決死の防衛 その2

 淵魔の数はいや増しに増し、城壁を乗り越えて来る数が目に見えて増えていった。


 兵士たちも座して見ている訳でなく、必死に追い落とそうとしているのだが、如何せん……数の多さは圧倒的だ。


 落とすだけでは数が減らず、そして登る淵魔の数は増えていく。

 しかし、それでも破綻していないのは、ひとえに隊士達のお陰だった。


 結希乃が豪語するだけはあり、ヴィルゴット麾下の騎士、そして神殿騎士達よりも、淵魔を斬るのは隊士達の方が上手だ。


 鬼族の奮闘も頼もしいのは間違いないが、結希乃までその戦いに参戦し始めれば、戦況は大きく傾いた。


「初見の敵と言っても、盲目的に飛び掛かるだけ! 恐れる程ではない! 我らの刃で斬って落とせ!」


「オオゥッ!!」


 隊士達の士気は軒昂で、確かな白兵戦力は、非常に頼りになった。

 また、彼らの中には治癒術士、支援術士も多分に含まれており、それが戦場を見張っている。


 戦況が不利になっている所には防御支援も欠かさず、致命傷を受けて動けなくなるより前に、治癒術で癒やされていた。

 それが神憑り的な手腕で戦場を支配し、今のところ誰一人、脱落者が出ていない。


 野戦ばかりを強いられていた、と言った割に、その戦闘技術は見事にこの戦いで貢献していた。


 レヴィンも負けていられないと、気合を入れて剣を振るう。

 しかしその時、彼の耳に聞き捨てならない言葉が届いた。


「若様! あの魔蛇、何かするつもりです!」


 それはロヴィーサの悲鳴にも似た声だった。

 見れば、確かに魔蛇は城壁の上で奮戦する兵たちへ、その顔を向けている。


 何をするつもりなのかと、レヴィンも思わず手を止めて注視したのだが――次の瞬間、信じられないことが起こった。

 なんとその巨体が、大きく二つに裂けたのだ。


 ――いや、それだけではない。

 まるで首が二つに増えたかのようだが、口がなくなったお陰で新たに淵魔を吐き出せなくなっている。


「何だあれは……いや、まさか……!」


 だが、淵魔を吐き出さない為に、そんな事をしている筈がない。

 明確な別の狙いがあり――そして、淵魔を吐き出す以上の痛痒を与える為に、敢えて一時中断したに過ぎなかった。


 そして、次の瞬間、何をしたかったのか思い知る。

 その巨体に見合う巨大な炎弾が、二つに裂けた身体から吐き出された。


 直後、着弾と同時に爆発――。


「うわぁぁぁ……ッ!?」


 直撃した兵は城壁から吹き飛ばされ、中庭へと落ちる。

 不幸中の幸いは、淵魔が蔓延る城壁外ではなかった事だろう。


 高さが高さだから、重傷は免れない。

 しかし、淵魔に喰われるのだけは避けられる。


 奴らと戦う状況において、何より避けたいのは、捕食されることだ。

 それは敵戦力の増加を避けられる、という意味だけではなく、心理的忌避感においても、大きく意味がある。


 捕食される場面を見ると、兵の間にも動揺が広がるので、如何なる意味においても避けたかった。

 そして、爆発の被害は、それだけではなかった。


「チィ……ッ! 皆、俺の後ろに!」


 レヴィンが舌打ちをしながら、刻印を使用する。

 身体を覆う『年輪の外皮』が発動し、即席の壁となって攻撃に備えた。


 その直後、目を開けていられない程の爆風が、城壁の上を薙ぎ払う。

 城壁上の歩廊の高さは優に胸まであるので、指向性を持った爆風が兵達を襲ったのだ。


 無論、淵魔達もその被害に遭っている。

 しかし、それを物ともしない数が、淵魔側にはあった。

 

 隊士達は流石の機敏さで防御壁を張り、そのお陰で爆風の被害はない。

 レヴィンとその背後で守られた者達に被害は殆どなく、あるいは非常に軽い怪我で済んでいた。


 だが、息つく暇もなく、魔蛇は次なる攻撃を目論んで牙を剥く。


「……また来ます!」


 ロヴィーサの警告に、レヴィンも身構える。

 そして心構えが済むより早く、その直後には第二射が放たれていた。


 轟音が鳴り響き、爆発が巻き起こる。

 今度は騎士と神官達の中にも被害が出たようだ。

 爆風の余波を受け、石畳の上を転がる者もいた。


「うわあぁぁぁ……ッ!?」


「ぐ……っ!」


「若様、ご無事ですか!?」


「俺は大丈夫だ。それより……」


 レヴィンが展開した合計十層の防御膜は、それでほぼ尽きてしまった。

 しかし、それより何より、被害の確認が先だ。


 ロヴィーサに確認を取ると、どうやら死者は出ていないと分かった。

 しかし重傷者は多数いるようで、治癒術士達がその治療に当たっていた。


 そしてまた、魔蛇の第三射が放たれる。

 今度の一撃はこれまでより更に大きく、爆発によって歩廊の一部が崩落した。


 ――もう一発来れば崩れる。

 そう判断したレヴィンは、敵の次射に備える。


 しかし予想に反して、魔蛇が再び口を開く様子はなく、それどころか二つに裂けた身体が元に戻ろうとしていた。


 どうやら、あの攻撃はそう何度も連発できないようだ。

 それを見て取った結希乃が、負傷者の治療に当たる治癒術士達へ指示を飛ばす。


「負傷の軽い者は、すぐに治療を切り上げなさい! 重傷者を優先! 淵魔に喰われる前に救助して!」


「城壁に上がって来た淵魔がいるぞ! 歩廊の穴に殺到している! そちらの相手を怠るな!」


 レヴィンもまた警告混じりの指示を飛ばし、迫りくる淵魔を切り払う。

 理術士部隊の攻撃はまだか、と口には出さず悪態をついた。


 刻印に慣れていると、制御魔術の発動は嫌に遅く感じてしまう。

 しかし、それは威力と引き換えにした遅延であり、そして刻印部隊で魔蛇を倒せないことは明白でもあった。


 だから、レヴィンは早く発動される事を祈りながら、とにかく目の前の淵魔を斬るしかない。


 群がる淵魔を次々に斬り伏せ、ヨエルが複数を一度に斬り飛ばし、大振りな隙を縫うようにロヴィーサがフォローする。


 そうした戦いが続いた後、魔蛇が再び鎌首をもたげた。

 頭に亀裂が入り、再びあの爆炎を放とうとしている。


「――若様!」


「あぁ、拙い……!」


 被害の状況は甚大で、未だに負傷者の搬送もろくに出来ていない。

 レヴィンは彼らを逃がす為に、壁となって戦っていた様なものだが、あの爆風が歩廊を舐めれば、今度こそ彼らに命はない。


 ――いっそ、無謀と分かっても斬り込むか……。

 巨大な敵に対し、武器一本がどれだけ頼りないか、ネリビンの魚竜ナタイヴェルとの戦いで実感済みだ。


 急所が存在する魔物でさえ、多大な苦労があったのに、これが淵魔となれば話は全く別物になる。


 身体の一部を斬り落とし、あるいは削ぎ落とし、少しずつ保持する生命力を奪うしかないのだが、そうする時間は残されていなかった。


 しかし、その時、待ちに待った報告が、遂にレヴィンの耳にも届く。


「阿由葉隊長! 理術士部隊の制御、完了しました!」


「――撃って!」


 それと同時に、待機していた術者が一斉に理術を解き放った。

 巨大な光の矢が次々と放たれ、数十本の筋となって空を翔ける。


 それらが放つ輝きは眩しく、降り注ぐ矢の雨は、さながら流星群のようだった。

 また、光の矢は魔蛇だけではなく、歩廊上の淵魔どもすら襲い、次々と打ち払っていく。


「おおぉぉッ!」


 兵士達も思わず歓声を上げ、その理術士達に負けじと淵魔を斬り捨てる。

 そして遂に、光の矢の一つが魔蛇の巨体を直撃し――そこへ次々と二の矢、三の矢が突き刺さる。


 そうして、急速に輝き始めたと思えば、光の矢は大爆発を巻き起こした。


「やったぞ! 奴め、手傷を負った!」


 レヴィンも堪らず歓喜の声を上げたが、爆発の中より魔蛇の咆哮が上がる。

 晴れた煙の中から、二つに裂けたシルエットが見えた。


 身体には至るところに穴が空いていて、空洞の奥までよく視える。

 魔物であれば即座に決着なのだろうが、淵魔は生命力が残っている限り生き続ける。


 急速に再生し、元の姿に戻ろうとしている所へ、既に戦勝ムードの隊士達に声をぶつけた。


「駄目だ……! 撃て! 撃たせ続けろ!」


 言葉通りに、結希乃は理術を続けさせる。

 無理してさせている為か、第二射以降の火力はかなり低下しており、魔蛇を仕留めるには至っていない。


 しかし、今のレヴィン達に出来る事と言えば、淵魔を減らす為に、とにかく戦うしかなかった。

 このまま仕留める事を期待して、彼ら理術士部隊に任せるしかない。


 そして、砲撃を続けられた事で、遂に魔蛇の再生が追いつかなくなった。

 巨体の至るところが次々と爆散し、消滅していく。


 混合体ミクストラは例外なく生命力を溜め込んでいるので、生命力が消滅するまで、攻撃し続けるのが最適解だ。


 レヴィンもカタナを振り回しながら、光の矢で打ち漏らされた淵魔を倒し、その傍らで結希乃は、魔蛇を討滅した部下達を褒め称えた。


「それでこそ我が隊士、それでこそオミカゲ様の精兵だ! よくやった!」


 だが、次の瞬間――。

 そんな束の間の弛緩を切り裂かんとするように、有り得ない事が起こった。

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