第7話 予言

 今回のパンデミックの中で見つかった病気というのは、実は今になって出てきたものではない。普通によくある病気なのだが、それがなぜ今問題なのかというと、

「この病気は、老人になるほどかかりやすく、若年者というのは、稀にしかいない」

 と言われるものであった。

 しかも、その病気は、目の病気であった。だから、

「このウイルスを発見したのが、鹿児島博士」

 というのも、納得がいくというものだ。

 しかし、

「なぜ、このウイルスが発見されなかったか?」

 というと、一つには、

「まさか、子供にこの病気が関係してくるなどということを、思いもしなかったから」

 ということである。

 これが、前述の、

「オオカミ少年の逸話」

 と似ているもので、

「人間というものは、思い込みというものがあると、その考えで凝り固まってしまうので、見えるものも見えてこない」

 ということである。

 また、このウイルスは、眼下では見つけることは難しかった。

 老人相手の病院で、その老人が、

「少し目がおかしいんだけど」

 といって、違和感を自己申告してこない限り、わかるものではなかったのだ。

 子供は、自己申告をしてくるといっても、いつも、結膜炎のようなものであったり、一般的に、

「子供が罹る病気」

 の裏に隠れているので、その症状を把握することができないのだった。

 この病気自体だけでは、大げさなことになることはない。しかし、他の病気と併発すると、なかなか厄介だ。

 それも、目の他の病気である。老人であれば、発見も困難なことではないが、子供の場合は、元々の病気というものの印象が深いので、このウイルスが関わってきても、その存在すら分かるのは困難だったのだ。

 しかも、今の時期は、

「世界的なパンデミック」

 の真っ最中である。

 まだ、そこまで患者が急激に増えておらず、医療崩壊というのも見えてきていない時期だったので、それほど、大きな問題ということではなかった。

 しかし、そのうちに患者が多くなり、その分、死亡者も増えてくる。最初の頃は、患者が判明すれば、約2週間は、医療施設で監禁状態であった。

 軽症者の場合は、

「自治体が認めた、宿泊施設で、同じように隔離」

 であった。

 隔離の際には、24時間、医者と看護婦が常駐しているということで、これも、患者が少ない時はまだよかったのだ。

 とは言っても、医療従事者の苦労はかなりのもので、辞めていく人もいたことだろう。

 何と言ってもひどかったのが、

「誹謗中傷」

 であった。

 医療従事者の家族が、会社や学校でハブられることになる。

 会社にいけば、家族に伝染病患者が出たわけではないのに、

「お前のところ、奥さんが医療従事者だな?」

 と言われ、

「はい、そうですが」

 といってしまうと、

「お前、会社にしばらく来なくてもいい」

 などという仕打ちを受けることになる。

 要するに、患者と四六時中接している家族がいるということになると、そのウイルスが伝染し、

「本人も、伝染病患者ではないか?」

 と言われ、

「出社を断る」

 ということになりかねない。

 子供にしても、そうだ、

 学校に行って、先生から、

「しばらく学校に来なくてもいい」

 などと言われることが多いということだ。

 確かに、会社や学校の立場とすれば、微妙なところであろうが、少なくとも医療従事者として、患者を診てくれている人の家族を、まるで、バイキンでも見るかのような態度を取るというのは、偏見であり、それ以外の何者でもない。

 今のように、ハラスメントや、コンプライアンスにうるさい世の中であるくせに、こんな仕打ちがまかり通っているということになると、いつも言っている、

「コンプライアンスを守らなければいけない」

 という言葉が、まったく薄っぺらいものになるのではないだろうか?

 そんなことを考えると、

「今の世の中、この伝染病だけで、社会がパニックになっている」

 といえるだろう。

 パニックになってしまったことで、子供はトラウマになってしまい、不登校になったり、するのではないだろうか?

「子供を守るはずの学校が、いわれのない誹謗中傷を子供に与えるというのは、一体どういうことなのだろう」

 というものだ。

「お前はバイキンだ」

 といっているようなものではないか。

 会社だってそうだ。

 会社で上司が、

「明日から、しばらく休暇を取りなさい」

 といって、強引に休暇を取らされる。

「嫌です」

 とは言えない。

 理由を聞くと、さすがに先生よりも遠慮深い。学校の先生は、普段から生徒のことを、

悪い意味で、

「教え子」

 とでも思っているのか、社会人の上司と部下の関係というよりも、もっと厳格なもので、ほとんど、先生の命令に近いものだった。

 しかし、会社では、上司が部下を説得するには、それなりのコンプライアンスをしっかりと守る必要がある。

 いくら、伝染病の問題とはいえ、簡単に、

「君は会社に来なくていい」

 とは言えないだろう。

 それを言うには、それなりの確固たる理由が必要だが、ハッキリと言葉にするのも難しく、

「ほら、このご時世なんだから……、察してくれよ」

 と完全に、言葉を濁しているのだった。

 それを思うと、

「会社というものは、こんなにもむごいものだったのか?」

 ということを思い知った。

 確かに、早期退社などのリストラを言い渡された時などは、覚悟があっても、かなりつらいものだ。

 しかし、この場合のような理不尽さがあるわけではない。

「リストラに遭うということは、それなりに、理由があるからだ」

 と思えなくもないので、ある意味、諦めがつく。

 しかし、伝染病の場合は、まったく自分に落ち度はない。それどころか奥さんは人命救助の立場ではないか。

「あんたが、病気に罹った時、こいつだけは、診なくていいと、言っといてやるよ」

 というくらいの皮肉を含めた言葉を吐き捨てたいという気持ちが漲ってくるのだった。

 家に帰ると、奥さんはくたくたで、

「一歩も動けない」

 という感じであろう。

 しかし、そこにいるのは、トラウマとストレスで精神的にボロボロになっている家族である。皆お互いの事情を分かってはいるはずだが、自分のことで精いっぱいということになる。

 そうなると、後は悪い方にしか進むことはなく、

「どうしていいのか分からない」

 ということになるであろう。

 そんな時代だったので、医療関係は、この伝染病に罹り切りで、

「まずは、こっちを何とかしないと、大変なことになる」

 ということであった。

 幸いにも、第一波と呼ばれるものは、緊急事態宣言発令のおかげで、6月くらいまでで終息することができた。

 しかし、それはあくまでも、

「人流の抑制の効果」

 ということと、

「ウイルスが増殖する季節ではない夏になってきた」

 ということ、さらには、

「暖かくなり、換気をするようになった」

 ということなどの要因がいい方に重なり、第一波が終息したのだった。

「第二波は、寒くなる頃に来るだろうから、それまでに、少しでも対策を考えなければいけないんだろうな」

 と、考えていたが、思ったよりも第二波というのは、早くやってきた。

 時期的には、7月中旬くらいからだったので、

「下手をすれば、第一波が就職しきれていなかったのではないか?」

 ということもあり、

「緊急事態宣言が解除された時、それまでの抑制から放たれた一部人たちが、これまでのように、いや、それ以上に開放感から、バカ騒ぎのようなことをした」

 というのも原因の一つだっただろう。

 ただ、一つ言えるのは、

「まったく正体も分からない。当然、ワクチンなどがあるわけではない」

 というものに対して、ほとんど丸腰なのだから、用心に用心を重ねるほかはないのであった。

 そんな状態で、

「開放感などありえない」

 と、有識者団体は、バカ者たちに、苦言を呈していた。

 第二波は、それでも、盆明けくらいには、なぜか自然終結した。まるで、ウイルスの自然消滅のようにである。

 もちろん、理由も分かっていない。その時は、人流抑制や、政府の宣言もなかったからだった。

 ちょうどその時、ソーリが変わり、というよりも、

「病院に逃げ込んだ」

 ことで、新たなソーリになったのだが、この男もさらにひどい男で、何と、第二波が終息した時点で、

「経済を回さないと」

 という理由で、全国に、旅行などのキャンペーンの促進ということで、大々的に、割引できるようにと、金をバラまき始めた。

 国民の税金をである。

 さらに、これから冬に向かうというのに、水際対策も、ザルのままであった。そんなことをしていると、案の定、クリスマス前後で、患者が急に増え始めた。ビックリした政府は、年明けの1月中旬に、またしても、

「緊急事態宣言」

 を発令。

 しかし、第一波の時のような、都心部がゴーストタウンになるようなひどいことはなかった。

 せめて、

「時短営業」

 ということであったが、ただ、飲み屋などは、営業ができない時間であり、さらに、アルコールの提供に制限を与えたのだ。

 要するに、

「アルコール提供は禁止」

 ということを、飲食店に要請したのだ。

 ここでいう要請というのは、緊急事態宣言というのが、

「強制をすることができない」

 ということであった。

 日本国憲法には、

「基本的人権の尊重」

 というものがあるため、個人の人権を制限することは、違憲になってしまうのだ。

 だkら、大日本帝国時代に存在した、

「戒厳令」

 というものがないのだ。

 つまり、

「日本には、有事は存在しない」

 という、平和憲法の考え方も影響しているということであろう。

 それを考えると、要請しかできず、罰則などを出すことはできなかったのだ。ただ、政府もこのままではいけないということで、緊急事態宣言の一つ手前となる、

「蔓延防止措置法」

 なるものを作ってはみたが、

「正直、効果のほどは、信憑性がない」

 と国民も思っただろうが、まさにそうだった。

「全国一律を、自治体任せにしただけだ」

 ということであった。

 もちろん、それぞれ感染の事情が違う状況で、国がすべての自治体の状況を把握できるわけもなく、それぞれの都道府県に任せるということにする法律だったのだ。

 正直な話として、

「それくらいのことは最低限のことなのに、そもそも最初の緊急事態宣言を作った時、政治家に平和ボケの精神があったからなのか、全国一律ということが無茶だったのだ」

 ということである。

 それだけ、甘く見ていたのか、それとも、その時は困っていなかったので、小手先で、ちょちょっと作って、体裁だけ整え、

「対策だけは打った」

 というような、

「やりました」

 という姿勢だけを見せるというだけのことだったのだろう。

 そんな状態で、国民の命が守れるわけもなく、慌てて第三波の時は、緊急事態宣言を出すには出したが、最初の時ほどの厳しさはなかったのだ。

 ただ、問題は、その夏の第四波であった。

 その時は、ウイルスも変異していて、最強と言われるウイルスになっていて、感染力もそれなりにあったが、それ以上に、死傷者の割合が爆発的に増えた。

 この時はさすがに医療ひっ迫を起こし、医療崩壊につながったのだ。

「救急車を呼んでもなかなか来てくれない」

 あるいは、

「救急車を呼んで、来てくれても、受け入れ病院が見つからない。そのため、救急車の中で亡くなる」

 ということを繰り返していた。

「そんな状態を、医療崩壊というのだろうが、政府は医療ひっ迫としか言わなかったのだ」

 という状態が続いた。

 ただ、その頃にはワクチンができて、順次国民に接種されていったが、政府の混乱からか、輸入が一時滞ったり、さらには、副反応の問題もあり、

「摂取するのが怖い」

 という人もいたりした。

 それでも、政府は、

「何とか接種率をあげよう」

 とばかりに、

「何かあった時は、国が保証します」

 という甘い言葉を発令し、摂取を急がせた。

 全国民が摂取するのだから、中には稀に、摂取で亡くなる人もいただろう。明らかに、

「摂取したことで、亡くなった」

 ということが分かっていて、元々は政府が、

「保証する」

 とまで言っていたくせに、

「摂取で亡くなった」

 という人に対して、

「因果関係が認められない」

 などという言い訳をして、なかなか保証に応じようとしない。

 そんな詐欺まがいのことを政府がするのだから、

「摂取反対運動」

 を起こしている人以外でも、接種をためらう人が増えてきたのは、当たり前のことであった。

 そもそも、接種率を上げたいという理由から、言葉巧みに誘導しておいて、

「保証する」

 とまで言っておいて、実際に亡くなった人を、

「死人に唾を吐く」

 というような態度で、

「因果関係がどうのこうの」

 という言い訳をするのだから、救いようがないとは、このことだろう。

 さらに、本来なら、前年に開かれるはずだったオリンピックが一年延期になり、

「さすがに、この状態でオリンピックはありえない」

 と国民のほとんどが思っていたのに、このバカソーリは、何と、強行したのだった。

「安心安全」

 という、何ら根拠のないことをいうだけで実施されたオリンピック。

 伝染病以外にもお粗末な問題が絶えず発生していて、

「汚名だけを残したオリンピックになってしまった」

 といえるだろうが、人材派遣の会社がかなりの、

「中抜き」

 で、ぼろもうけをしたというようなことに代表される、

「一部の人間の懐が潤っただけ」

 というものであった。

 そもそも、ワクチン問題で、

「因果関係が……」

 などと言っている政府が、

「安心安全」

 などとほざいて、誰が信用するかということであったのだ。

 そんな状態において、それでも、自然と終息していったことで事なきを得たのだが、考えてみれば、

「ウイルスに打ち勝ったわけではなく、ウイルスの特性として、自然に収束していっただけのことを、政府は、まるで自分たちの政策がよかったかのように思っているとすれば、大間違いだ」

 その証拠として、政府は、解析をしようとはしない。

「よかった。よかった」

 ということで終わらせようとして、経済問題に寄りかかろうとする。

 もちろん、経済復興も大切なことであるが、次の波が目の前に来ているのに、それを見て見ぬふりなどできるはずもなかろうに、実際に見て見ぬふりをするのが、政府というところなのだろう。

 結局、今のところ、強烈な波はそれ以降はないので、完全に経済に政府は移行した。

 その間に、衆議院が任期満了を迎えたことで、ソーリが変わった。最初は、期待したソーリだったが、実際には、

「長い者には巻かれる」

 という、腰抜けソーリだったのだ。

 しかも、国民を守るという意識が、これっぽっちも感じられない。

「マスクの装着も、表ではしなくてもいい」

 などという信じられないことを言い出したのだ。

 国民の一部はそんなバカソーリの口車に乗ってマスクを外しているが、バカソーリが言っていることは、

「政府は、国民がどうなろうが知らないので、あとは自己責任でやってくれ」

 といっているようなものだ。

「死にたい奴は、死ねばいいんだ」

 といっているようにしか聞こえないということであった。

 そんな状態で、またやってくる冬を超えられると思っているのか?

 本当に、ハッキリと言えることは、

「政府やソーリを信用してはいけない」

 ということだったのだ。

 実際に今では、この問題だけではなく、むしろ他のことで、ソーリの支持率は、どんどん下がっている。そのうちに自滅をするのだろうが、そんな伝染病を抱えての、このロクでもない、

「ソーリ三兄弟」

 とでもいえばいいのか、政府にばかり文句を言っているが、実際には、

「自己防衛のできない平和ボケの連中と、自分たちの記事が売れればいいだけだと思い、必要以上に国民を煽るマスゴミ連中が一番の元凶だ」

 ということである。

 だからと言って、大多数の国民はしっかり感染対策をして、人込みに出かけないようにしているのだから、やはり煽られていることを考えれば、マスゴミの責任は、かなりのものだろう。

 しかし、その表に出てきていること以外で、鹿児島博士が発見したことが、マスゴミに漏れなかったのは、よかっただろう。

 もし、これが漏れていれば、かなりのパニックになっていただろうし、伝染病二つを相手にするには、抑えきれない混乱だったに違いない。

 もちろん、あの政府は、どうせ右往左往するだけで、トンチンカンな政策しか打ち出さず、

「すべてが手おくれ」

 という状態になっていたことだろう。

 想像するだけで、恐ろしいものである。

 そんな状態において、鹿児島博士は、極秘裏に、自分が発見したウイルスの研究を続けていた。

 しかし、なかなか発見はできたが、有効な対策を打つことができない。

 とりあえず、研究所にある資料を片っ端から目を通し、できるだけの研究をしようと考えていた。

 でなければ、闇雲に突っ走るだけでは、何といっても、一人での研究ということは、相当な苦労がいることであった。

 かといって、今の段階では他の研究員を巻き込むわけにはいかない。

 有識者委員会から、今回のパンデミックの研究を要請されているからだった。

 鹿児島博士は、幸いにも、小児科と眼科が担当ということで、パンデミックに関しては、ある程度、

「蚊帳の外」

 だったのだ。

 だから、政府からの要請もなく、独自の研究を続けることができた。きっと、他の研究員からは、不満もあったことだろう。しかし、

「いずれ、この研究は白日の下にさらされると、一躍有名になれるかも知れないな」

 というほどの功績となることだろう。

 鹿児島博士は、そんな功績をまわりに認めてもらうということはあまり考えていなかった。むしろ、功績などいらないと思っていた。

「なまじ、そんなものを求めていると、ロクなことはない」

 と思っていた。

 昔、皆で研究をしている時、結果、誰か一人の手柄として出し抜かれてしまったことがあって、他の研究員を信用しなくなったといっても過言ではない。

 それを思えば、

「俺は、一人で孤独なのがいいんだ」

 ということであり、

「自分が国民のために研究をしている」

 などという意識は微塵もなかった。

 あくまでも、

「自己満足のため」

 ということであり、もし功績をたたえられるのであれば、それはそれで嫌なことではないというような、結構冷めた目で見ているのであった。

 そんな博士は、それでも、やり始めると、寝る魔も惜しむタイプなので、どんな気持ちでやっているかということはどうでもいい。博士も国民も、博士の研究がうまくいくということが、すべてにおいていいことなのだから、

「ただの自己満足」

 ということではないに違いない。

 博士の研究は意外とうまくいっていて、資料も結構充実したものが揃っているので、着実に真相に近づいているという感じであった。

「意外と俺は恵まれた環境にいるのではないか?」

 といまさらながらに感じたが、まさにその通りだったのだ。

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