卒業パーティーを間近に控えた、とある日の空き教室にて


「ちょっと、どういうつもりなんですか?」


 そう言って、つい、と眼鏡を押し上げるのは、この世界の《ヒロイン》――平民として普通の家庭に生まれ、聖なる力に目覚めたことにより貴族の家に引き取られ、貴族の子息子女が通う学園に入学してきた、という、《よくある乙女ゲームの設定》そのままの少女なのですが。


「あなた、《悪役令嬢》なんでしょう? どうして私をいじめないのです?」


 こんな質問をしてくる辺り、この方にも《記憶》があるのでしょうね。

 とはいえ、現実が見えていれば、そんなことは聞くまでもないと思うのですけれど。


「わたくしが、あなたを敵視する理由がありますか?」


 ため息交じりにそう返せば、あちらも唇を噛んで押し黙るだけ。

 なにせ、今、わたくしの髪を飾っているのは、あの人から贈られた青玉に銀細工をあしらった髪飾り――ちなみに婚約者の瞳の色は青で、髪の色は銀ですわ――ですし、先月の誕生日にはわたくしが「好き」だと言ったことのある花が贈られてきましたし、その他、公式行事の際は必ずわたくしを隣に置きますし、その際に身に着けるものの内1つは絶対にあの人から贈られてきたものなのです。


 ――確かに、中庭や食堂などのような、学年が違うこの方がいてもおかしくはない場所では人を探すようなしぐさをなさいますし、顔を合わせれば愛おしさを隠せないとばかりに、王族が一生徒に向けるには相応しくない微笑みを向けたりもいたしますけれど、それでも、この方が《身分差を言い訳にした無知》を装って触れようとすれば、あの人はやんわりと距離を取った上でたしなめているのですから、とても《婚約者としてないがしろにされている》という状況とは言えません。


「今、わたくしがあなたを傷つけたとしても、《嫉妬した悪役令嬢のいじめ》ではなく、ただの理不尽な暴力にしかならないではありませんか」


「……くっ、それはそうなんですけど……ゲーム通りの展開が、一番無駄なく最短ルートで玉の輿に乗れると思うと、つい惜しくて……っ」


「そう言う割に、あなたもゲームのように遅刻して来たりしませんわね?」


 ゲームのイベントの中には、本来授業を受けている時間帯に迷子の猫を保護したり、巣から落ちた雛を巣に戻したり、怪我人の治療をしたり……といったものがあったように記憶しているのですけども。


「何を言うかと思えば――時間厳守はビジネスの基本! 特殊能力を得たとはいえ所詮、私は元平民なんですよ? なるべく将来に不安がないよう立ち回るのは当然じゃないですか」


 そんなことを胸を張って得意げに言ってくるあたり、この方、壊滅的に《ヒロイン》に向いていないのではないかしら……。


「なんです? 心配しなくても、私がその場にいないせいで犠牲になる存在が出ないよう、ちゃんと人を手配してますから、猫も雛もケガ人も、問題ありませんよ?」


「……ソウデスカ」


 わたくしが気になったのは、ソコではなかったのですけども。

 この方、ゲームの強制力がなければ、《愛されヒロイン》など目指さずに、敏腕経営者としてバリバリ働いた末に自分で見出したパートナーと共に人生を切り開いて幸せになっていきそうなのですけど。

 ――女神様、なぜこの方を《ヒロイン》に選びましたの?

 思わず、そんな疑問がわいてしまいましたわ。

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