第8話 亜依のプラン
「なんでジークハルトが洗面所の鏡に写ってんの!」
口から歯磨き粉が混ざった唾を飛ばしながら叫ぶ亜依。
気持ちは分かるがそれはやめろ。
こちらの画面には飛ばした唾がアップで見えるのが辛い。
「汚ねぇな、唾飛ばしてしゃべんじゃねぇよ!」
「うわ、しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?……ってなんか口調が変。声と形はジークハルトなんだけど、これ夢の中?」
「久しぶりの再会で盛り上がるのも良いかもしれんが、そろそろ本題に入ってはどうじゃ?少し飽きてきたぞ」
ヘカーテがひょっこり手鏡の方に顔を入れてきた。
「え、今度はロリっ娘が出てきた。何なのこの展開」
「順応性があるんだか妄想癖が強いのか、よくわからんのうこの娘は」
「どちらも正解だな」
「うわ、ひど」
「まぁいいや、とりあえずこのままだと話が進まんから話はじめっぞ」
俺は亜依に、自分がバイク事故を起こした後、「出会いは異世界で」の世界にジークハルトとして転生していたこと、とりあえずエルフリーデに対しての婚約破棄宣言は回避したが、現在国王と侯爵に詰問されている状況であることをかいつまんで説明した。
「以上だ、わかったか?」
「とりあえず夢でないことだけは分かった」
自分のほっぺたをつねりながら亜依は頷く。
相変わらずベタなことが好きだな。
「古典的な対応、ありがとう」
「古典は大事だからね。それよりお兄が無事……かどうかはわからないけど、話ができて私嬉しいよ」
「俺もだ、亜依。心配かけたな」
お互いを見つめ合い涙ぐむ二人
うんうん、いいシーンだなぁ。
と、二人で感慨に浸っていると予想通りヘカーテが突っ込んできた。
「さっきもいうたがいい加減本題に入らんか童ども」
「と、幼児体形に言われてもなぁ」
「説得力にかけるよねぇ」
「お主らなぁ……。確かに妾は見た目こそ可憐な美少女女神じゃが、お前たちの世界でいう神さまなのじゃぞ。もっと敬わんかい」
こいつもからかうと中々楽しい奴だな。
俺一人だとこうはいかないが、亜依が加わってくれればサクサク弄ることができる。
「神を玩具にするでない罰当たりめらが。いい加減にせんと通信切るぞ」
「ああ、わかったわかった。で、本題に戻るが、この状況を切り抜ける方法はないか、亜依?」
「うーん……。お兄から聞いた話とそちらのヘカーテ様?のお話をすり合わせると、どう考えてもそちらの話は私たちが知っている出逢異でのストーリーから外れてるよね。そもそもゲーム内にヘカーテなんて女神さまがてくることもなかったし」
亜依は唇に手を当てると、ブツブツと独り言を呟きだした。
「……でも、出逢異の主人公がアンナというのがそもそも変だという意見は前々からあったわけだし……。……ゲームに隠しキャラがいるのも古典的な展開だから、これも不思議じゃないわけで……。……チート技能がないのが辛いけど、いやまった、確かにチートにできそうな手段があったような……」
パジャマのポケットからスマホを取り出して、亜依は調べ物を開始した。
こいつ妙に歯磨きの時間が長いなと思っていたのだが、洗面所にスマホを持ち込んでやがったのか。
それなら30分近くここに篭っていられる時のあるのも納得だ。
「……なにやらいろいろやっておるようじゃが、意味不明な言語がやたらにでてくるのう。悪女、ざまぁ、すぱだり、うーむ、よくわからん」
「お、女神さまといえど分からないことがあるのか」
「異世界の知識は神といえどすぐに理解できるものではないのじゃよ。まぁ、そこな娘のおかげでだいぶ理解できてきたがの。なるほどなるほど、収入、立場、見た目が高い水準でないと結婚してもらえる対象にもなれぬのか。お主の世界の男の子はつらい立場にあるものよのう」
「そこまで極端じゃねぇ……よな、いやそうとも言い切れないか?」
そんなくだらないことを俺と女神で言い合っていると、よしっと声を上げて亜依がずっと見続けていたスマホから顔を上げた。
どうやら調べ物と考え事が完了したらしい。
「うん、普通に考えると成功する可能性が低すぎるけど、女神さまの力があればこのプランでいけるはずだよ」
「随分と行き当たりばったりな考えっぽいな、それ」
「仕方ないでしょ。それを言うならお兄が言ってることというか、やってることや置かれている状況全部ひっくるめて行き当たりばったりじゃない?」
「言われてみれば、まぁ確かに」
確かに今俺が置かれている状況を振り返れば、ほとんど状況に流されているだけの行き当たりばったりな状況だ。
準備にかける時間もない以上、出たとこ勝負になるのは仕方ない事なのだろう。
「まず、女神ヘカーテさまは満月か新月の夜であれば、魔力によってほとんどの願いを聞き届けることができるんだよね?」
「全てとまではいかぬが、よほどの無茶な内容でなければ叶えることができるぞ」
これは心強いカードだ。
うんうんと頷きながら亜依は次に俺の方に視線を向ける。
「で、お兄はジークハルトの体になっていて、自由に切り替えることができる」
「こちらもある程度だけどな」
ヘカーテによってヴァージョンアップされたおかげで、俺のジークハルト翻訳機能は新たにスイッチ機能が追加された。
これでジークハルトらしい行動や言動をとることも、俺らしく振る舞うこともある程度にコントロールすることができる。
「で、私の立てたプランはこんな感じ。聞いて」
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