第30話「勇者がクビになった」

 俺は土を耕していた。

 別に暇だから土を耕しているわけではない。 


 部屋でこもっているより身体を動かしてる時の方が自然と頭が回るのだ。

 クワを振るいながら俺はあれやこれやを考えている。


 例えば産まれてくる子供のこと。

 例えば神ちゃま(自称)の親探しのこと。

 例えば孤児院の子どもたちの将来。

 例えば王都の貧民街のこと。


 土を耕しながら一つ天啓のような物がおりてきた。


「そうだ、信頼できる賢い人に相談しよう」


 これが一番だ。

 ヘタな考え休むに似たり。

 餅は餅屋。信頼できる頭のいい人に助力を求めよう。

 正直これ以上考えると俺の頭が爆発してしまう。


 実際、最近は不安でなかなか夜も眠れない。

 最近では11時まで眠れないことも多くなっている。

 いや、11時はちょっと盛りすぎたな。

 10時半には寝ている。


 俺の頭だけじゃどーにもならん。

 そうと決まれば善は急げ、今日の夜にリズに相談……。

 そう考えて、ふと思いとどまる。


 いや、そろそろおなかが目立ってきた。

 あまり心労をかけるのは良くないのでは?


 というか、そろそろリズには産休に入ってもらった方が良いかもしれない。

 そうだ、今日の夜はリズに産休についての話をしよう。


 そんなあれやこれやを考えると頭に何かがぶつかった。


「いてっ」


 石だ。

 河原にある丸い石ではなくゴツゴツした角のある石。

 こんな物を投げる奴は一人しかいない、エレだ。


「エレ、人に石を投げてはいけませんよ」


 後頭部からとめどなく流れ出る血をハンカチで拭いながら答える。

 叱らなかったのは、エレの顔が落ち込んでいたからだ。

 エレがこんなに落ち込んでるのは初めて見た。


「あっ、ごめん。ちょっとテンパってて手が滑った……。アリョっさん、折り入っての相談があるんだけど、僕の話を聞いてくれないかな?」


 まあ、テンパってても普通は石は投げない。

 それを突っ込んでいたら話が進まなそうだ。

 ここはあえて、黙っていた方が良さそうだ。


「立ち話もなんです。久しぶりにザリガニ釣りでもしながらにしましょうか」



    *



 小川でザリガニ釣りを初めてから早一時間。

 エレはなかなか話を切り出さない。

 そしてタガメしか釣れない。


「なかなか釣れませんね。今日は」


 俺はそうなんとは無しに呟いた。

 しばらくの沈黙のあとに、エレは語りだした。


「あくまで例え話なんだけど、勇者クビになったって言ったらどう思います?」


「なるほど。クビになったんですね」


「はい。ナンの結果を出さずにずっと仕事サボってるからクビだって」


「……まあ……。うーん。はい……」



「正直、僕は勇者なんてガラじゃないし、窮屈な礼儀作法も王侯氏族にペコペコするのも嫌いだった。だから未練はないんだけどさ、それでもいろいろと魔族側の事情とかも知ると、できれば勇者として何かできることがないかとは考えていたんだ。なのに、次期勇者が決まったから貴様はクビだって一方的に宣告されたんだ」


 

 これはちょっと以外だった。

 エレはエレなりに真剣に考えてはいたのだろう。


 ニュクスと生活をして魔族も人もそう変わらない。

 その事実を知ったからなのだろうが。

 こいつもこいつで一歩ずつ成長しているのだ。



「そんな時に、勇者更迭の魔法文が届いたと」



 国王も勇者が戦乱の火蓋を落とさない事に業を煮やしたのだろう。

 なにしろ現国王は魔族との全面戦争を望んでいる。

 戦争というよりは虐殺を目論んでいるが正しい。


 秘密裏に開発されている飛空艇もそのための戦略兵器だ。

 だが戦争準備が整っているのは魔族側も同じなのだ。

 だからこそ戦力が拮抗し、多くの血が流れることになるのだが。


 まず、俺が何をしたいか整理しよう。

 俺がしたいのはスローライフだ。

 それに遠からず一児の父になる。


 産まれる子、孤児院の子のために平和な世界を残したい。

 戦争なんてのはもっての他だ。

 そのために俺ができることは何だろう。


 メイスで要人の頭を叩……じゃなく、まず話し合いだ。

 文明人だからな。 



「エレ、分かりました。明日、その次期勇者の候補の方とお話をしてきます。まずはどんな方なのか、話し合いをしてみないとですからね」



「アリょっさん、本当に申し訳ない!頼んます!……それと、無理をいってなんなんだけど、僕を孤児院の職員として正式に雇ってくれないか、だめ?」


 答えはイエスだ。

 まあ、エレの気持ちは分からないではない。


 王都では勇者として名と顔が知れ渡ってしまっている。

 さすがに、冒険者としてやり直すのは精神的にキツイだろう。

 それこそどのツラという奴だ。


 それに、もし職員として働いてくれるならそれはそれでありがたい。

 エレはこと武技の講師としては超一流だ。

 マルクやトールの成長に必ずよい影響を与えることだろう。 


 それに精神年齢がガキだからか子どもたちにはやけに好かれている。

 むしろ、職員としては願ったりかなったりだろう。

 

 俺も産まれてくる子供のことでこれからは忙しくなる。

 人手が多いに越したことはない。


「いいですよ。そのかわり、ちゃんと働いて下さいね」


「ありがとう!アリョっさん、あんたは命の恩人だ!」


 そういって俺は思いっきり抱きしめられるのであった。

 そして強く抱きしめられたので頭から血が流れるのであった。

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