決死の防衛 その1
淵魔の群れは二万程、以前攻めて来た時より、更に少ない数だった。
山々に囲まれたロシュ大神殿だから、ここを攻め込むには山間を通らねばならない。
そして、その山間を淵魔で満たされているのは、以前とやはり変わらなかった。
ただし、前回より少ないと言っても、密度に違いがあるだけだ。
地平線までその姿が見えるのは、やはり同様だった。
しかし、前回は三万以上でも、攻め落とすことは出来なかったのだ。
それより数が少ないなら、少しは楽観した気持ちになれる。
レヴィンが密かに息を吐いていると、城壁の高台では刻印部隊の準備が整う所だった。
同じく結希乃麾下の隊士も制御を始め、次々と理術の準備を始める。
刻印と違い、理術制御の方が時間を掛けてしまうのは当然で、そしてそれこそ刻印の強みでもある。
画一的な魔術しか使えないが、その代わり詠唱時間というものが存在しない。
その強みを活かして連続で間断なく放てるし、こうした場面では非常に心強くも感じた。
隊士達が掛かる制御時間は、ともすれば牛歩の歩みと思えるほど遅い。
しかし、そこからが本領発揮だった。
各自の魔術を連結し、連携し、一つの魔術が複数と混じり合い、巨大な一つの魔術を形成する。
応用幅の広い制御魔術だからこそ、実現出来る芸当だった。
それはまるで、神が扱うような強大な力だ。
そうして長時間を使って形成された魔術が完成すると、周囲からは畏怖の視線すら向けられる。
レヴィンもまた似たようなものだったが、注視すべきは淵魔だと、意志の力を以って前を向く。
そこへ、ヴィルゴットの号令が響き渡った。
「――打ち方、始めッ!」
城壁上の刻印部隊から、雨の様に魔術が解き放たれる。
大きな音を立てて、火炎弾は放物線を描きながら城外へと着弾し、あちこちで土煙が上がった。
一つ一つが大砲の様であり、着弾した周囲では十分な被害も出している。
しかし、何より淵魔の数は多かった。
刻印魔術は発動までこそ短いが、その数に対して余りに微力だ。
間断なく打ち込まれるのは良いが、淵魔の群れに穿たれた穴は、あっという間に閉じていく。
「構うな! とにかく打ち続けよ!」
未だ距離がある中、一方的に被害を出せるのは今しかない。
だから、言葉通りに刻印部隊は、とにかく魔術を号令と共に放つ。
魔力を回復させる水薬もあり、しばらくはこれが続くと思われた。
しかし、隊士の理術部隊が、完成した理術を発動させて、状況は変わる。
理術に特化した部隊は全部で三百人。
そして三十人で一つの理術を制御するので、放たれるのはたった十発の理術であっても、その規模が違った。
三階建ての民家すら、簡単に飲み込む程の巨大な火炎弾が撃ち込まれ、それが大爆発を引き起こす。
一つ一つが巨大なクレーターを作り、淵魔の群れに見て分かる巨大な穴が穿たれた。
また、効果はそれだけで終わらない。
炎はその場で維持し続け、後続の淵魔を次々と焼いていく。
直進しか出来ない
穿たれた穴に自ら飛び込み、そして無惨に焼けて朽ちていく。
ただそこにあるだけで、無尽に淵魔の被害を拡大してくれるのだ。
塀の間から歓声が上がり、囃し立ててしまうのも無理はなかった。
「これは凄い……!」
「オミカゲ様より送られる救援なのです。土産と出来る戦果を持ち帰らねば、到底面目が立ちませんわ」
誇りを滲ませた表情で結希乃が言い、そして確かに言うだけの戦果を上げていた。
強大かつ巨大な魔術は、維持するだけでも相当な負担だ。
それでも、負担するに相応しいだけの効果があった。
刻印部隊も、負けじと魔術を放つ。
その戦果は雲泥の差だが、淵魔を一体、また一体と減らしている事実は変わらない。
そこへ、ドラゴンの援護射撃も加わった。
淵魔の手が届かない空から
東端でも見られた頼れる光景に、レヴィンは安堵にも似た息を吐いた。
淵魔の先端が更に城壁近くまで迫れば、次は弓部隊の出番だ。
魔術程の射程はないので、どうしても後から撃ち込む事になる。
そして、城門前には防御陣地が築かれており、木の杭で作られた馬止めが淵魔の侵入を阻んでいた。
力任せに突撃するしかない淵魔には、この程度の罠でも十分通用する。
自ら杭へ刺さりに行くような物だし、これもまた避けようとは考えない。
前進する勢いはどうしても落ち、そして断続的に用意された馬止めに、幾度も体当たりしては止まる事になる。
今しばらくの間は、こうした遠距離戦が続きそうだ。
そうレヴィンも思っていたのだが、その予想はあっさりと裏切られる。
「―― 何か来ます!」
いち早く気付いたのは、隣にいる結希乃だった。
いや、彼女だけではない。他の隊士達も気付いている。
それは、淵魔の群れが蠢く中、一際大きな水流が流れている様に見えた。
それがゆっくりと、だが確実に、こちらへ向かって来ている。
「あれは……、まさか……!」
「敵の魔術か何かでしょうか?」
「……いえ、違います」
淵魔も何を喰らったかによって、魔術や刻印の力を獲得することは出来る。
だが、そうした意味合いで、あれを否定したのではなかった。
あれは魔術よりも、もっと根本的な意味合いの別種で――。
そして、より自然な帰結として、何かを喰らい合い、そこから生まれた
「あれこそが淵魔の本領です。そして、出て来るだろうとも思っていましたが……もう姿を見せたか」
「あれが何かを知っているのですか?」
「正確には分かりません。ただ、これまでとは比較にならない化け物が出て来たのだと、分かるだけです」
「――狙いをつけよ! 集中して射て!」
ヴィルゴットの声が響き渡る。
既に弓部隊も何を攻撃すれば良いか理解していて、水流と良く似た
そして、何に対して射ったのか、その直後に知る。
淵魔の群れから姿を現したのは、巨大な蛇だった。
地を這う水流に見えたのも無理はない。
それは
大きいのは頭部だけではなく、その全長は城壁の横幅に匹敵するのではないか、と思える程の長さだった。
腹の半分程から起き上がれば、城壁を軽く越す高さで、今度はレヴィン達の方から見上げなければならない程だ。
そして、その鋭い牙を剥いた口からは、舌ではなく淵魔が吐き出されている。
それを見れば、嫌でも理解出来てしまう。
あの淵魔は――あの魔蛇は、直接城壁内に淵魔を運ぶつもりなのだ。
まるで魔蛇そのものが掛け梯子であり、あれでは城壁の高さなど、有って無いようなものだった。
「弓部隊! 射ち続けよ! 刻印部隊も、手を休めるな! あれの接近を少しでも防ぐのだ!」
ヴィルゴットの号令が響く。
だが、その言葉はレヴィンには少し遅かったように思えた。
矢が放たれるより早く魔蛇は城壁に迫っており、そしてそのまま激突する。
その巨体と重量から、城壁が大きく揺れる衝撃が走った。
いや、それだけではない。城壁の一部が崩れ去り、その分だけ侵入し易くなってしまっている。
刻印部隊の魔術も水蛇の体を破壊する程の威力がなく、矢も身体のごく表面に突き刺さるだけで、殆ど意味がなかった。
その巨体に対し、矢があまりに小さすぎるのだ。
そして、レヴィンの予想通りに、魔蛇は城壁の直上で口を開くと、次々に淵魔を吐き出し始めた。
それだけでなく、
またその時には、淵魔の群れも城壁に到達しており、魔蛇とは別に壁に爪を立てて登ろうとしていた。
「くっ……! もうここまで……!」
ヴィルゴットは苦々しげに呟くと、即座に次の指示を飛ばした。
「総員! 魔術部隊と刻印部隊は、魔蛇の討伐を優先せよ! 弓部隊は引き続き、壁下の淵魔に対処!」
「はッ!」
「それ以外は、白兵戦の用意ッ!!」
号令と共に、全員が一斉に対処へ移る。
レヴィンの担当は当然淵魔の方だ。
あの魔蛇をいち早く討滅したい気持ちはあるが、あの魔蛇は余りに巨体で、身体に攻撃する手段を持たない。
魔術攻撃が有効なのは明白なので、今は指示の通り、乗り込んできた淵魔を掃討することに専念した。
「やるぞ、ロヴィーサ! ヨエル! 俺達の力を見せ付けてやれ!」
「応ともさ!」
「数が多いだけなら、どうという事はありません」
レヴィンの攻撃を防げる淵魔など、ろくにいない。
疲れもある程度回復した今、難なく駆逐することが出来た。
しかし、魔蛇が倒されなければ、次々と淵魔は侵入してくる。
その間も城壁から弓が放たれるが、今や戦力として数えるのは不可能だった。
戦況は決して良いとは呼べず、まだ半数以上残っている淵魔の群れは、ゆっくりとではあるが確実に城へと迫っている。
そして、入り込もうとする淵魔の数は、加速度的に増えて行っていた。
最初こそ魔蛇の周囲だけだった淵魔も、今や広く乗り込まれる程になっている。
弓部隊も武器を持ち替え、白兵戦の準備を整えていた。
そして結希乃も、腰に佩いた刀を抜くなり、その美貌に笑みを浮かべた。
「白兵戦こそ我らが真骨頂。淵魔とやらに、我らが武勇、しかと見せ付けてやりなさい!」
「オオゥッ!」
結希乃麾下の前衛部隊は、魔術部隊より遥かに多い。
裂帛の気合いと共に、彼らは城壁を登って来た淵魔へと、次々に斬り掛かっては討ち滅ぼして行った。
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