ITの現場で本当にあった「追放ざまぁ」の「ざまぁ」される側の苦労話
下城米雪
本編
システム開発。
最近、よく耳にする単語である。
とりわけエッセイの世界では、システム開発を一手に担っていたAさんを解雇してしまったせいで会社がてんやわんや、なんて話がよくある。
さてさて。
現実では、どうなのだろうか?
実在するか否か分からない謎の中小企業の話ではない。
昭和の世界に存在するようなITおんちな経営者の失敗談でもない。
ここでは、しっかりと組織化された令和の上場企業について語ろう。
私は、とある会社の話を耳にした。
それは誰もが名前を知っているような大企業である。
大きな会社の場合、自社でシステムを開発することは少ない。
単純に、外部に発注した方が安く済むと考えられているからだ。
エンジニアの月単価は百万円前後。
一年間で計算すると一千二百万円となる。
社員の年俸は八百万円前後。
一見すると、無駄なお金を使っているように思える。
しかし実情は異なる。
大きな企業の場合、正社員を雇うには、給料の三倍程度のコストが必要となる。仮に年収が八百万円ならコストは二千万円を超えるのだ。
システムは将来的に必ず縮小する。
多くの「切れない」正社員を雇うよりも、いつでも「切れる」外部に発注した方が安上がりに見える、というわけだ。
ひとつの組織が使える予算は決まっている。
会社の経営が打撃を受ければ予算は減り、どこかに皺寄せが来る。
とりわけ標的とされるのは、意外にも、予算が小さいシステムだ。
会社からすれば「このシステム、いらないんじゃない?」となるのである。
無理矢理に例を出すならば、お昼休みにいつもジュースを買っている人が、節約するためにジュースの購入をやめて、水筒を持参するみたいな感覚だ。ただし、この場合の水筒には「ざんぎょう」というフリガナが適切であろう。
もちろん本当に不要な場合もある。
でもそうじゃない場合もある。そんな時、現場の社員達は全力で抵抗する。
「いやぁ、ここ削るのはヤバいっすよ」
これは、とある平社員と課長の会話。
「じゃあ、削るとヤバい理由を説明して。具体的に、いくらの被害が出るの?」
課長はロジカルに質問する。
平社員は「お前マジ頭おかしいんじゃねぇの?」という本音を胸に、返事をする。
「被害というか、そもそも、なんか問題が起きたら一発でアウトっすよ。後から予算を付け直しても、一度切ったベンダーさんなんて帰ってきてくれないっすよ」
「その問題は、どれくらいの頻度で起きるの? リスクとコストを資料にまとめて」
こんな具合に、会社はとにかく数字を追求する。
その結果、現場の平社員は頭を抱えながら資料を作るのだが──
「上位層会議の結果、この予算は棄却となりました」
時と場合によっては、「え、社内システムの保守ノウハウ全て保有しているベンダーとの契約を打ち切りですか?」ということが実際に起こる。あの有名企業でも。
外部からは「エンジニア軽視!」という風に見えるだろう。
しかしこれは「軽視」とかそういう話ではなくて、そもそも金が無いという切実な話なのである。
ここで問題。
貴重な人材を失った現場はどうなるだろうか。
答え。
意外となんとかなる。
予算を削られた部署に所属する社員達が必死に頭を働かせ、実際に業務を行う方々と交渉し、頭を下げ、どうにか「ちょっぴり効率が落ちたけど残業すれば大丈夫」くらいに被害を抑えるのだ。
すると、
「この予算でも大丈夫じゃん。もっと削ろうか」
という地獄のチキンレースが始まる。
しかし重大なインシデントが発生することは滅多に無い。
現場の人達が必死にがんばっているからである。
現場の、人達が、必至にがんばっているからである!
おっと現場のAさんが力尽きた!
すると、どうなる? ──数億円の開発プロジェクトが始まる。
そのプロジェクトには立派なマネージャーが付けられ、何度も「延期」が繰り返された後、どうにかこうにか完成する。その際、プロジェクトを指揮したマネージャーは大きく評価され、出世する。
実におかしな話だ。
月々200万円程度のコストをケチった結果、数億円の開発が始まり、それまで現場を支えていたAさんではなく、よく分からない人物が評価されるのだから。
もちろん、このシステムの完成後にも保守費用が発生する。
それは徐々に縮小され、いずれ数万円程度の規模になるだろう。
すると、
「このシステム、いらないんじゃない?」
という具合に、歴史が繰り返されるのだ。
しかし、会社の経営が致命的に傾き「ざまぁ!」となることは決してない。某銀行のようにATMが何度も停止するような事態に陥っても、喉元過ぎればなんとやら。ちょっと時間が経てば元通りだ。
しかし、自動的に元通りになっているわけではない。その裏側では、一般の方々がイメージする「エンジニア」とは違う「現場のAさん」が奔走している。
このAさん、職業は何と呼ぶべきだろうか。
一般的にSEと呼ぶことが多い。だがプログラミングをしているわけではない。
ああ、そうだ、ピッタリな名前があった。
火消しエンジニア。
今日もどこかで奔走している火消しエンジニアに敬意を示し、このエッセイを締めたいと思う。
ITの現場で本当にあった「追放ざまぁ」の「ざまぁ」される側の苦労話 下城米雪 @MuraGaro
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