第15話「魔王に怒られた」

「ふぅ。今日も良い汗をかいた」


 俺はクワで土を耕していた。

 もちろん魔法を使えばもっと効率的にできる。


 たとえば土魔法で一気に土壌を撹拌かくはんしたり、

 それこそ魔力を注いで植物を一気に成長させることだって。


 だが、それはしない。

 なぜならこれはあくまで趣味だからだ。

 育てる過程が楽しいのだ。


 いまのところは自給自足は考えていない。

 王都は歩いていける距離だし、

 そもそもギルド帰りにリズさんが買物をしてくれる。


「うむ。よい疲れだ。ちょっと腹が減ってきたな」


 孤児院の前に作ったこじんまりした家庭菜園。

 育てているのは今のところはトマト。


 成長がはやく育てるのも楽だ。

 枝に実ったトマトを千切り、かじる。


「うむ。すっぱい」


 ちょっとだけ収穫が早かったようだ。

 もうちょっと熟した方がよさそうだ。


「アリョーシャさーん。お弁当持ってきましたー」


 リズさんだ。


 お弁当かごを持ってパタパタと走ってきている。

 今日は王都の仕事は休みとのこと。


 それにしても俺なんかのために弁当まで作ってくれるとは。

 なんとも奇特な女性だ。


 おれはバスケットの中からサンドウィッチを掴み、

 ガブリとかじる。うん。うまい!!


「おいしいです。いつもありがとうございます」

「おそまつさまです」


 太陽のような笑顔が眩しい。

 ……と、同時にこれが仮初の物であることを思い出し、

 少しだけ寂しい気持ちにもなる。


 リズさんは素敵女性だ。

 俺なんかのために時間を割いてくれているのがその証拠。

 

 以前『恋人ごっこ』の御礼にお給金を支払わせてくれ。

 そんなことを言ったことがあった。

 

 王都で一生働かずにすむくらいの金額を包んだ。

 だが、それは断られた。

 というか、普通に怒られた。

 丸三日口もきいてもらえないほどの怒りようだった。


 そんな時、さりげなくフォローしてくれたのがニュクス。

 魔王ということを忘れるくらいこの孤児院に馴染んでいる。

 こんな会話があった。



    *

 


 『今日は小言です。アリョーシャさんは女心わかってません』

 『そうか?』



 『そーですよ。何があったか知りませんがリズさん泣いてました』

 『えっ、マジ?そういえば三日も口きいてくれないんだよ』



 『三日も……。何があったか知りませんが、まず謝ってください』

 『謝るってもなぁ?理由がわからないから、何を謝ればいいのか』

 『と・に・か・く。謝ってください!ダッシュで!走って!!』



    *



 以上、回想終わりだ。


 ニュクスの言う通り、ひたすら平身低頭で謝った。

 我ながら男らしくもなんともない不格好な謝り方だったと思う。


 そうしたら。

 『仕方のない人ですね。許します』と言ってくれた。

 みっともない話だがちょっとだけ泣きそうになった。


「そんなに大口で食べないでください。ほら、口元にソースが」


 そういってリズさんは俺の口元を拭ってくれた。

 

「ありがとう。俺、幸せです。こんな日がずっと続けばいいなって」

「そうですね」


 リズさんはそれ以上喋らない。

 ただ草むらで隣り合って座っているだけ。


 凪のように穏やかな安心できる時間。

 俺はきっと幸せなんだろう。

 それにしても急に薄暗くなってきたな。


 さっきまでは気持ちいいくらいの天気だったのだけど。

 勇気を出して言わねばと思ってた言葉もあった。

 だけど、この急な曇天。うむむむ。


 そんなことを考えているとルーナが走ってくる。

 最年少の子だ。めちゃくちゃ足が速い。

 韋駄天かな?さすが全基礎パラメータ+10。


「おいたん上!空なのよ!山が!山が空に飛んでるのよー!」


 空を見上げる。

 なるほど、確かに山だ。


 いわく、飛空山。

 いわく、天空城。

 いわく、宝物庫。

 

 その正体は、迷宮ノ竜ダンジョンドラゴン


 この辺境を覆うほどの巨大な竜だ。

 それが、いままさにここに迫らんとしていた。

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