第9話 精霊契約

亜依の立てたプランを聞いた俺とヘカーテは、感嘆の声をあげた。


「面白いことを考えつくのう。確かにそれであればなんとかなるかもしれぬ」


「そんな裏設定があるなんて、まったく知らなかったぜ」


「オタクなめてもらっちゃこまるよお兄。というわけで、このプランに沿ってやってみて。今日が満月だから次の通信は15日後の新月の日になるのかな」


亜依の問いにヘカーテが頷く。


「うむ。然るべき日になった時、また妾がこやつのところに訪れるとしよう。妾の力をもってすれば時をある程度調整するぐらいは容易い。そなたが鏡の前にいる時に通信できるよう調整してやろう」


「そいつは助かるな。じゃ、そろそろいくか。ヘカーテ通信を切ってくれ」


「まったく女神である妾にタメ口をきくどころか、指示までするとは無礼というか肝がすわっているというべきか……。では通信を切るぞ。お互い言い残したことはないな」


「ああ、俺のほうは大丈夫だ」


「私も大丈夫。次の通信を待ってるね。とりあえずお兄が異世界で元気だと知れてよかったよ」


「俺もだ。じゃ、次の……ええと新月の晩だったな。また話そうぜ!」


ピッという音を立てて、銀の手鏡から亜依の姿が描き消える。


このビデオ通話みたいな機能、便利でいいな。


「妾の力が全盛期のものであれば、月がでている晩であればいつでも使えるのじゃがな……。歯がゆいものよ」


「15日に一回は連絡がとれるだけでも、こちらとしては大助かりだぜ。さてと、では我が妹が立ててくれたプラン通りにやってみるか」


「うむ、お主口調を戻しておけよ」


「おっと、そうだった。ありがとよ」


心の中でスイッチと念じて、ジークハルトモードに切り替えておく。


「……これでよし。それではお願いします」


「では魔法を切るぞ。次は新月の晩じゃな。それまで一人となるが頑張るのじゃぞ」


ヘカーテの姿がスッと書き消えると窓の外の月の光も鎮まり、休憩室の時が元の速度で動き出したようだ。


国王と侯爵の体に動きが戻り、二人の視線が俺に向けられる中俺は亜依に提示されたプランを実行に移す。


「この問題を解決するのにとてもよい方法があります。私に精霊契約の儀を執り行わせてください」


精霊契約の儀。


「出会異」の世界では魔法という力が存在している。


魔法についてはRPGやアニメ、漫画のおかげで広く知れ渡っているだろうから、ここでの説明は省いていいだろう。


魔法そのものは、この世界にいる人間であれば大抵は誰でも使用することができる。


ただし人間は魔法の源である「魔素」を取り込み体内に蓄積する器官が小さく、小規模な効果の魔法を使用するのが限界だ。


例えば小さな明かりを灯したり、手のひら一杯の水を生み出したり、蠟燭に火をつける灯火を生み出すぐらいである。


勿論、例外はある。


精霊と呼ばれる魔素そのものが意思をもった存在と契約を取り交わすことである。


精霊と意思を通い合わせ、精霊の絶大な力を行使できるようになる。


無論、これは誰にでもできることではない。


精霊と相性のよい血を持っていることが条件となり、これは血族として代々引き継がれていくことになる。


リューネブルク王国ではこの精霊と契約できる血をもつ者を「貴族」とし、名前に「フォン」の称号を与えることで庶民と区別している。


契約に性別は関係しないため、男女ともに精霊と契約することで初めて正式に貴族として叙せられるようになる。


逆に貴族の家系の生まれであろうと精霊と契約できねば貴族としては認められず、庶民へと身分を落とされる。


聖マリアンナ学園では各年次の始まりに一度、「精霊契約の儀」が執り行われる。


学園に通うのは三年間のため、各学生には計三回契約の機会が与えられるというわけだ。


精霊との契約の時期は十五歳から十八歳の三年間と定められており、これ以後の年齢で精霊と契約できるケースはほぼないとされている。


実はこのジークハルト、一年と二年次共に「精霊契約の儀」に失敗しているのだ。


王族それも立太子されているジークハルトが「精霊契約の儀」に成功していないという事実は、本人に多大なストレスを与えている。


表では王太子として礼儀正しく、紳士の鑑のように振る舞っているジークハルトであるが、このストレスにより人格はねじ曲がりつつある。


ゲーム内ではエルフリーデに事あるごとに辛くあたるシーンが描写されるのだが、それはこの事に起因しているようだ。


結果的に追い詰められたジークハルトが自暴自棄になっていくのだが、主人公であるアンナが諭し、励まし、導くことで道を正し二人は結ばれるというのがジークハルトルートに大まかなストーリーである。


亜依のプランはこの設定を逆手に取るものだった。


まず初手は王太子という立場を用いて、エルフリーデ無罪の証拠集めに必要な力をもつ精霊と契約するため、来年の分を繰り上げで今日この場で精霊との契約を済ませる。


「……本当に良いのだな、ジークハルト。この場で精霊契約が成せねばそなたは王太子の立場を失うことになる」


精霊と契約を結ぶための部屋「儀式の間」に入るなり、国王は俺に声をかけてきた。


「ええ、理解しておりますよ陛下。万が一私が契約に失敗した時は弟に継がせてください」


ジークハルトには現在学園中等部に通っている弟がいる。


劇中では登場しない設定のみ存在するキャラクターなのだが、イレギュラーが多発してる現状もしかすると登場してくるかもしれない。


「しかし全校生徒を立ち会わせるなど、お前も無茶をいう」


「現在、状況証拠のみが取り上げられている状況ですからね。であれば証人たちが全員集まっているほうがスムーズに進みますからね」


そう、この精霊契約の儀には全校生徒を立ち会わせることを頼んでおいたのだ。


ちょうどホールでのダンスパーティーイベントの途中だったため、これを差し込むことも無理筋ではなかった。


儀式の間には全校生徒が集められている。


そう、エルフリーデやアンナなどゲームの登場人物全員だ。


王太子という立場をフルにつかって、何とか舞台は整った。


さて、ここからが本番だ。


儀式の魔の中心には魔法陣が描かれ、テーブルの上に水晶玉のようなものが置かれている。


「それでは、殿下こちらへ……」


精霊契約の儀を担当するエーヴァーハルト講師が導き、俺が水晶玉が手を翳す。


この精霊契約の儀、プレイヤーの選んだ会話や行動によってアンナが契約できる精霊が変更されるという要素がある。


ここだけで考えればジークハルトの行動と言動は既に大半が行われてしまっているので、契約できる精霊はほぼ決まってしまっているように思われる。


ここで亜依はヘカーテというカードを使うことにした。


今までジークハルトがとってきたであろう行動と言動を、エルフリーデの無罪を証明するために必要な精霊を呼ぶためのものに履歴を切り替えさせたのだ。


あとは俺がその精霊をイメージし、呼び出すだけ。


亜依はこう言っていた。


「この精霊を呼ぶ為の最後の条件、たぶんお兄は達成してるよ」


炎に包まれた金色と赤で彩られた優美な羽。


雄々しくも気高き不死の鳥。


その名は

「きたれフェニックス!!!」

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