蠢動 その6

 ルチアは竜に頼んで、ミレイユの傍へと寄せていった。

 赤竜との体格差は大人と子供以上の開きがあるので、その顔に近付いても互いの翼が邪魔になる、という事がない。


 それで近寄れる限界まで迫って、ルチアはミレイユに声を飛ばして話し掛けた。


「ミレイさん! このまま足跡を追うだけでは、常に後手です! せめて人手を増やせませんか!」


「丁度、同じことを考えてた所だ! ドーワにユミルを戻すよう、伝えて貰った!」


「それを聞いて安心しましたが……! でも、誘引されている、という話はどうなりましたか? このまま追うだけで良いのでしょうか!」


 それはレヴィンも考えていた事だ。

 神と神使が考えることだから、自分の役目ではないと任せきりでいた。


 しかし、この世界に生きる者の一人として、少しでも助けになるのなら、その知恵を絞る意味はあるだろう。

 何より、これまで淵魔と対峙して来た一族として、淵魔の勝手な横暴は許せなかった。


 レヴィンは同乗している、ヨエルとロヴィーサへと顔を向けた。


「ミレイユ様がたは、非常に頼りになる方々だが、任せきりというのもユーカード家としてどうかと思う。俺達も何か手助け出来ないか」


「俺達は兵隊として、その指示に動いているだけの方が良かないか。それによ若、俺らの浅知恵を振り翳した所でどうなる、って思ったりもするが……」


「しかしな……」


 レヴィンが否定しようとした時、そこに割って入ってロヴィーサが咎めた。


「私達より深い知識を持っておられるからと言って、全て任せきりというのも問題でしょう。有益な助言を差し上げられれば、それに越した事はありません」


「いや、まぁ、そりゃあな……。しかし、戦場における淵魔の動きならともかく、“新人類”とやらの狙いなんか、俺達に分かるか……?」


「そこまでは分からない。だが、敵の狙いが誘引にあるなら、このまま追ってはならないんじゃないか……」


「とはいえ、そうした事はミレイユ様も十分、認識してらっしゃるでしょう。そして、その奥も考えておられる筈」


 奥……、とレヴィンは口の中で言葉を転がす。

 そうして、空の上から地上と地平線へと視線を移した。


 言葉通りのを見据えて、連なる峻峰しゅんぽうを視界に捉えた。

 それから、これまで来た道順――背後を見直す。

 そこを直線で繋げていくと、もしかしたら、という可能性が浮上した。


「ルチア様、これは……もしかすると、ロシュ大神殿へと繋がっているのではないでしょうか!」


「そうでしょうね」


「そう……って、大丈夫なのですか!? あそこは龍脈にとっての要衝、そう聞いてますが!」


 余りに簡素な返答が返って来て、レヴィンは声を荒らげた。

 かつてアルケスは、その要衝を得る為に、淵魔の大群をぶつけたのだ。


「また同じ事を繰り返そうとしているのでは!? ――いえ、それより更に悪い! もしも、それが東端の龍穴と繋がってしまったら……!」


「そうなんですけどね……。でも、妙なんですよ。襲っている所は、微妙に繋がってないんです。飛び地になっている、と言えば分かり易いですかね?」


「では、東端と直接繋がるものが、実は一つもない……?」


 そう、とルチアは前方を睨みながら首肯する。


「だから誘引だって言うんです。本命はロシュ大神殿に見えます。けれど、そう思わせる為に襲っているだけかもしれず、その真意が見えて来ない……」


「では、いったい何の狙いが……」


「それが分からないから、困っているんじゃないですか」


 呆れを含んだ溜め息を貰い、レヴィンは委縮して肩を落とした。

 自分達より深く物事が見えているとは思っていたし、思い付いた事を言ってみても、やはりその通りだと分かっただけだった。


「とはいえ、ロシュを放置は出来ません。単なるブラフであったとしても、そこを狙うと見せられたら、これに対処しない訳にはいかないですから」


「は……、ご尤もです」


「どうします、ミレイさ――」


 そのとき地上で、また一つ爆炎が上がり、神殿から煙が上がった。

 先程より早い段階で接近できていて、それは殆ど眼下に近い。

 だが、敵の移動が転移であるなら、今の爆発が起こった時点で、既に姿は見えなくなっているだろう。


「……どうしますか、ミレイさん?」


「好き勝手やってくれるな……。救護が必要かもしれんし……」


 ミレイユは大いに顔を顰めてから、ドーワへと話し掛ける。


「インギェムに伝えてくれ。救護に行ける者がいれば回してやれ、と」


「やれやれ、忙しいね。だがまぁ、一番忙しいのはアイツだ。文句は程々にしておくかね」


 ドーワから控え目な苦情が入り、ミレイユは苦笑しながら小さく謝罪の言葉を口にする。

 それからルチアへと視線を戻した。


「敵との距離は近付いている様だが……。どうしたものか。確実に来ると分かるなら、ロシュで待ち伏せも良いんだが……」


「全ての神殿を防護なんて無理です。そして、敵はそこから零れた神殿を攻撃すれば良いだけです。龍脈の繋がらない神殿を攻撃する……その意図が分かりませんので、見逃して良いのかも分かりませんが……」


「結局、そういう話になるんだよな……。網を張ろうにも、奴には転移がある。狙いを絞り込まないと、結局はすり抜けられるだろう」


 ミレイユの見解に、レヴィンは臍を嚙む思いで口を引き絞る。

 結局、人手が足りない事こそ問題だった。


 しかも、インギェムの権能があってさえ、単に兵を移動させれば良い、という解決策は取れない。

 有象無象の兵ではその進撃を止められないだろうし、むざむざと強化要因を与えるだけになりかねなかった。


「……仕方ない。これは賭けだが、ひたすら奴の尻を追い掛ける訳にもいかない」


「では……?」


「ロシュ大神殿に向かう。その過程で神殿を通り掛れば、一応警戒だけはしておく」


「了解です」


 ルチアは粛々と頷き、その後ろに乗るレヴィン達も恭順を示す。

 竜二体は空の上、雲を切り裂き、峻峰目指して飛んで行った。



  ※※※



 道中で幾つかの神殿を経由したものの、その過程で襲撃に遭遇する事はなく、背後に煙を見るだけだった。

 狙った神殿についても統一性はなく、大神の神殿のみを狙ったものではない。


 いうなれば、平等に襲撃しているとも取れたが、やはり龍脈繋がりで襲っているわけではない、と分かっただけだ。

 勿論、その全てが繋がっていない訳ではない。


 線と線で繋がる神殿はある。

 むしろ、繋がるものは多いと言って良かった。

 しかし、それは必ず途中で断線し、長く連なることはない。


 いっそ繋がってくれればその狙いも分かり易いのだが、そう簡単に手の内を晒してくれるほど、相手も馬鹿ではなかった。


 ロシュ大神殿の中庭へと着陸すると、神殿に詰めていた神官たちがやって来る。

 その中には神官長以外にも、その防衛を任されていた兵達もおり、神を迎えるのに相応しい歓待をしようと四苦八苦しているのが見て取れた。


 ミレイユが竜の頭からそれらを睥睨し、肩の高さで手を一振りして落ち着かせる。


「今は火急の時、そう仰々しい事は要らない。それより、現在の防衛責任者は?」


「――ハッ、わたくしに一任されておりました!」


 そう言って前に出て、膝を付いたのは甲冑を身に纏った美丈夫だった。

 神官兵ではない。


 装飾の入った装備品は冒険者のものでもなく、どちらかと言えば貴族的だ。

 この場にそぐわなくも見えるが、誰も異を唱える様子もなく、そしてミレイユに見覚えのない人物だった。


 何者かと問おうした所で、背後に控えていたアヴェリンが、そっと耳打ちして教えてくれる。


「エネエン王国の王太子でヴィルゴットと言い、その身分でありながら私設騎士団を率いる団長でもあります。……とはいえ、人の身に置いて実力は確かで、先の攻防戦でもその勲を示しました」


「なるほど、戦慣れしていない神官たちばかりの中で、唯一この場で経験ある者か……。うん、選抜理由としては至極妥当だな」


 防衛を任されたのは神官長だとはいえ、長く平穏でたまに出現する魔物への対処をする程度では、この場を切り盛りなど出来ない。

 魔物への対処にしても、書類にサインする程度のことで、実務は当然別の者だ。

 任されたからには自分が、とはならず、適任者に譲る冷静さを持っているようだ。


「……現在、再びここが戦場になる可能性が見えて来た」


「ハッ、その為の準備をしておりました……が! 何分、戦力も十分ではなく……!」


「それは分かっている。私としても、ここは既に主戦場から離れたと思っていた。だから戦力を抜き取ったわけだが……」


 攻防戦でその働きが大きかったのは、主に南方ユダニア領兵達だった。

 鍛え上げられた対淵魔の兵士達だから、長く防衛戦を続けられたとも言える。


 ハイカプィには支援要請がしっかり伝わっていたようだが、鬼族で同じ事をやれと言っても不可能だ。

 そもそも、先の防衛戦で、この大神殿は防衛力を多く失った。


 壁には大きな穴が空いているし、城門も砕かれている。

 その修復作業を行っている最中だが、半日も経っていない今、作業終了の目途さえ立っていなかった。


 しかし、備えなければ話にならない。

 ミレイユはルチアに目配せすると、次々に指示を与えた。

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