RIOT

 アリちゃんと出会った翌日の昼休み。我が2年4組に唐突に大声が響いた。


 「たのもー!!」


 無意識に僕はその声の元を見る。そこにはショートヘアのキリッとして暑苦しい女子生徒が立っていた。僕はすぐさま見なかったことにして手元のDAPを操作し始めた。僕は時期によって友達と遊んだりボッチになったりする人間で、今は完全にボッチモード。触らぬ神に祟りなし、である。


 しかし、その暑苦しい女子生徒は僕の席の方までズカズカと近づいてくると、DAPをいきなり取り上げてきた。


 「なにするんだよ!!」頑張って買った高い機器をいきなり取られたものなので、思わず声をあげる。


 「カリカリしなさんな。メタル小僧。どれどれ、今再生しているのはソナタ・アークティカか。なるほど、なるほど。合格だな」


 「いきなりなんなんだ……」


 それでもって、合格ってなんだよ。


 「私は久屋大通ひさや おおどおり。こんな名前のせいでクラスでは名古屋ちゃんと言われているが……!!そんなのはどうでもいい!!」名古屋ちゃんは僕の机をダンと叩いた。


 「良いかいメタル小僧!!私は昨日、実を言うと渋谷のタワレコにメタルのアルバムを買うために行っていたんだ。しかし、見てしまった。小僧と松坂くるみがCDジャケットを引っ張り合いながらイチャイチャしているところを……」


 何故か恨めしい顔で僕を見る。


 「いやいや、僕はただ、くるみ先輩がアルバムを横取りしてこようとしてきたから抗っただけなんですけど」


 「知らねえよ、そんなこと!!ただ、なんというか、頼む」そう言うと突然、名古屋ちゃんはいきなり態度を急変させると、しっかり90度に腰を曲げた。


 「私をメタラー同盟に入れてください!!」


 名古屋ちゃんはただでさえ大きい声を更に張り上げそう言った。


 「……まず、あなたは何年何組のお方ですか?」昨日の『アリちゃん実は先輩だった件』があるので先に訊いてみる。


 「げっ。君、私を知らないの?隣のクラスの級長やってるんだけども……。私は君を知っていたのに!!」


 名古屋ちゃんは顔をあげるとがなんか悲観的なトーンでそんなことを言うので、クラスのみんなが僕らをじいっと覗いてくる。


 「ややこしいことになるから、一旦落ち着いてくれ!!メタラー同盟……とかやらには勝手に入信してもらって構わないから」


 「え、そうなの?やったぜ」そう言うと名古屋ちゃんはガッツポーズをした。「それじゃあ、メタル小僧の日立くん。早速だけどLINE教えて」


 「LINE……。わかったよ」疑問を呈してもややこしくなりそうなので素直に自分のアカウントのQRを表示させると、名古屋ちゃんに差し出す。すると名古屋ちゃんは躊躇なくそのQRを読み取って、友達登録をすました。


 「へえ、日立くんのアイコンは武道館かあ。結構無難だね」


 「無難と言うな。名古屋ちゃんのアイコンは逆に攻めすぎだろ!!」


 名古屋ちゃんのアイコンはニューヨークのメタルバンド「ライオット」のマスコットキャラクター、ジョニーくんだった。頭だけがアザラシ、それ以外が人間の身体という、慣れれば可愛く(?)思えるが、初見では笑っちゃうほど不気味でしかない。


 「全然攻めてないだろ!!メタラーなら大抵の人が知ってる大バンドの看板キャラだよ!?ちょっと前に『キモかわいい』が流行った時期があるんだから、全然アイアン・メイデンのエディよりはトレンドだよ」


 「仮にそうだとしても、間違いなくそれは今の女子高生のトレンドにはなり得ない」


 「いいの。私のトレンドだから」そう言うと、名古屋ちゃんは何故か胸をはる。


 そんなふうなことをしていると、廊下から「ラオウ、いるか?」と声がかかってきた。僕はそっちの方をみるまでもなく、その声の主が誰だかわかった。


 「あ、アリちゃん、先輩」


 「おう、ラオウ……。あ、悪いな。彼女と戯れてる最中だったか」


 「「違う!!」」僕らは声を揃えて言った。


 「アリちゃん、本当に違うから!!」僕は名古屋ちゃんについて説明した。


 「なるほど。ということは名古屋ちゃんはライオットの強火ファンというわけか。十二分にメタラー仲間と受け入れても良いが、一つ質問を設けよう」そう言うとアリちゃんは僕の机にどかっと腰を下ろす。下学年の教室で偉そうにするな。


 「し、質問……」名古屋ちゃんは緊張した面持ちだ。


 「名古屋ちゃんはライオットのアルバムでは何がお気に入りだ?」


 「イニッシュモア……です」


 イニッシュモアとは、1997年発表のアルバムだ。


 「イニッシュモアか。どんなところが好きなんだ」


 「それはなんといってもオープニングのブラック・ウォーターからのエンジェル・アイズの流れですよ。特にエンジェル・アイズのボビー・ジャーゾンベクの複雑なドラムラインとマーク・リアリとマイク・フリンツの美しく虚ろなギターフレーズ。それがマイク・ディメオの儚げな歌唱にもう餡のように絡み合い……」


 途中から旅番組の食レポみたいなことを言いながら、今にも涎が出てきそうな面持ちで語る名古屋ちゃん。それを見てアリちゃんはニコニコ笑いながら「よし、そこまで語れるのなら大丈夫だな。エセメタラーとは到底考えづらい。メタラー同盟に入りたまえ」


 「あ、ありがとうございます!!」そう言うと名古屋ちゃんはまたしても腰を90度に曲げて礼をした。


 「メタラー仲間は多いに越したことは無いからな。と。それはいいとしてラオウの教室に来たのは昨日のアルバムを返しに来るためだったんだ。忘れないうちに渡しておかなければな」


 そう言うと机の上で体勢をくるりと僕の方へと向けた。近い近い。


 「あ、ありがとう。アリちゃん」僕は危うく身を引きそうになったがなんとか堪えてアルバムを受け取る。


 「まあ、ラオウもおそらくサブスクでボーナストラック以外は聞いたと思うが、まだなんとも言えないな。恐らくスルメ的な曲が多いな」


 「確かにそうだなあ」確実に良いアルバムではあると思うが、なんというか、数回訊いただけでは全体像が掴めない。そんなアルバムだった。


 「やっぱそういう感想ですか。私もそう思いましたよ。ライオットでいえば即効性のある『サンダースティール』よりも巧みなメロディメイクな『ファイアー・ダウン・アンダー』みたいなアルバムだなって思った」


 名古屋ちゃんは言う。確かに、言いえて妙だなと僕は頷く。そういう意味では、パワーメタル、というよりは古き良きハードロックアルバムのようでもある。


 「まあ良い。ボーナストラックは少し期待外れ感もあるが、ラオウも一度聞いてみると良い。人によって、全然感じ方は違うからな」


 「そうですね」僕はそう言うとアルバムをリュックにしまった。すると名古屋ちゃんは不思議そうに僕らを見比べる


 「……で、さっきから松坂先輩、日立くんのことをラオウだとか言ったり、日立くんは日立くんで松坂先輩のことをアリちゃんって言ったりしてるけど、どういう仲なんですか?」


 するとアリちゃんは首を捻る。


 「どういう仲って。ただのコールネームみたいな物だが?第一、ラオウの苗字って日立なのか?杉本だとばかり……」


 「いや、オリックスの杉本裕太郎じゃ無いんだっての……。第一、僕もアリちゃんの苗字松坂だって初めて知りましたよ」


 「互いに苗字も知らなかったんかよ……。ネトゲのオフ会かなんかみたい……」


 「まあ、メタラーのオフ会みたいなものではあるがな」そう言うとアリちゃんは僕の机から腰を上げる。


 「まあ、ラオウと名古屋ちゃん。そういうことでメタラー同盟はまた明日、この教室で集うことにしよう」


 そう言うとアリちゃんは教室から出ていった。


 「松坂先輩って、友達居ないんですかね」


 「それは僕にも効くから辞めろ」


◇◇◇


 次回『Hunting The Low』。ストラトヴァリウスを題材とした話の予定です。


 

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メタラー同盟 スミンズ @sakou

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