メタラー同盟
スミンズ
メタラー同盟
俺とメタルガールこと「アリちゃん」が初めて言葉を交わしたのは渋谷のCDショップだった。
俺はとあるメタルバンドのアルバムを買いにCDショップへ向かった。
何故、今時CDショップへ行くのか?今の時代、ストリーミングもあるし、何よりAMAZONその他のネット通販だってあるのに。
その理由は簡単明白。最速で、ニューアルバムが聴けるからである。こんなご時世になっても、やはりCDショップにフラゲ日にいくよりも最速で音源を入手する方法はない。
ただ、やはり念には念を。CDショップに予約をかけておくべきだった。
そこで、1枚のメタルアルバムを巡って、メタルガールと闘うことになったのだから。
「良かった良かった。まだあった」
俺は残り1枚となっていたメタルアルバムを手に取ろうとする。すると、横から白い手がグイッと伸びてきた。
「あ……」するとその白い手の持ち主が呟いた。俺はその人の顔を見る。そこにはショートヘアの整った顔をした少女がした。多分、同じくらいの年齢の子だ。セーラー服を纏った、恐らく女子高生。
「ええ……」俺は思わず溜息を漏らす。完全に俺のほうが早く手にしそうだったのに、殆ど無理くりという感じで横からきよったぞ!!
「ねえ、男。こういうのは普通女性に譲るもんじゃない?」
「なんだと!?」俺はカチンと来る。手に取っているCDジャケットをグッと自分の方へ引き寄せる。しかし、ジャケットの反対側を彼女がグッと掴み続けるもんだから、なかなか取れない。
「横領だぞ、それ!完全に俺のほうが早かった。よこせ!」
「なにを!!しかし君、私にこうも歯向かう男は初めて見るな。もしや男、ガチのメタラーだな」
「当たり前だろ!ストリーミングを待たずにフラゲ日にメタルアルバム買いに来るやつは、どう足搔いたってメタラーだろ!!」
「ふむ。確かに」そう言うと彼女は急にCDジャケットから手を離す。
「な、なんだ急に。譲ってくれるのか?」
「いや。ジャンケンで妥協してやろう」
そう言うと彼女はセーラー服の袖を捲って、手をグーに握った。
「……全く納得できないが、いいだろう。妥協してやらあ」
「最初はグー!」
「「ジャンケン、ポン!!」」
俺はグーを出した。彼女は、残念なことに、チョキを出していた。
「よっしゃあ!!」俺は勝ち取った握りこぶしを、天空へ捧げ、その腕を左手で握りしめた。俗に言うマノウォー・サイン。1980年結成のアメリカのメタルバンド、マノウォーの決めポーズである。
「クッソ……、このマノウォー野郎が……」とても女性とは思えぬ言葉遣いで、俺を睨んできた。
「勝負は勝負だからな。残念だな。ヘイル・アンド・キル!!」
「く……」そう言うと彼女は地べたに這いつくばった。本当に悔しそうだ。俺は、そのまましばらく得意げにマノウォー・サインをし続けた。
そこにふと、店員が通り過ぎた。
「ら、ラオウ……?」
あ、めちゃくちゃ恥ずかしい。俺と彼女はピョンと立ち上がるとレジへと向かった。
「って、なんでアンタついてくるんだよ!」
「いや、ちょっとあの、恥ずかしさがフラッシュバックするんでね。ちょっと一緒にいてくれないか」
「キャラ変すんなよ……」しょうがないので、俺は彼女とレジへと向かい、アルバムを買った。
そしてCDを購入したあとも、彼女は何故か俺についてくる。かなり美少女であるが、緊張より少々面倒くさいが勝つ。
「しかし君、あのマノウォー・サインはいけなかったな。右手があまりにも上がりすぎている。もう少し、円を描くように手を捧ぐべきだった」
「冷静に分析するんじゃない。俺がラオウって言われてしまったのは、アンタが地に這いつくばったせいでもあるんだぞ」
「悪いな。杉本」
「勝手に杉本にするな」
「わかったよ。しょうがない。取り敢えず君のことはラオウと呼ぼう。悪いな、ラオウ」
「なんでだよ……」俺は頭を抱える。なんだコイツは!!
「私の名前は、適当にヒステリアとでも呼んでくれ」
「ええ……。それ、ヤバいほど興奮してるって意味だぞ」
「まあそうだが、別にいいだろ。日本人なんて所詮英語の意味なんて特に気にしないんだから。ジャーニーの悲哀のラブソング『セパレート・ウェイズ』をWBCのテーマ曲にするような国だぞ」
「うん。まあそうだけど……」
「兎に角、『ヒステリア』は私のツイッターのアカウント名なんだ。何故なら私はHR/HM《ハードロック/ヘヴィメタル》の世界にデフ・レパードのアルバム『ヒステリア』から介入したからな」
「デフ・レパードね。じゃあ親の影響か」
俺が訊ねると彼女は首を横に振る。
「全然だ。親はHR/HMはおろか洋楽すら聴かない。デフ・レパードはYoutubeで偶然見つけた。そこからHRにのめり込んで、知らぬ間にメタラーの扉を叩いてしまっていた」
「成る程」その経緯を聞いて、俺は少し彼女に親近感を憶える。自分も経緯的には同じようなものだからだ。
「とりあえず、アンタがメタラーなのはわかったよ。マノウォー・サインを知っていたし、デフ・レパードのこともしっかりと知っていたからね」
「ただ、デフ・レパードはメタルバンドと言ってはいけない。確かに、NWOBHM《ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル》の代表格として取り上げられているが彼ら自身はハードロックバンドだと自負しているそうだからな」
「まあ、そう言われてるな」堅実なメタラーだなあ、と思わず感心する。
「というより、ラオウ。私にアンタというのは失礼ではないか?」
「いや。アンタの名前なんて知らないし……。ヒステリア……。じゃあとりまアリちゃんってことで」
「アリちゃん!?」
彼女は腑に落ちない感じで驚く。
「良いだろ別に。もう会うこともないんだから……。というより、どこまでついてくるの?」
「あの、そのアルバム。一周でいいから聴かせてくれないか?」
「明日のサブスク解禁を待てよ!」
「いや。どうやら情報によると、CDに収録してるボーナストラックはサブスクで配信しないそうなんだ。そのボーナストラックを聴くとなったら最低あと2日は待たないといけない。渋谷で瞬殺なら他の街にも無いだろうし」
「まあそうだけどよ。貸せって言うのか?」
「くれ」
「ふざけんな」俺が突っ込むと、アリちゃんはクククと笑った。なんでだよ。めちゃくちゃかわいい。
「流石に冗談だ。だがラオウ。君の家の再生環境はどうだ?」
「どうって。いつもパソコンからDAP《ダップ》(デジタルオーディオプレイヤー。携帯型のデジタル音楽プレイヤー。ストリーミングウォークマンや、昔で言うところのipodなんかがこれにあたる)に取りこんで、スピーカーに繋いでるけど」
「そうか。その話を聞く限りではそんなに環境に難があると言うわけではなさそうだな」
「学生の身分じゃ、これ以上となるととてもじゃないけど手が伸びないぞ。いくらバイトしたって」
「まあ、そうだろうな」そう言うとアリちゃんは右手を顎に触れて、考えるような仕草をした。
「どうだ、ラオウ。うちに来ないか?」
「なんで!?」突然女子から家への招待など、いつもの俺なら舞い上がってしまうところだが、なんだかそんな気にもならない。
「うちには良い音響環境が揃ってる。なんせ服とかゲームとかは一切買わずにCDや音響機器に全部ペイしてるからな」
「マジか……めっちゃストイックだな」
「それに友達も殆どいないからな。他人に金を使うという必要がないんだ」
彼女は自慢気に言った。
「それは……そうっすか」なんて答えれば良いのかわからずに言葉を切らす。
「別に気にしなくて良い。ただ、正直に言うと今日は少し嬉しいぞ。同年代のメタラーなんて、初めて出会ったからな。できれば友達になってほしいのだが」
ナチュラルにアリちゃんはそんな提案をしてくる。
「今日初めてあった人に友達になってほしいだとか、家に来ればいいって言うのは、かなりリスキーだと思うがなあ……」
「そうなのか?まあ実際こういう経験をしたことはないからな……。思えば今まで家に人を招待しようと思ったこともないな」
「なおさら、それなら俺がアリちゃんの家行くのは変だろ?」
「そうだろうか?私には君が危険人物だとは思えない。それに、私にはそのアルバムを今すぐにでも聴きたいという願望がある。別に拒否っても構わないが、来てくれると私としては嬉しい。なんせ初めてのメタラー友達を作れそうだからな」
「そうか」俺はアリちゃんを見る。凄くキラキラしている。はたから見たらコイツメタラーだとはわからないな。だが、人間は外見で判断できるようなものではない。俺はふうっと息を吐いた。
「わかったよ。メタラー仲間として少し付き合ってやろう。アリちゃんがどんなの聴いてるかも気になるしな」
すると彼女は嬉しそうな顔をした。
「そうこなくては」そう言うとアリちゃんは足取り軽く、俺の横を歩き始めた。
俺は腕時計を見る。18時を指していた。まあまだ余裕あるっちゃあるが。えーと。
「川崎市民だったのか」
渋谷から品川まで電車に乗ると、そこから上野東京ラインに乗り換え、川崎駅へ辿り着いた。
「そうだが、なにか?ラオウは都民か?」
「ん。まあ……。蒲田のあたり」
「大田区民か。それなら渋谷より川崎の方が近いじゃないか。名誉川崎市民にしてやろう」
「なんでだよ。まあ、確かに川崎に遊びに行くことはあるけどもさ」
川崎は駅周辺にはありとあらゆる店があって、都内のいろんな駅に行って買い物するよりも楽だったりする。
俺らは川崎駅からバスに乗って10分程海側に移動する。そんな住宅街の中にある、ひときわ目立つ大きな一軒家につくと、アリちゃんはその家の扉を開けた。
「ただいま。ほら、ラオウ入れ」
「ええ……。お、お邪魔します」
俺が言うと、奥から女性が出てきた。
「お帰り……。って男の子!?」
母親だろう。驚いた顔をする。そりゃそうだ。
「うん。ちょっと渋谷で同年代のメタラーを発見してな。嬉しくて拉致ってきた」
「何してんのよ!!」母親は真面目にアリちゃんを怒鳴る。
「冗談だ。ちょっと欲しいCDがバッティングしてな。どうしても今日聴きたかったから付いてきてもらった」
「いや。どっちにしても……。はあ……。ねえ、本当にごめんなさいね」
母親は俺を見ると深々と頭を下げてきた。
「いや。別に良いですよ。同年代のメタラーに出会って嬉しいというのは、自分にとっても本心です」
「そうですか。わかりました。この子の部屋はほんっとうに女っ気無い部屋ですけどね。どうぞ上がってください」
「ということだ。上がれ」そう言うとアリちゃんは靴を脱いで、俺に手招きする。
「あ、あの……。本当に、失礼します!」
なんだかとても申し訳ない気持ちに駆られ、頭を下げた。
「こちらこそ。本当に申し訳ありません」母も頭を下げた。
「なんの儀式だ。私の部屋は上だ。行くぞ」
♢♢♢
「うお……」俺はアリちゃんの部屋に入って絶句した。確かに、これは女性の部屋だと言われないと分からないな。決して、汚かったり臭いがしたりはしない。そういう意味では物凄く清潔的であって、素晴らしい。
しかし、なんというのだろうか……。
「音響機器とラックと机……」それにメタルバンドのポスターが壁に貼ってあるくらいで、何にもない。いや、それが全てなのだろう。
「そして完全に無臭……」嫌な匂いはしない……、とにかくもう完全な無臭。芳香剤の匂いもしない。クリアで、部屋の中なのに空気が美味い。
「整然としててつまらない部屋だが、ゆっくりしてくれ。椅子とかソファとかは邪魔だから置いていない。何かに腰掛けたいなら、そのへんの壁にでも肩を寄せてくれ。ただ、ポスターを傷つけるなよ」
「……わかったよ。取り敢えず、今日買ったCDを聴かないか?」俺は先ほどのCDを取り出すと、ラベルを剥がしてアリちゃんに渡す。
「そうだな」そう言ってアリちゃん笑顔で受け取ると、それを見たこともない大きなコンボに入れた。するとすぐ、スピーカーから激しいドラムの音が聴こえてきた。
「おお、すげえいい音!」俺は思わず叫ぶ。
「当たり前だ。これでもまあ、中の下といった環境であるがな」そう言いながら、アリちゃんは曲に耳を傾ける。
「今回のアルバムは静かな感じで始まるんじゃなくて、いきなり激しい曲からなんだな」俺が言うと、アリちゃんは頷く。
「だな。確かに静かな曲調で幕を開ける名盤というのも沢山ある。メタリカの『マスターオブパペッツ』が最たる例だな。他にもハロウィンとかはその傾向が強い。しっとりと始めておいて、徐々にギアを上げていくというのはある意味でメタルの様式美みたいなものだからな。だが、開幕早々エンジン全開で突き抜ける名盤も大量に存在する。ジューダスプリーストの『ペインキラー』とかドラゴンフォースの『ウルトラ・ビートダウン』とか」
「たしかにそうだな。というかよくそんなポンポンアルバム名出るな。『ウルトラ・ビートダウン』は確か『ヒーローズオブアワータイム』が入ってるアルバムだったような気がするけど、パッとアルバム名は出てこないぞ」
「勉強に割く脳のストレージ容量分を全てメタルに注いでいるからな。余裕だ」
「自慢気に言われても……」俺はふらっと近くにあったラックを見る。
「しかしホント古今東西のメタルやハードロックを網羅してるな。古くは『ブラック・サバス』や『ディープパープル』。21世紀の『ファイブ・フィンガー・デス・パンチ』や『ブレイキング・ベンジャミン』なんかもしっかりと抑えてる」
「ああ。しかしラオウ。ファイブ・フィンガー・デス・パンチ(5FDP)とブレイキング・ベンジャミンをピックアップしてくれるとは。やるな。前にこの2バンドが合同でライブやったときに嬉しくて飛び跳ねた口だろ」
「嬉しくてマジで飛び跳ねたよ。しかしどっちのバンドにしろ本国アメリカの人気に比べて日本じゃ全然人気ないよな。5FDPは2014年を最後に来日してないし。ベンジャミンはまあ、ボーカルのベンジャミン・バーンリーが飛行機恐怖症だからそもそも来日はできないって言われてるけど、そもそも2015年の『ダーク・ビフォー・ドーン』を最後に日本国内盤が出なくなったし」
「そうなんだよ。なんで人気が出ないのか理解に苦しむ」
「だよな!!」俺はアリちゃんの言葉に大きく頷いた。日本はメタラーが多い国ではあるが、海外で人気なのに日本でいまいちパッとしないバンドがいくつかある。例えば、アメリカの『クリード』。1999年発売の『ヒューマン・クレイ』がアメリカだけで1100万枚(リンキン・パークのハイブリット・セオリーと同じくらいの売上)という大偉業を成し遂げたというのに、何故か人気が出ない。ジャンル的にはオルタナティブロックにラベリングされたりするが、しっかりとハードロックの体裁を守りつつ、様式美までも織り込んでくる。紛うことなきHR/HMの名バンドだ。
あとは、『システム・オブ・ア・ダウン』も日本では過小評価されている。かなり転調を繰り返す珍しい方向性のメタル音楽を作り続け、代表曲『チョップ・スイ!』はyoutubeで10億を超える再生数を誇る。その割には知名度は無い。とはいえ『マキシムザホルモン』が影響を受けたと公言するなど、全く日本に影響を与えていないというわけではないのだが。
と、それは置いといて……。
「しかし、パンクやオルタナも押さえているんだな。メタラーの一部にはそういうのを毛嫌いする人種も居るけど」
「馬鹿言え。それはきっとパンクやオルタナがどんなものかというのを知らないだけだ。モーターヘッドとパンクを聴き比べてみろ。モーターヘッドはこれぞメタルというようなずっしりとしたメロディではあるが、随所随所にパンクチックな音を混ぜ込んでいる。『エース・オブ・スペーズ』に至っては、もうパンク楽曲のメタルアレンジと言ったほうが差し支えないくらいだしな。初期アイアン・メイデンもそうだ。ボーカルのポール・ディアノがパンクに影響を受けていたからな。……オルタナティブロックが嫌いというのは、ただただ知らないジャンルということで聞かず嫌いしているだけだ。有名どこで言えばニルヴァーナ。あんなずっしりとしたリフを効かしたロックを嫌いだなんて勿体ない」
「そうだな」俺は頷く。コイツ、オタク特有の弁論が始まってしまってる。
「で、ラオウはメタラーとは言ってもどんなのを聴くんだ?勿論、ハードロックは押さえてるだろ?」
「勿論。クイーンとかキッスみたいな超メジャーなものも聴くし、ブレイキングベンジャミンも聴いてるしな。それに、しっかりとジャパニーズ・メタルも聴くぞ。ガルネリウスしかり、ラウドネスしかり」
「なるほどな。それは良いな。ちょっとジャパニーズ・メタルバンドについて、少々語り合おうじゃないか」
「いいな」俺がそう頷くと、俺等はああでもないこうでもないと話をし続けた。
すると、突然、バックで流れていた音楽が止まった。どうやらアルバムが一周したようだった。
「しまった!!話に夢中になってしまっていて、アルバムを全く聴いていなかったじゃないか」アリちゃんが呆然としながら言った。バックで流れてたと言え、全然曲が頭に入ってない。
「もう一周、と言いたいところだけど俺もう帰らないと」
「そうだな。気が付かないうちにもう19時を回ってしまったようだ。親を待たせているんじゃないか?」
「いや、別に。親は片親で、父親がかなり遅くまで帰ってこないから。今日は勝手になにか食べるって伝えてあるし」
「そうか。それなら気をつけて帰れよ」そう言うとアリちゃんはコンボからCDを取り出すと、ジャケットに入れて俺に手渡してきた。
「……今日はお邪魔したから、そのお礼に貸してもいいよ」俺が言うと、アリちゃんはキョトンとした顔のまま「いいのか?」と訊ねてきた。
「いいよ」
「そうか。なら遠慮なく」そう言うとアリちゃんは微笑んだ。
「と……。ラオウ。そういえば君は何高校だ」
「○○高校だけど」
「やっぱりな。ラオウの制服、うちの高校と同じだなあ、と思っていたんだ。同じ制服の高校はいくらでもあるから、偶然かと思っていたが。なるほどな」
「え、同じ高校なの?」俺はおどいて訊ねる。するとアリちゃんは頷く。
「そうだ。因みにラオウは何年生だ」
「2年生だけど」
「そうか。じゃあ君は私の後輩ということか」
「マジか……」この人、学校の先輩だったのかよ。全然知らなかった。
「すみません。じゃあ、アリさんだ……」
「辞めてくれ。メタラー同盟間で上下関係を作ってしまっては平等な議論ができ損ねる。普通にタメ口で構わない」
「そうか。ならアリちゃん呼びでいこうか」
「アリちゃんはなんだか癪だが君が気に入っているならまあ構わない。取り敢えず、色々とこのあとも君とは会話を重ねたいからな、連絡先を交換しておこう」そう言うとアリちゃんはスマホを取り出した。
「そうっすね」俺はスマホを出した。女性の先輩のラインゲットしてまったよ。
「しかし、アリちゃんのアイコン……、もしかしてだけど。元ダーク・ムーアのエリサ……?」
「よく知ってるな。私の尊敬してやまないボーカリストだ」
そう言うとアリちゃんはニッコリと笑った。エリサ・マルティン。女性だが男顔負けの迫力の声量で初期ダーク・ムーアの世界観を創出した名ボーカリスト。メタラー以外がライン交換しても誰だかわからんぞ。
「かくいう君のアイコンは、DEEP PURPLEの来日公演時の武道館か。私も行ったぞ」
「そうなんだ!ギランヤバかったよな」
「ああ。歌唱力をみれば、70年代の頃を軽く驚愕してたな。『スペース・トラッキン』のタイトルコールのときのギランの肺活量には驚かされた」
「ビビったよ。そのへんのじいちゃんがあんな声出したらそのままぽっくり逝ってしまうだろ」
「だからこそのプロなんだよ」そう言うとアリちゃんはスマホをしまった。
「じゃあ明日な。どこかのタイミングで君にCDを返そう」
「わかった。お願い」俺はそう言うと、荷物をまとめて家を出る用意をした。
玄関までアリちゃんが送ってくれた。
「じゃ、また明日」俺がそう言うと、アリちゃんは軽く手を振った。
「ちょっと、君。待って」するとアリちゃんの後ろから母親がやってきた。
「お邪魔しました」俺が言うと、母親は首を横に振った。
「全然。逆にありがとうね。上でわーわーと楽しそうなくるみの声が聴こえてきたから」
「……くるみって言うんですね」予想外だった。
「友達とこんな談笑してるくるみ見るの初めてだったから。あの、迷惑でなかったらまたいらっしゃってね」
「待ってるぞ」アリちゃんは頷いた。
「待ってるぞ、じゃないでしょ全く……」母親呆れたように首を捻った。
「あ、あとこれ」母親はなにか箱のようなものを俺に渡してきた。
「これは?」
「たい焼きですよ。何個か入ってるので、家族と食べてね」
「ありがとうございます」俺が箱を受け取ると母親は笑った。すると、横でアリちゃんは不気味な笑みを浮かべ始める。
「喜べ、それは安いたい焼きだ。スティーブン・タイラーは勝手に安いたい焼きを高いたい焼きにすり替えられてブチギレたって伝説があるからな。君もおそらく高いたい焼きは口に合わない。メタラーの性だ」
俺は母親のただならぬ空気感を受け取って、とっさに口を挟んだ。
「あの、くるみさん。ちょっと黙ったほうがいいと思うけど……」
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