第11話 推しの無罪を証明する

「まずはこれで……」


俺はフェニックスが宿った指輪を天に翳し、魔法を発動させるキーワード、つまり呪文を口にする。


「浄化の炎!」


呪文ってリアルで口にしてみると中々に恥ずかしくて痛い。


しかし呪文を口にしないと魔法が発動しない世界なのだから、こればかりはどうしようもない。


指輪から青白い炎、といっても現実の炎ではなくあくまで視覚的な効果をもつだけのエフェクトのようなもの、が放たれ儀式の間にいた全ての人々の体を優しく包んでいく。


煩悩だけを打ち消すフェニックスの契約魔法「浄化の炎」。


ゲーム的な表現をするのであれば、「魅了」など対象に不利益を与える精神効果を全て解除する


広範囲の回復系魔法だ。


亜依の考えどおりにいけばこれで……。


「あれ……頭がすっきりしたような」


「なんであんなに気持ちがモヤモヤしていたんだろう……?」


「まるで霞が晴れたかのような感覚だ……」


儀式の間に集められた学生や講師の中から、ほとんどが男に偏っているが、続々と声があがる。

よし、これでエルフリーデが不利な状況は崩れたぞ。


俺が勝利を確信した時、儀式の間の隅から小さな呟き声が聞こえてきた。


「なんであのポンコツ王子が、フェニックスなんて呼びだせるのよ……」


とても小さなポツリともらしたであろう独り言のような声。


どうしてそんな音を聞き取ることができたのかわからないが、そちらに目を向けてみれば忌々しそうに俺を睨みつけるアンナの姿があった。


この発言、やはりこいつも……。


とりあえず、今はそのことを証明する時ではない。


アンナの側にはサジェを待機させて、おかしな真似をしないよう監視させている。


サジェは最初からアンナに誘惑されていないそぶりを見せていたので、信用して配置してみたのだが正解だったようだ。


精神耐性でも持っているんだろうか。


後でこのあたりも確認してみたいところだが、今はエルフリーデの無実を証明することが急務だ。


俺はまず攻略対象の一人、リューネブルク王国近衛騎士団長の次男であるゲルツァーに話しかけた。


「ゲルツァー、君は確かエルフリーデ嬢がアンナ嬢の持ち物を盗んで隠していたと証言していましたね?」


「は、はい。俺はエルフリーデ嬢がアンナ嬢の教科書を持ち出し、ゴミ箱に捨てていることを……あれ、どこのゴミ箱に捨てていたんだ?そもそも教科書なんてどこで見かけた……?」


「そもそもなんですがゲルツァー、君はアンナ嬢とそんなに懇意な仲でしたか?」


俺がゲルツァーに問うてみると、彼は首を傾げて考え込んだ。


「殿下にそう言われてみますと、アンナ嬢と何度か顔を合わせた記憶はありますが、話をしたような記憶はない、ですね……」


「そんなゲルツァーさま!私の教科書がエルフリーデさまに隠されたところを見たと仰ってくださったではないですか!?」


アンナが声を上げるが、ゲルツァーは意味が分からないとばかりに首を傾げるばかりで味方になる気配はない。


なるほど、魅了によって自分への好感を無理やり引き上げると、カラスを白いと言わせるような行為が簡単にできるわけだな。


ゲームをプレイしている時は、魅了は便利な効果だなぁと思っていた程度だが、実際の効果を目の当たりにするとその凶悪さに戦慄を覚えるレベルだった。


さて次の対象は、眼鏡に指を当てて考え込んでいる宰相の息子テオドールにしてみよう。


「テオドール、君はどうですか?確かエルフリーデ嬢がアンナ嬢に意図的に辛く当たっているのではないかとよく言っていたようですが……」


「いえ、エルフリーデ嬢がアンナ嬢に指摘していたことは、身分が下の立場の貴族が自分から高位の貴族に声をかけてはならないなど、ごく常識的なものばかりでして……」


こちらは既にある程度魅了が解けてから自分の見聞きしたエルフリーデとアンナの言動を思い返して、その時の自分の判断にかなり違和感を感じているようだ。


「ふむ、それは問題ない……というより貴族として当然弁えておくべき基礎の知識ですね」


「はい……。そのほかにも既に婚約者がいる男性に対して最初にダンスに誘ってはならないなど、ごく基本的なことばかりエルフリーデ嬢はアンナ嬢に注意されていました」


恐らくアンナはハーレムルートに持っていこうとしていたのだろう。


ジークハルト以外の攻略対象者全員に魅了をかけ、自分の意のままに操りエルフリーデを一方的に悪女に仕立て上げようとしていた。


今回の件も一つ一つは取るに足らないどころか、そもそも問題にすることすらできないレベルの話だ。


しかし魅了をかけられた人たちは、それがすべて真実のように思えてくるのだからかなり恐ろしい。


フェニックスも大概なチート存在だと思えるが、なるほど同じチートの魅了に抗うにはこれしかないと判断した亜依は流石のゲーマーだと思えた。


これなら無理に力推しすることなく、問題を終結させることができる。


「どうやら皆、正気に戻ったようですね」


「ジークハルト、これは一体どういうことなのだ?皆、エルフリーデ嬢が悪女であると証言していると聞いたが、これでは話が通らないではないか。これがそなたのいっていたエルフリーデ嬢の無罪を証明することであることはわかるが、一体どういうことなのか説明せよ」


話を聞いていた国王の発言はもっともで、エルフリーデを悪女として告発していた証人たちが自分の証言に違和感を感じて証言の取り下げ始めるなど意味不明な状況だろう。


告発をさせていたアンナは、今自分が何を言っても墓穴を掘ると分かったのか、唇をかみしめながら無言を通している。


ここでアンナを無理に告発しても逆転まで持ち込むことは難しい。


なにせ「魅了」とは魔法ではない、別の「何か」である可能性高いからだ。


「それでは、陛下。それについて詳しくお話したいので、当事者を集めた上で別室にて続きをお話ししたいのですが、いかがでしょうか?」


「ふむ……。ここからは内々にすべき案件というわけか。よかろう、お前の好きにするがよい」

「陛下のご厚情に感謝いたします」


アンナ以外にこの件に噛んでいる者がいる可能性がある以上、続きは関係者のみで話を進めてべきだと亜依は言っていた。


この世界がゲームと違う展開を見せている以上、どんなイレギュラーが隠れているかわからない。


ここは亜依の勧めるとおり慎重に攻略を進めていこう。

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