第14話 推しの前に正体がバレる

翌日の早朝。


俺はリューネブルク城の外周をジョギングしていた。


出逢異の設定によると、城の外周はおよそ1.1km。


十周にすると11km。


早朝の走り込みにはちょうどよい距離だと思っていたのだが……。


「マジで疲れないもんだな」


リアルの世界でも日課で走りこみをしていたのだが、前の体であれば息切れしていたような全力ダッシュをしてみてもまったく息が切れない。


ゲームのジークハルトは主人公のアンナが攻略するときはアンナに首ったけで、学業は疎かになり、まったく体を鍛えるシチュエーションがない。


今のうちに体を鍛えておかないとヤバいと思った俺は、ゲーム転生初日の婚約破棄イベントを何とか乗り切った翌日からトレーニングを開始したのだが、あの夜の事を思い出すと我ながらよく切り抜けられたなと思う。


あれはマジで危なかった。


ジークハルト翻訳機能だけだったら、完全に詰んでいたから、ヘカーテと亜依さまさまといったところだ。


まぁ、ああいう強気女子を素直に褒めるとさらに勢いが増すことが多いので、適当に感謝しておけばいいだろう。


あの後、方針を決めた俺たちは再び儀式の間に戻り全校生徒と講師がいる前で俺とエルフリーデの婚約解消、そしてヴィルヘルムとエルフリーデの婚約発表を宣言した。


あれが昨晩で一番の騒ぎとなった。


上から下までこの怒涛の展開にすぐについてこれる者はいなかった。


あの食わせ物のエルフリーデの父ブラウンシュバイク侯ですら、さすがにこの展開には驚いたようで今後どうすればよいかと思案に耽っている様子が見えた。


内々の話し合いの時このおっさんに余計な情報を与えるとロクでもないことを思いつく恐れがあったので、関係者ではあるがあえて話し合いから除外しておいたのだが正解だったようだ。


とにかくこのおっさんを放置しておくとロクでもないことを企むだけなので、なるだけ早くエルフリーデをヴィルヘルムとくっつけてダルムシュタット公国に逃がしてやりたい。


既に二人の婚約を王家が正式に認める胸を通告したので、この事実はよほどの事がない限りは揺るがないはずだ。


学園卒業まであと一年と数か月。


この期間を乗り切って二人が無事に結婚できれば、俺の推し活はとりあえず完了になる。


その後はどうするか。


元の世界に戻る方法があればそこで帰還するのが一番なんだが、そううまくいくかどうか分からないのが一番の問題なんだよな。


「殿下、こちらにいらっしゃいましたか」


次の新月の晩にそこらへんのことをあの幼女女神に問い詰めてやろうかと考えていた俺の側に、いつの間にかサジェが佇んでいた。


こいつ、気配を感じさせなかったぞ……。


内心冷や汗をかく俺に対し、彼はタオルを差し出してきた。


「どうぞ、お使いください」


「お、サンキュ……じゃなかった。ありがとうございます」


うぉ、やっちまった。


体を動かすときは本来の自分でやる方が気持ちよく動かせることに気づいたので、うっかり翻訳機能をオフにしていたのを忘れていたのだ。


自分の馬鹿さ加減に呆れながらタオルを受け取り、スイッチで切り替えする俺だったがそれを見逃すサジェではなかったようだ。


「やはり……」


スッと目が細くなり、険しい顔つきになったサジェは俺に迫ってくる。


この流れはまさか、B……


「殿下、いや、あなたは一体何者なのです?」


違った。


いきなり距離を縮められたのでビックリしてしまった。


攻略対象ではないが、サジェはかなりの美形だ。


いきなり近づかれると胸が高鳴ってしまう。


……あれ、これは何の感覚だ?


と、とりあえず今はサジェの疑惑をそらさなければならない。


俺は作り笑いを浮かべて誤魔化すことにした。


「何者といわれましても……私はリューネブルク第一王子、王太子ジークハルト・ウィリバルト・フォン・リューネブルク以外の何者でもありませんよ」


「なるほど、分かりました。それでは」


随分あっさりと引き下がったなと思った瞬間、サジェは右足を少し後ろにずらす動きを見せた。


まさかこれは……。


「……失礼いたします」


言うが早いか、強烈なハイキックが俺の顔面に向けて打ち込まれてきた。


「いきなり顔面攻撃ですか!」


左腕の手のひらを外側に向ける様に回転させながら、手首を使ってサジェの蹴りを受け止める。


きついな、肘で受けたら全身に衝撃が回っていたぞ、これ。


俺は少し体を右に移動させながら、一歩サジェの側に踏み込み、脇腹に向けて拳を突き出す。


この反撃は読まれていたようで、サジェも体を少し横に動かしただけで俺の拳を回避した。


「やはり別人ですね。殿下は格闘術の心得など一切ありません」


構えをといたサジェは淡々と言葉を発する。


「それどころか武術や剣術の訓練も苦手とされ、ほとんど取り組むことはありませんでした。その殿下が早朝から走り込みをなさり、体捌きが武術家のような無駄のない動きになっていました。そのような変化がいかにフェニックスと契約したからといって、すぐに手に入るものとは思えません」


中身が入れ替わったこと、完全に見破られていたか。


確かにゲーム中でジークハルトがトレーニングしたり、戦闘で活躍するようなシーンはほとんどなかったが、サジェというキャラクターがゲーム内ではモブ扱いされていたので、完全に失念していた。


こんなに洞察力のある強力キャラだと知っていたら、警戒したんだけどなぁ。


次のイベントのことに気を取られて過ぎていたのも原因かもしれない。


「エルフリーデ様の件では殿下が正気に返られたのではと思いましたが、その後の行動や言動は不可解なものばかりでした。殿下はこう言ってはなんですが、他人にそれほど配慮できる方ではありませんでしたので……」


おいおい、従卒からの評価激低じゃねぇかよジークハルト。


いや、それだけサジェの我慢が限界にきていたのかもしれない。


「もう一度お尋ねします。貴方は一体何者なのですか?」


うーむ、どうしよう。


正直、俺は口下手だし頭もそれほど良くはない。


昨日のイベントを突破できたのは亜依のお陰だし、そもそもヘカーテの援助がなければどうすることもできなかった。


今はフェニックスというチート級のカードがあるものの、絶対というわけではない。


ここは素直に転生したという事実を打ち明けて、味方を増やしておくべきだろうか。


しかし、今のままでは説得材料が少し足りないかもしれない。


「……分かった。今話せる範囲のみ話す。それでいいか?」


スイッチでジークハルト翻訳機能をオフにし、俺は地の声でサジェと話すことにした。


「それが貴方の地なのですね。分かりました、それでは話せる範囲で構いませんのでお願いします。それで判断させていただきます」

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