第3話『孤児を救った』
「ここが、あたちのおうち。そいでねあのちとがね、おにーちゃん」
「えっと、君とお兄さんの名前は?」
「名前っ? なにそれ? あたち、わかんない」
名前が分からない?
この女の子が幼いにしても、そんなことがあるのだろうか。
「ぼくたち孤児院はみな捨て子で名がないのです。なので、おにーちゃんとか、妹とか。そんな感じで呼び合っているんですよ」
そんな声とともに部屋の暗がりから松葉杖をついた少年が現れた。
「けほんけほん。……すみません……咳が止まらなくて。せっかく旅の神官さまに助けていただいたのに、おもてなしすら出来ず、本当に……すみません」
少年は俺に向かって深々と頭を下げる。
おそらくはこの孤児院の一番の年長なのだろう。
右足が欠損しており、顔半分は包帯に覆われている。
包帯もよく見ると目の部分が窪んでおり片目がないようだ。
部屋……。
と言っていいのだろうか、床の上には何人もの子どもたちが
横たわり一見すると死体置き場と見間違えるほどの惨状だ
「ぼくは男だからまだマシな方ですよ。だって、こうやって『声をだすことが許されているのですから』。この孤児院の女の子たちは、もっと悲惨です。逃げられないよう足の腱と、声帯が切りとられていますから……」
孤児院の中は空咳の音がするばかりでやけに静かだな。そう思ってはいた。
最初は大人がきたから怖がっているのかな、そんなノンキなことを考えていた。
だけどその理由がこんな酷いものだとはさすがに予想はしていなかった。
あまりにもキレ過ぎて、脳の血管がブチ切れそうで……。
一周回って心は氷のように冷ややかになっていた。
そんなことをしたゴミを殺すのは当然として、
いま俺が考えているのは『どうやって報いを受けさせるか』だ。
「神官さま? あの……。大丈夫ですか? 顔色がよくないようですが……」
「大丈夫ですよ。心配をおかけしてすみません。ちょっと寝不足だったので疲れがでたのかもしれませんね。俺にできることは、そう多くはないですができる限りのことはさせてください。神につかえる者として」
俺ができることなどはそう多くはない。
だが、できる範囲でこの子達をすくいたい。俺はそう思った。
ちっぽけな俺ができる最大限の力を使いたい。
その程度でこの子達が真の意味で癒やされるとは思わない。
でもせめて俺のような塵芥ができることくらいはしよう。
そう思いながら、俺はメイスを天に掲げ叫ぶ。
「エクスパンドマジック・スーパー」
魔法の効果範囲を10倍にする魔法。
その効果がおよぶ範囲は半径30メートル。
孤児院とその一帯を覆い尽くす程度のささやかな魔法だ。
「オメガ・リカバリー」
不治の病、致死毒、麻痺、石化、幻惑。
ありとあらゆる状態異常を取り除く魔法だ。
少しでも症状が改善して欲しい。そう願いながら魔法を放つ。
「ギガ・ヒール」
欠損した四肢さえ完全に復元する究極の治癒魔法。
俺はこの治癒魔法に何度救われたか数えきれないほどだ。
「パーフェクト・コンディション」
状態異常に含まれない古傷や肌荒れアカギレやニキビ……。
ありとあらゆる肉体に生じた不具合を完全に治癒し、
完全なる状態にする魔法。使用後はほのかにミントの香りがする。
「……神よ。かの者たちをすくいたまえ!」
緑、黄、白、青、様々な色の光が部屋を包みこむ。
治癒の魔力が嵐のように吹き荒ぶ。
「うそ……!!私、声が……。なんで……どうして。二度と喋れないと思ってたのに。うええええん。神様ありがとうございますうううう!!」
「う、嘘だ。足が……。足が、生えたっ!! それどころか、目も!いやいや、ありえない。ありえないでしょ!!そんな治癒魔法聞いたことない!!」
「耳がきこえる……! 腱を切られた手が動く……神の奇跡だ!!」
「嘘でしょ!? 鞭で裂かれたからだじゅうの傷が、完全に消えてる……身体も軽い!!それどころか、髪までこんな艷やかに……これが、これこそ神の奇跡……」
正直、松葉杖の少年に目や足が生えてる時はちょっとホラーだった。
一瞬「ひえっ」となってしまったのは許して欲しい。
自分の手足が千切れたり生えたりするのは見飽きているが、
いざ、他人の手足が生えてくるのを見ると結構びっくりするものだ。
でもまあ喜んでくれたようで何よりだ。
俺は誠心誠意の気持ちで頭を深々と下げる。
「俺ができるのはここまでだ。君たちの傷を真の意味で癒やしてやることはできない。無力な俺を許してくれ」
元松葉杖の少年が笑顔で言った。
「あなたは神です。いえ、ぼくたちにとっては神様よりも凄い何かです。一生かかっても返しきれない恩をいただきました。……ですが、金銭ではお返しすることはできません。……だから、ぼくを奴隷として売ってください!」
「え、なんて?」
まったく言っている意味が分からなかった。
いや、意味は分かった。
頭の悪い俺でも分かった。
でも、分かりたくはなかった。
「ぼく程度売った程度では二束三文にはならないと思います。とてもこの奇跡につりあうだけの価値はないでしょう。ですが、いまの健康で五体満足なぼくなら。奴隷として少しはマシな値がつくはずです。どうか、売ってください」
心のなかで沸々と怒りが湧いた。それはこの少年に対してではない。
このような言葉を当然のように吐かせることを当然のように教育したカスにだ。
だが、そのような怒りを感情が表に出たら心配をかけてしまう。
それは俺の意図するところではない。
俺は、ニコリと微笑みながら男の子に声をかけた。
……無理に笑顔を作ったせいで口が半月状になってしまった。
口裂け女、といった方がわかりやすいだろうか。
心なしか少年が俺の微笑みに戦慄しているように感じたが、
きっと目の錯覚だろう。
「ところで孤児院の院長さんはいまどこにいるのでしょう?」
「えっと……。王都ミナゴの方に……って、神官さま、まさか!?」
「大丈夫ですよ。ただ、挨拶に行ってくるだけですから」
微笑みを浮かべメイスを万力のように握りしめ王都へと足を運んだ。
ついでと言ってはなんだが道すがらそこらに転がってる『樽』も中身ごと叩き潰すのであった。
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