2年3組の中嶋さんが行方不明になりました⑴
7月5日(木)の放課後。
受験生として迎える定期試験と、最後の夏休みを同時に控え、7月の暑さと同様に浮き足立った熱っぽさを感じるクラスを他所に、村田 祈里は憂鬱な感情を押し殺しながら茶道部の部室へ向かう。
「悪いね、部長」
「……元部長です」
祈里は恨めしさの限りで顧問の鬼塚 藤四郎を見る。恰幅の良い、中年の男性教師で顔も岩のように分厚く、横暴な態度から生徒からも怖がられている。祈里は入学当初、なぜ彼が顧問なのかと度肝抜かれたが、所謂る外部講師として茶道の専門家を呼んでおり、彼はその取りまとめを担当しているに過ぎなかった。
しかし、鬼塚が担当ではなければ多くの部員を獲得できたのではないかと思う一方で、女子生徒を目当てとした半端な生徒が
鬼塚は険しいその顔をさらに固めたような苛立ちと、わずかな困惑の表情をこちらに向けている。
「なんですか。誰にも言えない用事って…」
受験生をこんなとこに呼び出してまで、と言いそうになる。
鬼塚はそんな祈里の気持ちを汲み取る様子もなく、
「ああ、2年3組の中嶋のことなんだか…」
重そうな口を小さく開き、湿った小声で話す。いかにも誰にも聞かせたくないと全身で表現するようだ。
「みおちゃん?」
「ああ、三日前から行方不明になってる」
「………行方不明?」
先ほどまでの、憂鬱な感情が吹き飛ぶようであった。
「なんで?」
「わからん。親御さんも何もわからないようだ」
鬼塚も言いながら顔を顰める。
「家出?」
「わからんが、そんなやつではなかった」
確かに鬼塚の言う通りだ。中嶋 美緒は、家出をするような人間ではない。家族との仲も良くクラスでも明るく誰とでも楽しそうに話している。
「中嶋、お前に何か言ってなかったか…?」
「みおちゃんが?…いえ、何も」
「そうか……困ったなぁ」
鬼塚はあからさまにため息をついてこちらを見る。鈍感と言われる祈里でも、それが『聞いてくださいアピール』だと、すぐにわかる。今時の女子高生の方がもっと上手くやるものだが、と思いながら仕方なく鬼塚に声をかける。
「茶道部…ピンチなんですか?」
「一週間後に中国から姉妹校の留学生が来るんだよ」
「ああ、そうですね、異文化交流会。そんな時期ですね」
祈里も部長を務めていた手前、茶道部の行事に関しては理解しているつもりだった。
「もし中嶋がいなければ……他に部長としての代役がいなくてな……それで」
「嫌ですよ、私」
祈里は鬼塚が言う前に話を切る。その後に何が続くかはすぐにわかった。
「私、引退してます。部長ではありません」
「頼むよ、村田。1日だけでいいんだ」
「あれ結構準備大変なんですから」
「準備はこっちでする…他の部員が」
できるわけがない。道具の準備、英語のスピーチから、当日のレクリエーション、司会進行業務の割り振り、菓子の発注…などなど。まだどれにも手をつけていないと言うなら、中止、あるいは延期を検討するしかないだろうが、留学生となるとそれも難しいのだろう。
「もう規模を縮小して、みおちゃん以外の部員たちでやるしかないですよ」
「他の部員たちが、そんなことできるわけないだろう」
先ほどまでの「他の部員が準備をする」という鬼塚の発言は、何だったのかと思いながら祈里は呆れて言葉を失う。
しかし、祈里としても今の茶道部に愛着がないわけではない。異文化交流会が、失敗してほしいと思っているわけではないのだ。
「かわいい後輩のためにも…頼む」
決して鬼塚のことではないものの、茶道部の後輩たちを思うと心が痛む。確かに彼らに責任はない。
それに、行方不明となった中嶋 美緒が気にならないわけでもなかった。
「……わかりました。ただ、みおちゃんを探すのが先です。」
中嶋が見つかれば全て解決する話だ。
「私も調べてみます。鬼塚先生、2年3組に授業しに行ってますよね……。みおちゃんと仲がよかった人とかいたら教えてください」
「あ、うーんとな」
鬼塚は先ほどとは変わって、あからさまに嬉しそうな顔を横に捻り、考える。その顔に張り手を入れたい思いを抑えながら、祈里は彼の発言を待った。
——————いいんだ、落ち着け祈里。みおちゃんが見つかればすむことだ。
「あ、確か…」
鬼塚は思い出したかのようにポツリと言った。
「園崎 愛香というやつだ」
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