第8話「勇者と魔王と馬小屋と」

「まったく。危ないですよ。何を考えているのですか。勇者、そして魔王。もし当たっていたら、ケガをしていたかもしれないのですよ?」


 俺は怒っていた。


 なぜなら危うく殺されかけたからだ。

 聖剣と魔剣で。


 剣を振るうなら右見て左見て後方確認、

 周りに人が居ないのを確認した後だ。


 勇者と魔王に正座をさせて説教をしている。


「聞いてください。違うんです。全てこいつが悪いんです。人が居ないところで果たし合いをしよう。そういうから信じて来たんです。だって、そうでもなきゃこんな辺鄙な場所に勇者であるこの僕がくるはずないじゃないですか!」


 ふーん。そういうこと言うんだ。

 魔王と呼ばれている少女が続ける。


「まあ確かに、果たし合いの場所を指定したのは私ね。だから、その部分は私も認める。でも、いきなり剣を抜いて斬りかかってきたのは勇者エレバス。アンタよね。私、言ったよね。人の気配がするからちょっと待って、て?」


「そ、そんなの知るか。だまれブス」

「まったく反論になってないんですけど。バカ」


 まるで子供の喧嘩だ。やれやれ。

 うちの孤児院の子たちの方がよほど賢い。

 俺のガキの頃くらいに幼稚だ。


「分かりました。双方言い分があるのでしょう。ですが、ソレはソレ。コレはコレ。私に斬りかかったのは事実です。あやうくケガをするところでした。なので、あなた方が仲直りするまでこの聖剣と魔剣は没収です。わかりましたね?」


「サイテー!物を盗るなんて信じられない!やっぱ人間って野蛮」

「あんまりだ。返して、僕の聖剣、返して。うえええぇえええん」


 サイテーで結構です。

 それと勇者のくせに泣くなよ。

 それにおまえそこそこいい歳だろ……。


「二人でしっかり話し合ってください。仲直りするまで絶対にこの聖剣と魔剣は返しません。いいですね?」


 抗議の声が聞こえたが無視だ。

 俺は二人を馬小屋に閉じ込め、鍵を閉めた。

 物騒な事にならないように身ぐるみははいだ上でだが。


 それに聖剣と魔剣を人(?)質にしている。

 逃げ出すことはないだろう。


 俺はしばらく馬小屋の前で待機することにする。

 なに、1時間くらいしたら開けてやる予定だ。


「それにしても、勇者と魔王か……」


 勇者エレボス、魔王ニュクス。


 俺にとってはよく見知った顔ではある。

 なんせゲームのパッケージになっていた二人だからな。


 パッケージの左側に聖剣を構える勇者、

 右側には魔剣を構えるニュクス。

 二人が剣をつばぜり合う場面が描かれていた。


 もっともこの世界で実際に目にするのは初めてではある。

 というか、意図的にあわないようにしていた。

 なぜならそれが本編開始フラグになっているからだ。


 結論から話そう。


 どちらの陣営に所属してもロクなことにはならない。

 どちらも多少の差はあれビターエンドだ。


 勇者ルートで進めると魔王を倒した勇者は、

 王や民に裏切られギロチンにかけらえる。


 魔王ルートで勇者と戦い満身創痍の魔王は、

 弱ったところを王座を狙っていた腹心に殺される。


 更にこれらはエンディングムービーなので、

 プレイヤーにはどうこうできないのも辛いとこと。


 評論家はドラマチックなシナリオと絶賛していた。

 俺にはいまいちピンとこなかった。

 映画ならともかくゲームではどうなんだと思った。


 それに自由度をうたったオープンワールドゲームなのに、

 どんなにやりこんでも結末は同じというのはどうなんだと。


 だから俺はこの二人とは意図的にあわないようにしていたのだ。

 本編開始フラグには関わらないと。


 そう考えていたがあまかったようだ。

 まさか向こうから文字通りやってくるとは。

 こんな辺鄙な場所に……。


「勝手な押し付けだけどさ、あいつらにゃあんな酷い目にあって欲しくねーんだよな。だってさ、これは誰かのために見せるドラマでもなくただ単に人生なんだから」


 俺は神官ぽくない言葉遣いで呟くのであった。


 * * *


【SIDE:勇者エレバス(思春期)】


「神官って本当サイテー」

「だよな。信じられないよ。横暴だ」


 僕は馬小屋に閉じ込められていた。

 人族の希望の象徴であるはずのこの僕をこんな馬小屋に!


 なんだろうか、甘いいい匂いがする。香水?

 とにかく良い香りのする方に目を向ける。

 そこに居たのは。魔王。魔王ニュクスだ。


「なによ。ジロジロ見て」


 目と目があった。

 なんかちょっとドキドキ……。

 間違った。

 ムカムカしてきた。


「だいたい指示が抽象的で雑よね。仲直って何よ?」

「そうだよな。もっと具体的に話してくれないとさ」


 よく見たらかわいかった。

 いやいや違う。断じてかわいくない。

 ……いや、ちょっとかわいい。

 うーん。まてまてまて。

 違う。違う。魔王がかわいいはずあるか!バカ。


「勇者さ、アンタは何したら仲直りだと思う?」


 うーん。おっぱい。

 胸に自然と目が釘付けになっていた。

 そのせいで一瞬変な間ができてしまった。


 いやいやいや。

 何を考えてるんだ、僕は。

 落ち着け。

 そうだ、出る方法を考えなくちゃ。


「たとえばぁ……。キスとか?」

「えっ……キス」

「ウソウソ。あの神官ならそう考えるんじゃないかなって!」


 ニュクスちゃん。

 じゃない、魔王が頬を赤らめたので慌てて撤回する。

 くそー。ゆるさない。ゆるさないぞアリョーシャ。


「でも、一理あるの。……かしら?」

「だ、だよね!だって僕たち一刻も早くでなきゃいけないもんね!」


 僕は若干食い気味に肯定した。

 一応言っておくが、僕は勇者だ。


 私利私欲のために動くことはない。

 1ミリも卑しい気持ちはない。

 人類の守り手であり、仕方がなくするのだ。


「キスするぞ」

「……うん」


 唇と唇をそっと重ねる。

 とても柔らかかった。

 まだ部屋が開く気配はない。


「やった!」

「えっ?」


 思わず心の声が漏れ出てしまった。


「ちくしょう!」


 もう一度唇を重ねる。

 あくまで、この馬小屋から出るためだ。


 そしたらあろうことか魔王が舌をねじ込んできた。

 脳がとろけそうになった。


 いや、ここで負けるわけにはいかない!

 俺は渾身の力を込め舌を押し返す。


「エッチ。硬いの太ももに当たってる」

「ちっ違う!誤解だ!これは、石!そうポッケの石だ!」

「本当にぃ?証拠は?」


 証拠を見せろと言われたら。

 ……仕方ない。

 身の潔白を証明するしかない。


 やましい気持ちは一つもない。

 私利私欲のたぐいは捨てた。

 僕は民に仕える勇者だ。


 ぼくはズボンを下げる。

 あくまで僕の潔白を証明するためだけに。


「ふわぁ。……これが、勇者の……真の聖剣なのね////」

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