」


「でも、」


「私はね。今日、リアムに手を伸ばそうとするお前の姿を見て、あの時を後悔したんだ。


エリック・ゼアライトは、私の知らないうちに頼れる兄になっていたんだと。


ちょっと怖がりで甘えん坊な幼子じゃなくて、


レイアのように聡明で、家族想いで優しい"青年"になっていたんだな」



父様の暖かい手が頭の上に乗せられる。


ハッとして見上げれば、頬の上に一粒の涙が落ちてきて。



父様の泣き顔……初めて見た。



「だから、きっとお前ならリアムを助けられる。


王都でたくさん勉強して、この国を知って、自分を理解して。


民を守るいい国王になれるよ」



「……俺は母様のような人になれるのでしょうか」


「ああ。お前なら大丈夫だ、エリック」



その言葉に少しだけ、張り詰めていた心が緩んでいくのを感じた。





「エリック様」



父様の話が終わって、少し経ってからロドリックさんが話しかけてきた。


その目は心配そうに揺らいでいて、だけど、きっとこの目から晒したらダメだから。



ふぅ……と深いため息を吐いて、ロドリックさんの目を見据えた。



「ロドリックさん。


やっぱり俺はリアムを助けたい。だって、たった一人の弟ですから。あのまま突き放すことなんて俺にはできません」



今の俺には難しいことかもしれないけれど。


国王になる者として、必死に努力すればいつかは。



いつかはきっと、あの幸せを取り戻せるはずだ。



「では、国王陛下のご意向には応えられない、ということですか」


「……いいえ。俺はこの国の王になって、リアムを助け出します。


本当に俺が、王家の血を継いでいて、次期国王の座にいるなんて信じられないし、まだまだ受け止めきれてません。


現国王陛下にお会いして、期待していた人じゃなかったと思われたらどうしようなんて、不安でいっぱいです。



だけど、もう俺は逃げません。


何日、いや何年かかるかはわかりませんが、それでも。


もう一度リアムと兄弟になりたい、ただそれだけです」



そんな覚悟を決めてロドリックさんを見ればスッと胸元に手を当てて片膝をつく。



「えっ⁈ちょ、ロドリックさん、?」


「……それでこそ、王になられるお方です。


厳しい道のりになるかもしれませんが、私も殿下をこの身を賭してお支えいたします」


「やめてください、ロドリックさん。今はまだゼアライトです」



今はまだ……か。


自分で言っておきながら少しだけ寂しくて、心がぐらついたのは俺だけの秘密だ。


あぁ……この家ともお別れなんだ。



アイツが好き勝手やったおかげでボロボロだけど。


たしか、使用人の1人に魔族出身がいたっけ。


きっと彼が直してくれるはず。



次帰ってくる時は、新しい写真立ても用意しよう。


それで、母様の隣に俺たち3人の写真も飾ろうか。




「エリック」


「父様、」



名を呼ばれて振り向けば、何かを手にした父様の姿



「まさか1日で息子二人と別れることになるとはな」


「……親不孝者と思いますか」


「まさか。私の自慢の息子だよ、エリック。

それにリアムも。


次に会う時は、エリック国王陛下と呼ばなければならないな」



肩に置かれた手は、少しだけ震えているようで。


無理をして笑っていることなんてバレバレだけど、最後くらい格好つけている父様を見ていたい。



「そんなこと、言わないでください。俺が国王になったとしても、貴方の前ではエリック・ゼアライトです。


レイア・ゼアライトとウィリアム・ゼアライトの息子です。


俺はまたこの家にただいまを言いに戻ってきますから。ちゃんとおかえり、エリックと出迎えてくれないと嫌ですよ」



「……ああ。任せなさい」



そう言いながら父様は俺の手を取って、洒落た装飾が施されている小さな木箱を乗せた。



「これは……?」


「開けてみなさい」



途端、どこか懐かしいメロディが聞こえてくる。



「覚えていないか?お前たちが小さい頃、レイアが子守唄として歌っていた曲だよ。


これで離れていても、私たちは家族だ。

辛く苦しくなって、どうしようもなくなった時。これを聞くといい。


きっと、心が休まって進むべき道を照らしてくれるはずさ」


「……ありがとう、ございます」



小さな小さな想い出のオルゴール。


リアムにも聞かせてやりたい。



蓋を閉じて、優しく巾着の中に仕舞い込む。


あぁ、なんだか泣いてしまいそうだ。



本当はこの家にずっといたい。


でも、リアムがいない、家族が揃っていないなら、それは意味のないこと。


だから、もう大人にならなきゃ。



俺は改めて父様の優しいグレーの瞳を見つめた。



「父様。

次に会う時はきっとリアムを連れて帰ってきます」


「……頼もしいよ。

それじゃあ、その時は盛大なパーティーをしようか。3人で、好きなものをたらふく食べて、それまでのことを語り合おう」


「……リアムの話を聞くのが楽しみですね」


「そうだな」



大きく手を開いてくれた父様に、ギュッと抱きつく。


その身体は思っていたよりも小さかったけれど、すごく暖かい。



「泣かないでください」


「……泣いてないさ」



二人して震えの混じった声で笑い合う。


時計の針は無常にも、音を立てて時を刻んでいく。



このまま時が止まってしまえとは言いたくない。


だってリアムに会えなくなってしまうから。



「エリック様、行きましょう」




「……お元気で、父様」



俺は小さく息を吐いて、父様から離れ、背を向けて歩き出す。




「願わくばその先に神のご加護がありますように」




そう呟く父様の声には、振り向くことはできなかった。

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