第3話 推しのために準備に入る

時はさかのぼる。


俺はその日、学校から家に帰る道を急いでいた。


ハマっていた乙女ゲー「出逢いは異世界で」のアップデートがある日だったのだ。


さすがに男の、それも皆に不良と認知されている俺が学校で乙女ゲームをプレイするわけにはいかない。


バイクを飛ばし、家路へ急ぐ俺。


そこに反対車線から車が飛び出してきた。


急ブレーキをかけるものの、間に合わず車と激突。


衝撃で吹き飛ばされた俺は道路に投げ出され、意識を失った。


そこまでがあちらの世界で記憶に残っていることの全てだ。


意識を取り戻した俺が最初に目にしたのは、巨大な満月だった。


「(でかい月だなぁ……)」


明るい月に照らしだされたバルコニー。


白亜の大理石に精緻な彫刻が施された手すり。


どこかで見たような風景に首を傾げていると、後ろから声がかけられた。


「殿下、こちらにおられましたか」


褐色の肌に銀髪。


超絶といっていいイケメンが黒い制服姿で、俺の後ろに立っていたのだ。


いや、制服というよりはモールのついた軍服に似たような……。


「そろそろダンスパーティーのお時間です。ホールにお越しください」


彼は俺に対して恭しく頭を下げる。


「(あんた、どこかで……)」


「わかりました、サジェ。それではいきましょう」


俺の意思に関係なく口から発せられたのは、これまたどこかで聞いたイケボのセリフ。


バルコニーのガラス戸に映し出された自分の姿を見て、俺の記憶は一気に繋がった。


「(こいつ、王太子ジークハルトじゃねぇか!?)」


リューネブルク王国第一王子ジークハルト・ウィリバルト・フォン・リューネブルク。


既に王太子として立てられており、名実共にリューネブルク王国第一王位継承者である。


身長186cm。


金髪。


碧眼。


容姿端麗。


CVは人気声優が当てられている「出逢いは異世界で」の看板キャラの一人である。


俺にそっちのタイプではないから、夢に出てきているという可能性は捨てていいだろう。


大体こいつは俺の趣味じゃ全然ない。


身体の感覚もしっかりしっているから、これは現実、もしくはそれに準ずる何かである可能性が高い。


話に聞く「異世界転生」とやらが一番可能性が高いが、まだ確証はない。


しかし今のところ異世界転生の可能性が高いようなので、これを基準に現状を整理してみよう。


俺は今、乙女ゲーム「出逢いは異世界で」の世界の登場人物ジークハルトに転生し、バルコニーからダンスが行われるホールとやらに移動している。


この建物の造りは、ゲーム世界の聖マリアンナ学園の廊下そのものだ。


となれば、今現在ゲーム内のイベントがどのシーンに至っているかもわかる。


これは断罪イベント直前の王子がダンスホールに移動するシーンだ。


これより王太子ジークハルトは学園祭最終日の全員参加のダンスを前に、エルフリーデに対し主人公アリスが行った数々の悪行を宣言し、婚約破棄を宣告する。


このままの流れでいけば、確実に断罪イベントが発生してしまう。


しかし。


「サジェ、パーティー会場にはもう皆集まっているのですか?」


よし。


実際のジークハルトが話しそうな会話であれば、修正されることなく会話できるようだ。


俺の問いかけに銀髪の護衛が答える。


「はっ、すでに学生の皆様方はホールにて殿下の到着をお待ちになられています」


「わかりました」


これならまだ修正が効きそうだ。


廊下を歩きながら、俺は今おきつつある事態をひっくり返す算段を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る