ロシュに降り掛かる悪夢 その3
カトルからの猛攻は続く。
次々と降り注ぐ光線は、まるで雨のように間断なく、そしてそれを躱し続けるのは困難だった。
また、アヴェリンが言っていた様に、未来視はごく限定的な時間しか見えないらしい。
そして、一度使えば次に使うまでには、時間が空く。
連続使用が負担になるのか、何か力を溜める必要があるのか、そこまでは分からない。
だが、使えるものなら、常に使っている筈だった。
しない、ということが一つの解答であるように思う。
しかし、その攻撃の的が、常にミレイユであるのは困りものだった。
アヴェリンや、もっと言えば回復役として後方に控えるルチアなど、狙える相手を攻撃しない。
ルチアも彼女なりに、何かしら防御策を講じているだろうから、一筋縄で行かないのは当然だろう。
しかし、試しすらしない、というのは不思議だった。
――いや。
ミレイユは攻撃を躱し――しかし、また躱した横で直撃しながら、敵の思考を読む。
「攻撃しない、のとは違うな。そこまで私が憎いか。その手で潰してやらねば気が済まないか。……挑発めいた罵倒は、そこまで間違いじゃなかったか」
降り注ぐ光線は止めどなく、尽きる様子を見せない。
接近を許せば、またあの二の舞いだと理解しているのだ。
いっそ偏執的な臆病さが、その根底にはある。
そして、ミレイユもまた、いつまでもこの状況に甘んじる程、大人しい性格をしていなかった。
その時またも、躱したと思った一条の光線が、その頬を掠める。
「……いつまでも調子に乗るなよ」
ミレイユは両手に魔力を集中し、瞬時に制御を完了させると、魔術を無数に放ち始めた。
それは火球であったり、風刃であったり、雷撃や氷雪だったりした。
それらを複合的に組み合わせて、様々な効果を生み出している。
互いの属性で打ち消し合う事なく、威力を高めさえして襲う、連続魔術の極地だった。
魔術の幾つかは光線に貫かれ、消失するものもある。
しかし、物量で言えば、ミレイユの魔術も決して負けてはいない。
魔術攻撃は有効ではなく、無効化さえされるかもしれないが、その物量が何よりの目眩ましになった。
ミレイユ達の姿が見えなくなり、それを嫌がって空中を移動する。
その間隙で、光線の雨が僅かに途切れた。
ミレイユはそのタイミングを、決して見逃さなかった。
「――フラットロ!」
掛け声に応じて、炎の上位精霊が姿を現す。
三本の尾を持ち、白狼の神獣とも謳われるミレイユのパートナーだ。
言葉を交わさずとも、その意思一つで互いが望むことが分かる。
フラットロは姿を見せた直後こそ、不機嫌そうな顔を見せたものの、現状を正しく理解して、上空へと駆け上がった。
その速度は矢よりもなお疾い。
カトルは、そちらに注力せずにはいられなかった。
その間に、ミレイユはアヴェリンへと目配せして、『念動力』を用いてその身体を掴む。
「行くぞ、アヴェリンッ!」
「――ハッ!」
掛け声と共に、アヴェリンを上空へと投げ飛ばす。
それと同時にミレイユもまた、ルチアへ声を掛けながら飛び上がる。
「やれ! 次々と撃ち抜け!」
回復に専念させていたルチアだが、彼女は氷結魔術を得意とする魔術士でもある。
掛け声と共に放たれた魔術は、『凍てつく暗刃』と言われるもので、透明度の高い氷で作られた刃だ。
ミレイユが使ったものと違い派手さはないものの、それが良い目眩ましとなる筈だった。
フラットロ、アヴェリン、ミレイユ、そしてルチアの魔術。
それぞれが違う方向から、カトル目指して迫る。
「く、く……っ! 穿て!」
それら全てが殺意を伴う攻撃で、だからカトルは全てに向かって光線を放った。
だが、光線の範囲を広げるという事は、一人当たりの密度が下がるという事だ。
そうであるなら、光線を躱す余裕もずっと上がる。
しかし、そうであっても一番に警戒するのはミレイユであり、そして最も光線の密度が高いのもミレイユだった。
「……だろうな」
カトルの――その奥にいる『核』からすれば、最も憎むべき敵はミレイユだ。
そして、だからこそ、攻撃の手は緩められないし、真っ先に潰すべきはミレイユと定めている。
そして、ミレイユさえ落とせば、後はどうとでもなる、と考えて当然でもあった。
アヴェリンなどはその筆頭で、空中での制動が利かない。
ただ『念動力』で投げ飛ばされただけの彼女だから、その動きも直線的だ。
離れてしまえば、攻撃を躱すのも容易い、と考えるのは当然でしかなかった。
「――そう読むと思っていた」
ミレイユは目が眩む程の光線を受けながら、アヴェリンの直線上に防護壁を作り出す。
その壁に足を乗せたアヴェリンは、急角度で方向を変え、カトルへと殴り掛かった。
「ウォォォオオオオ……ッ!」
アヴェリンが怒号を含んだ雄叫びと共に、全力で殴り付ける。
しかしそれは、咄嗟に腕を十字に曲げたガードで防がれた。
腕は大きく凹み、折れ、最早腕としての形は保っていない。
ただし、肉も骨もない淵魔には、その程度大した痛手ではなかった。
カトルに余裕の笑みが浮かぶ。
「何を勝ったつもりでおるか……!」
次の瞬間、『凍てついた暗刃』が、カトルの身体に突き刺さった。
腕を、足を、そして顔面を突き抉る。
しかも、突き刺さった刃は、その部位から凍てつき、徐々にその範囲を広げようとしていた。
放置していては、その氷結が全身に広がる。
咄嗟に引き抜こうしたが、背後から迫ったフラットロがそれを許さない。
「ガゥオッ!」
首筋に噛み付き、その牙を深々と差し込む。
フラットロの全身は、炎の塊だ。
だから、突き刺した犬歯から、炎を流し込むのもお手の物だった。
「グァァァァアアアアッ!!」
カトルの全身から炎が吹き上がる。
目や口からも炎が飛び出し、炎の耐性もあっただろうに、それを突き抜けて内部から燃やす。
最早、目の前に誰がいるかなど見えておらず、そしてアヴェリンの決定的な一撃がカトルを叩き落とした。
耳を塞ぎたくなる様な衝撃音と共に、地面にクレーターが出来る。
巻き上がる砂と石礫を見ながら、ミレイユも急降下しつつ手に剣を召喚した。
クレーターの中心で、今も燃え続けるカトルに、その剣を投げつける。
投げ終わったら更に一本召喚、また投げつけては更に一本……。
そうして計五本投げ終わった時、カトルはクレーターの中心で四肢を全て縫い付けられていた。
「――アヴェリン!」
掛け声と共に、自由落下していた彼女を『念動力』で掴む。
そうして、次々と強化支援の魔術を施しながら、そのクレーター中心へと、アヴェリンを力いっぱい投げ飛ばした。
「砕けッ!」
「ハァァァァ……ッ!」
アヴェリンが思い切りメイスを振り被り、身体を弓なりに逸らす。
そして身体を引き絞り、全身の力を溜め込んで、着弾のタイミングで振り下ろした。
直後、メイスの一撃とは思えぬ衝撃音が轟く。
結界をビリビリと震わせる程の巨大な衝撃だ。
そうして、それに反応して召喚剣も爆発する。
魔力が込められた剣は、次々と連鎖爆発を起こし、クレーターを二周り大きくする超爆発を起こした。
直後、ミレイユの『念動力』でアヴェリンは回収された。
爆発の中心で被害を被ったというのに、彼女には傷一つない。
しかしそれは、ルチアがしっかりと防御壁を展開し、彼女の全身を護っていたからだった。
ミレイユは二人にそれぞれ、見事だ、と称賛する視線を向ける。
「久々にしては、良い連携だった」
「然様ですね。身体が鈍らない様にしていたつもりでしたが、実戦の機会はそうありませんでしたから」
「というかまぁ、あの敵さん……よくも一人で、私達を相手にしようと思いましたね? あの光線に、よほど自信があったのでしょうか」
二人からめいめいに返事が返って来ると、次にフラットロが空中から降りて、ミレイユの傍に立った。
こちらからも、褒めてくれ、とアピールしてその頭を手に擦り付けて来る。
「あぁ、お前も良くやってくれた」
「当たり前だ。もっとやるぞ。もっと燃やすか?」
今も爆発が収まらないクレーターを全員で見据えながら、フラットロの頭を撫でつつ抑える。
「いや、これで奴は、また炎の耐性を増やした。通用するのは最初だけだな。更に強い炎をぶつければ、少なからずダメージは負うだろうが……。淵魔の再生力を思えば、効果薄だな」
フラットロの一撃は、あれが最大火力でなかったのは、ミレイユの方こそよく知っている。
しかし、それがトドメとならない限り、次からその効果は半減以上してしまう計算だ。
そして、次には無効化する程の耐性を得るだろう。
一つの属性を扱うことに於いて、精霊はこれ以上なく頼れる存在だが、その属性耐性を得た相手には滅法弱い。
相性によって、全く太刀打ちできなくなってしまうのが、精霊の辛いところでもあった。
「そうだな……、少し違う仕事をしてもらうか」
「アイツ何なんだ。噛んだ時、すごく変な感じだったぞ」
「さて……、何と形容したものか。淵魔なのは違いないが、本人は違うものと呼んで欲しい様だ。昔の栄光を忘れられない、哀れなピエロとでも思っておけ」
「あれが淵魔なのか? 随分、人らしい形してたぞ」
本来の淵魔とは、一線を画すのは間違いない。
基本的に、本体から切断された部位は、その場で崩れ落ち腐って消える筈だが、この淵魔にそれはなかった。
結合し直して、元通り再生する様な能力は、これまでなかった特性だ。
ともあれ、あれ程のダメージを受けて、無事でいられるとは思えなかった。
「フラットロには、少し結界から出て貰うか」
「……嫌だぞ、俺は」
「そう言ってくれるな。今……表の戦場じゃ、戦力が足りずに嘆いているだろう。そちらの救援に行ってくれると有り難い」
「有り難い……? そっちの方が喜ぶのか、ミレイユが?」
「あぁ、そっちで活躍してくれると、私も嬉しい」
分かった、と短く返事すると、フラットロは腕に頭を擦り付ける。
その頭を存分に撫でてやれば、いずれ満足して宙に浮かんだ。
ルチアが素早く結界のごく一部を開閉すると、そこから外へ飛んで行く。
それを見送った辺りで、爆発もいよいよ収まるところだった。
舞い上がった砂埃も、次第に晴れようとしている。
このまま近づいてみても良かったが、念の為クレーター内部をもう一度焼いておく。
それが沈静すると、いよいよミレイユ達は、焦げ痕へと近づいて行った。
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