第6話「孤児院に帰ってきた」
「わー!アリョーシャおいたんが帰ってきた!」
「アリョーシャさんおかえりなさい!」
「本当だ!あたいのパパが帰ってきた」
「ああ、美しい。偉大なるアリョーシャ様……万歳!」
孤児院の権利を譲ってもらった。
そう報告に戻ってきただけなのだが。
とんでもない歓迎ぶりだ。
「さびしかったよぅ。おいたんどこいってたの?」
そう質問したのはこの孤児院で一番幼い女児だ。
年はおそらく10歳前後か?
素直ないい子だ。
俺はよしよしと頭を撫でた。
「心配をかけてごめんね。お仕事の都合でちょっと王都の方に用事があって行ってきたんだ。それよりお土産買ってきたよ。街の出店で美味しそうなお菓子が売ってたから買ってきたんだけど、もしよければみんなで食べない?」
マリトッツォ。カヌレ。タピオカミルクティ。
まさに異世界のお菓子。
聞いたこともない珍妙な名称の菓子の数々。
名称からしてかなり風変わりなのだが、
見た目もかなりインパクトがある。
特に、タピオカミルクティ。
これはちょっとグロい。
泥水のように濁った液にカエルの卵みたいなのが沈んでる。
恐ろしくて口にしてないがどうやら随分と流行っているらしい。
もちろん前提として異界の食文化は尊ぶべきだ。
ケチをつけるのは傲慢だし、上から目線で失礼だ。
まるで昔の海外の国を馬鹿にするテレビ番組のように品がない。
だから、馬鹿にするつもりはない。好みの問題だ。
でも……これはさすがに無理だ。飲めない。
異界の食文化を体験せずに評価するのはもったいない。
俺は思い切ってマリトッツォなる菓子を食した。
このお菓子は……。
語彙の少ない俺には表現が難しいのだが、
あえて例えるなら、
パンに生クリームを挟んだような……。
そんな菓子だった。
普通にうまい。そう思った。
「アリョーシャさん、こんな美味しい物を食べたのはうまれて初めてです。ここまでしていただいて、」
ズゾゾゾとカエルの卵のような物を飲みながら少年が語る。
この孤児院の年長者でリーダー的な子だ。
眉が凜としてなかなか端正な顔をしている。
「俺も喜んでもらえて嬉しいよ。あ、濁ってるのは無理して飲まないで良いからね」
これだけ喜んでもらえれば列に並んだかいがあるという物だ。
並んだ時間はゴミをはたいた時間より長かったからね。
どうやらお菓子を食べながら俺が王都で何をしていたのか。
その話題で持ちきりのようだ。
やれ、玉座を奪い王になっただの、
神を倒し神になっただの、
この世全ての悪を根絶しただの……。
いやいや、さすがにハードル上げすぎだろ。
俺はどれだけこの子達に期待されているのだろうか?
過大評価が過ぎるぞまったく。
俺はただ大商人ゴミトリーを滅ぼしただけ。
そして孤児院の権利と全財産を譲ってもらっただけだ。
特別なことは一つもない。
「こほん」
話のスケールが無限大に大きくなっていくので、
軽く咳払いをして誤魔化した。
俺がしなければいけないのは王都での一件だ。
そのために戻ってきたのだから。
頭ではそれを理解しているのだが、
ゴミ野郎のことなんて聞きたくもないだろう。
思い出したくもないトラウマだろう。
そう考えるとなかなか話を切り出せない。
そんな俺の悩まし気な表情を見て何か察したのか、
年長者の少年が口を開く。
「あっ……実は僕、アリョーシャさんが無事に帰ってこれるか心配していたんですよ。ほら、出かける前にこの孤児院の権利者、大商人ゴミトリーに会いに行く。そう仰ってましたので。でも、こうやってアリョーシャさんはケガもなく無事に帰ってきてくれた。僕はそれが本当に嬉しいです」
少年は目頭を熱くしてそう語った。
俺もうっかりもらい泣きしそうになった。
「安心して。確かにゴミカス野郎にはお会いしましたが、神の教えを説いたらたちどころにゴミクズカスは改心しました。それだけではありません。誠意を示すためにと、孤児院の権利と全ての財産を私に譲って……いや、喜捨。寄進していただきました。これが、その証拠です」
俺はゴミトリーの血で書かれた契約書を掲げる。
ゴミトリーの血で書かれた契約書は今もなお赤黒い瘴気を放ち続けてる。
怨嗟の声が聞こえるような気がするがまあ、多分大丈夫。
紙から声がしたとてさしたる問題ではない。
気にする価値すらない些末なことだ。誤差の範囲だ。
「あの、これは……孤児院の権利書。極悪人ゴミトリー……。数千……数万を超える人間の人生を破滅させ、死に追いやった。屍の山に座す悪の王。絶対に悔い改めることのない、太罪人を改心させたのですか!?」
少年は数秒間沈黙のあとにさらに言葉を続けた。
「……いえ、僕は間違っていました。あのようなゴミクズとアリョーシャさんとでは、人としての格が天と地ほどの差があります。蛆虫と神を比べるような物です。アリョーシャさんのような清廉潔白で清らかな心を持つ方の説法を聞けば、どのような穢らわしい虫、極悪非道な大罪人も立ちどころに悔い改めるのは当然のことでしたね。少しでもアリョーシャさんの言葉に疑問を抱いたことは恥ずべきことです。偉大なるアリョーシャさま万歳!アリョーシャ様万歳!」
俺は曖昧に微笑んだ。
少々過大評価かなとは思ったが、
まあなに、子供の言うことだ。
せっかくの好意を無下にする必要もないだろう。
ただ感謝の言葉を伝えただけなのだ。
ありがたく受け取ろう。
「万歳!」だけはやめてもらおう。
なんかちょっとアレな感じがして怖いし。
そういう些事はゆくゆく考えればいいことだ。
俺はそう考え直した。
そんなことよりもっと楽しい話をしたい。
用意していたもう一つのサプライズを早く出したい。
「ふっふっふ。驚くなかれ、ですよ。俺が王都で買ってきたのはお菓子だけではありませんよ。お土産にお肉料理もたーくさん買ってきました。今日はみんなでパーティをしましょう!」
俺はマジックバッグから数々の肉料理を取り出し、
テーブルにドンドンドンと並べるのであった。
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