第4話 推しと推しを結びつける

そして現在に至る。


ワルツが終わり、俺はエルフリーデの手を離した。


いやぁ、推しとワルツが踊れるなんて異世界転生さまさまだなと実感する。


生まれてこの方ワルツなんて一度も踊ったことがない俺が、スムーズに足を運んでステップを踏めた時はマジで感動したわ。


直感とでも言うのだろうか。


この体なら問題なくワルツを踊れる。


そんな確信めいたものが俺の心の中にあったが、実際それが苦も無くできたというのは驚きと喜びで胸がいっぱいになった。


フルコンタクトで初めて上段回し蹴りを相手の首に決められた時の感動に近いな、これ。


「エルフリーデ嬢、ありがとうございました。さて……」


踊り終えた俺はホールを見渡す。


すると、実にいいタイミングでお目手当の人物がツカツカと足音を立ててこちらに向かってきた。


「見直したぞ、ジークハルト王子!」


声と共にいきなりバシンバシンと俺の肩を叩くのは、ジークハルトよりもさらに背が高い黒髪の美丈夫。


いや、リアルでみるとマジでタッパが半端なくでかいな……。


「痛いですよ、ヴィルヘルム殿下」


「おっと、いやすまんすまん。しかし驚いたな、事あるごとにエルフリーデ嬢につらく当たっていた

卿がダンスの最初に彼女を誘うとは思わなかったぞ」


ヴィルヘルム・フォン・ダルムシュタット王子。


隣国ダルムシュタット公国の第一王子であり、現在はリューネブルク王国に遊学中の立場にある。


剣術が得意で、思考は体育会系。


実はエルフリーデが密かに思いを寄せていたりキャラだったりする。


エルフリーデもヴィルヘルムの言葉に頷き、俺の方に視線を向ける。


「はい、私も驚きました。殿下はきっと……」


「貴方より先にアンナ嬢を選ぶと思った?」


「ええ……」


ゲーム中でのジークハルトという男は、実はかなり意思が弱い男なのだ。


頭は悪くないし見た目もいいのだが、ジークハルトは状況に流されやすく自分が好きなことや大事なことが出来てしまうとそちらを優先してしまうという悪癖がある。


本来であれば許嫁であるエルフリーデがいる以上、他の女性と必要以上に親しくなることはタブーでありエチケット違反と言えるのだが、アンナを好きになってしまったジークハルトは彼女を優先してしまい、エルフリーデを蔑ろにしてしまう。


アンナに「魅了」されている人間を除いて、ジークハルトという男の評価はややだらしない残念な王子という評価をされている。


「目が醒めましてね……。まぁ、他にもいろいろと理由があるのですが、それはまた別の機会にお話ししますよ」


「ほぅ……いろいろな理由、か」


ヴィルヘルムが腕を組み、じろりと俺を見る。


場所が場所だけに、ここで内輪の話をすることはよろしくない。


口さがない貴族の子弟たちが大勢いる場所は、まったく興味のないフリをして聞き耳を立てている者が必ずいる。


壁に耳ありとはよく言ったものである。


本当は今すぐに詳しい理由を聞き出したいところなのだろうが、社交界に場慣れしているヴィルヘルムはその辺りを理解しているようで、とりあえずここでは引いてくれた。


そのようなやり取りをしていると、次のダンス曲が流れてきた。


俺はさっとヴィルヘルムとエルフリーデの手と手を繋がせ、二人の背中を押す。


「とりあえず次のダンスは、お二人でどうぞ」


「お、おいジークハルト王子」


「殿下!?」


「ごゆっくり~」


俺は手を振って二人から離れ、ホールの端に向かう。


ヴィルヘルムとエルフリーデの二人はしばし困惑してお互いを見つめ合っていたものの、やがてヴィルヘルムがリードしてダンスを開始した。


いいねいいね。


こういうスチル的な展開を、目の前でリアルに見れるとは思わなかったが実にいい。


美人とイケメンが息を合わせてダンスしている姿はまさに映える光景で、ダンスホールに居合わせたほとんどの人間が二人の生き生きとした表情で表現するダンスに目を奪われている。


俺としても観客の立場でこの光景をず楽しみたいところなのだが、横からかけられた無粋な奴の声で終了させられる。


「殿下、これは一体どういうことですか?」


来た来た。


予想通りのタイミングで登場した人物を見て、俺は心の中で苦笑した。


眼鏡をかけたやや神経質な顔つきをした青年が、俺を険しい表情をして睨みつけている。

宰相アッシェンバッハ侯爵の息子テオドール。


ゲームの攻略対象キャラであり、俺の想定からすると恐らく「魅了」されている。


「エルフリーデ嬢には今日この場で罪を断罪し、婚約破棄されるという話ではありませんでしたか」


「ああ、その話ですか……。それはやめました」


「やめた!?それではアンナ嬢とのご関係はどうなされるというのですか。そもそもこの件に関しては……」


「陛下と侯にも了解をとったのにここで撤回してどう申し開きするのか、ですよね?」


「……そうです」


俺に話そうとしていた会話の内容を奪われて、不本意そうな顔をするテオドール。


こいつ本当にわかりやすいタイプだなぁ。


「それも含めて、陛下にお話しにいきましょう。陛下たちは休憩室にいらっしゃいますね?」


「はい……」


王国貴族の子弟が通う聖マリアンナ学園には王族が来校することもあるため、王家専用の休憩室が用意されている。


ジークハルトがエルフリーデを断罪するイベントがある今夜は、本来の流れであればこの後国王がホールに姿を現しアンナとの婚約を認めるという話に繋がる。


これを踏まえて、この場に国王が来ていると踏んでいたのだが、想定どおりだったようだ。

さて、ここからが本番だ。


俺は国王に会うため、ダンスホールを後にした。

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