第16話 貴族令嬢たちのお出迎え

王族の登校は専用の馬車で行われる。


豪華な造りの馬車の中、中世ヨーロッパ風の街並みに俺が感動してきょろきょろ窓の外を眺めていると、


「殿下はそのようなはしたない行動はなさいません。お控えください」


サジェにぴしゃりと叱られてしまった。


こいつ、ジークハルトの中身が別人だと知ったら急に口うるさくなったな。


朝食の時もマナーがなってないとか、そういう持ち方はしないとか、スープは音を立てて飲むなとか、煩いことこの上ない。


お前は俺のオカンかっ!


これ以上文句いってきたら「オカン」と呼んでやろうと待ち構えていたら、ガタンと音がして馬車が止まった。


「殿下、到着いたしました」


サジェがさっと俺と自分の分のバックを手にして、扉に手をかける。


「サジェ、バックは自分で持ちますよ」


「いいえ殿下。高貴な身分の方は荷物などご自分で持ち歩くことはございません。従者が全て整えますのでお任せくださいますよう」


あ、そうっすか……。


翻訳機能は俺の言動をジークハルトの風に変換してくれるだけなので、行動や知識までは補ってくれない。


ここは素直に、頼りになる従者サジェ「パイセン」の指示に従った方がよさそうだ。


自分の着替えから食事、登下校の準備など全部他人にやってもらうのは楽かと思っていたら、やたらに心が疲れることを実感した。


とにかくいろいろなことが気になって仕方ない。


上流階級の人たちって、こういうことが普通なのかと思うと


「それより殿下は準備はよろしいですか?」


「……何の準備ですか?」


「あちらの御令嬢方のご挨拶を受ける準備です」


サジェが手で指し示す方角の先には、学園の門がある。


その前に数十人の制服を着た女子生徒たちがズラリと立ち並んでいた。


乙女ゲームの世界の住人だけあって、全員顔面偏差値がめちゃくちゃ高い美人ばかり。


何のイベントだ、これ……。


「ど、どういうことですか、これは……」


「皆、ジークハルト殿下に朝のご挨拶を申し上げるためにお待ち申し上げておりました」


眼前に広がる光景が凄すぎて呆気にとられている俺に対し、集団の先頭に立っていた女子生徒が一歩進みでて恭しく挨拶を始める。


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


「おはようございます、ジークハルト殿下」


etc。


一人ずつ順番に俺に対して朝の挨拶をしてくれるのだが、数十人の女子に一人ずつ挨拶されるなんて光景を初めて見る俺は何をどうすればいいのかさっぱりわからなかった。


普通のDKが学校の前で女子生徒数十人に一斉に挨拶されるなんて光景、通常あり得るわけがない。


頭が真っ白になって棒立ちになっている俺の傍らに、さりげなくサジェが近づき耳打ちする。


「殿下、令嬢方にご挨拶を」


「あ、ああ。皆さん、ごきげんよう。おはようございます」


サジェに促され俺がひきつった笑顔で挨拶をすると令嬢たちは皆笑顔になってお辞儀をしてくれた。


ゲーム中にこんな光景一度もなかったが、シーンがカットされているだけで


「サジェ、私はいつも登校時にこんな出迎えを受けていたのですか?」


「いいえ、いつもはアンナ嬢が殿下に首ったけで、他の令嬢たちは眉を潜めて遠巻きに見ているだけでした」


「ではこれは一体?」


「昨晩行われたエルフリーデ様との婚約解消、それに先立ってのフェニックスとの契約により、殿下は一躍時の人となっております。御令嬢がたはそれぞれのお家から、殿下の好意を得るよう指示されているのだと思われます」


確かに貴族、特に高位貴族というものは皆そうだ。


貴族社会は華やかで優雅に見えるが、その裏では熾烈な権力闘争と権謀術数が渦巻いている。


亜依のプランで成し得たフェニックスとの契約は、ジークハルトが王族の中で絶大な力を手に入れたことを意味している。


国を民を契約した精霊と共に守るのが貴族の使命であるので、亜依曰くUR級の精霊と契約できたジークハルトが昨日の解消宣言でフリーの立場になったと皆に知られたのだから、令嬢たちの今日の行動はごく自然なものと言えた。


令嬢たちの先頭に立つ女子学生、アンネリーゼ公爵令嬢(サジェがさらっと教えてくれた)が一歩前に進み出てまさに極上の笑みをもって俺に話しかけてくる。


「さぁジークハルト殿下、参りましょう。授業がそろそろ始まりますわ」


「そ、そうですね。では参りましょうか」


「お隣失礼いたしますわ、殿下」


どうやら令嬢たちには階級によって話しかける順序が決まっているらしく、 アンネリーゼ公爵令嬢の次はカテリーナ侯爵令嬢が進み出て俺の横に並ぶ。


その次は伯爵令嬢、次に子爵令嬢、最後に男爵令嬢が続き、俺を取り囲むように令嬢たちの輪が構築された。


大輪の薔薇のごとき美人に囲まれて嬉しいはずなのだが、令嬢一人一人が放つ恐ろしいまでの圧をひしひしと感じて、俺は心臓が押しつぶされる思いだった。


誰もが家のため自分のためにジークハルトの寵愛を得て、次なる婚約者にならねばならぬと心の中で火花を散らしている。


貴族の生まれとしてはふさわしい振る舞いなのだろうけど、こっちの中身はただの一般人だぜ。


勘弁してくれよ。


俺は心の中でため息をつくのだった。

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