第29話「パパになりました」

「それにしても、今日は良いものを見せてもらったな」


 俺はマルクたちのダンジョン攻略を後ろから見守っていた。

 フィールドエネミーの死神?


 メイスで頭はたいたらポックリ死んだ。以上だ。

 なんかその、すまない。

 見た目が怖いだけで脆かった。


 巨大なカマとか光る目とかかっけー!

 そう思ったけど。

 逆に言うとそれ以上語ることがない。


「なんていうか青春だな」


 命がけで宝箱を開ける子たちをみてドキドキした。

 連携して強敵と戦っているのを見て、手に汗にぎった。


 思わず「頑張れ!」って心のなかで応援していた。

 声を出したらバレるので我慢したけど。


 あと、ボス戦だ。

 B級映画の空飛ぶサメみたいやつ倒した後のみんなの表情。

 なんというか一皮むけた、良い顔をしていた。


 大人の階段を一歩登る瞬間を垣間見たような。

 なんというか、そんな子たちを見て俺は嬉しい気持ちになってしまった。

 まるで自分ごとのような、不思議な気持ちだ。


 もちろん、俺は単なる孤児院の院長だ。

 みんなの親代わり、なんて偉そうなことを言えるほどのこともしてない。


 だけどこれからも「何かしてあげたい」そんな風な気持ちになった。

 お節介かもだけど、そう思ってしまったのだから仕方ない。


 夜風にあたりながらそんなことを考えていた。

 そんなことを考えていると棟梁のイヴァンさんに声をかけられた。


「ああ、イヴァンさん、こんばんわ。手応えのある良いダンジョンでした。子どもたちも喜んでました。こんな立派なダンジョンを作ってくれてありがとうございます」



「へっ!あんがとよ。職人冥利につきるってぇもんだ。このダンジョンは、王都の職人たちの汗と血と涙と鼻水と少しの尿が染み込んだ、職人の魂そのものといっても過言じゃない超特別性のダンジョンだ。最初の門をくぐった時にパーティのパラメータを読み取って、丁度いい難易度に調整し、自律的に進化、成長するダンジョン。こんな傑作を作ったらいつお迎えがきても悔いはねぇ。そんな風に胸を張れる逸品だ」



 そう言うとイヴァンさんは去っていった。

 今日も職人仲間たちとどんちゃん騒ぎをしているのだろう。


 思えば、月明かりに照らされた顔がほのかに赤かった気がする。

 いつもよりも饒舌だったのはそのせいか。

 外に出たのも小便をするためというところだろう。


 そう考えると、

 目の前の小川にイヴァンさんの小便が流れてきているような……。

 そんな気になって、少し微妙な心持ちになった。



「そにしても、なるほど。そういう仕掛けだったのか」



 正直、超・初心者ダンジョンってわりに敵けっこー強くね?

 実は、そう思ってはいた。


 パーティーの合計レベルを人数で割るタイプのダンジョンだったのか。

 となると、今後はもう俺が入らない方が良いのだろうな。


 それでも踏破してしまうんだから、あいつら本当に優秀だ。

 なんというか誇らしい気持ちだ。


 俺はなんとはなしに目の前の小川に小石を放る。

 小川に映ったまんまるな月から波紋が広がる。



「アリョーシャ。夜風にあたってると風邪ひきますよ。悩みごとですか?」



 リズだ。


 最近は心の中でもさん付けしないで呼べるようになった。

 隣にいるのが当たり前のような関係。

 もっともそれに甘えてしまってはいけないのだろうが。



「ああ、リズか。ダンジョンを踏破している時の子どもたちを見てて、ちょっと思うことがあってな。なんとなく、夜風にあたりたい。そんな気分になったんだ」


「聞かせてもらっても?」



「大したことじゃないんだ。子供を見守る親ってきっとこんな感じの気持ちなのかな?そんな風に思ったんだ。俺の場合は物心付いたころには親がいなかった。親や家族ってのがどんなものが、どんな物なのかって。そんな俺が親になることができるのかって」



「大丈夫です。なれますよ。だって、アリョーシャさんは……」


 言い切る前に俺の手を優しく包み、リズのおなかの方に持っていく。

 かすかにだが心臓の鼓動のような物を感じた。


「リズ、これは……つまり。ああ……そういうことなのか?」


「はい。あなたと私の子です」


 なんと言えば言いか分からなかった。

 ただ、リズに心に浮かんだ言葉を伝えよう。

 そう思った。


「ありがとう。俺、頑張るから」


 恥ずかしい話だが、俺はあんまり頭はよくない。

 まあ、そんなことは言わなくてもわかると思うが。


 だからうまくは言えないがとにかく頑張ろう、そう思うのであった。

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