蠢動 その4
「実は……、そちらの隅で寝かせていた人がいたんです。見た目ほど傷が深くないからって……」
「なんだって……?」
「運ばれて来た時は、重傷に見えたんですよ? 血もいっぱい付いてて……。でも、手当してみると、妙に軽くて……。それでとりあえず包帯を巻いて、水薬を飲ませて端の方で寝ていて貰ったんです。ベッドだって布を敷いた程度のヒドイものですけど、どこも一杯でしたから……」
話して行く内に、メイドの声は小さくなっていった。
それで、レヴィンは精一杯のフォローをしながら続きを促す。
「いや、それが悪いとは思わない。後からどれだけ重傷者が送られてくるか分からないものな……! それで……、そいつが消えてる?」
「血を大量に失っていたのは多分本当で、顔色も凄く悪かったんです。でも、水薬を飲めばすぐ落ち着くと思って……。あとで確認しようと思ったんですよ!? でも、気付いたらいなくなってて……!」
「大丈夫、君の責任じゃない。いなくなったのは、そいつの勝手だ。慣れないことを精一杯やってくれた。大丈夫、君の失態にはしない」
「はい、はい……! ありがとうございます……!」
メイドは何度も頭を下げて感謝に口をして、いつまでも止まりそうにない。
レヴィンは彼女の肩に手を置いて、強制的に動きを止めると、下から覗き込むようにして念押しする。
「それで……、いなくなったのは間違いないんだな? 顔色が悪く、
「は、はい……! 私、探したんですよ……! どこかで倒れたら大変だって! 探したんですけど、見つからないし、他にも面倒みなきゃいけない怪我人は沢山いたりで……!」
「分かった、分かった……大丈夫。外見の特徴は? 髪の色とか」
「赤……だったと思います。細身の男性で……、顔の方はこれといった特徴は……。鎧は他と変わらない領兵のもので……」
レヴィンは肩に置いていた手を、二度軽く叩く。
そうして笑みを見せて安心させ、労いの言葉を投げた。
「大丈夫、助かった。値千金の情報をありがとう」
そう言って、レヴィンは最後にもう一度肩を叩いて、その場から離れる。
離れてその様子を見守っていたミレイユは、開口一番断言した。
「つまり、そいつが“新人類”の可能性が高まったんだな?」
「……あ、聞こえてたんですか」
ミレイユはつまらない事を聞くな、とでも言いたげな視線で頷き、続きを話す。
「見つからない訳だ。我々がここに来た時、既にこの場から逃げていた、という事なんだろう」
「では、すぐにでも捜索を……!」
「無論、捜し出す。だが、相手の考えによっては、少し面倒な事になるかもしれない」
「面倒、ですか……!? 今もこの領都で、暴れ出そうとしていると?」
レヴィンは領主一族として、この街と市民の安全を守る為、あらゆる手段を講じなければならない。
しかし、城郭都市として設計されたテルティアは、外からの攻撃には大変強いが、内側からとなればそうもいかなかった。
それは要塞として作られる構造上、避けられない事でもある。
「あれが隠れ続けるつもりなら、ここの何処かに留まり続けるだろう。あるいは、ほとぼりが冷めるまで隠れるでも良い。……だが、そうでなかったら?」
「そうでない……可能性、ですか」
「何か目的があり、別の場所へ移動中なら? またしても居もしない場所を延々捜し続け、奴の逃亡を助ける事になってしまう」
「それは……」
実際、今この場で起きた事でもあった。
いるだろう、という予測の元に捜すしかなかったのは事実だが、それで更に遠くへ逃がす破目になっては本末転倒だ。
「しかし、それならどうするんです? もしかしたら、今すぐにでも領都のどこかで……っ!」
そこまで言って、レヴィンは周囲に目を向ける。
忙しく動いている者もいるが、中にはずっとこちらに注目し続ける者もいた。
レヴィンは小声で顔を寄せて、話を続ける。
「でも、どこかでこのまま、暴れ出すかもしれないでしょう? どうしたら……!」
「流石に、この中庭みたいにパッと探して、はい終わり、とは行かないだろう。何だかんだと広い街だ。隠れようと思えば、隠れられる場所は幾つもある」
「それを狙って、しばらく潜伏し……その間に我々が外を捜しに行かれたら? それこそ、目も当てられませんけど……」
ルチアからそう進言があって、レヴィンは唇を引き絞って、眉根をきつく寄せた。
相手は一人、隠れる場所には困らない。
鎧を脱いで着替えられたら、それこそ目撃者さえ出て来ないだろう。
レヴィンは暗澹たる気持ちで呟いた。
「では、どうしたら……」
「捜すしかない。――ルチア、街を囲んで結界を張れ。まだ中にいるなら、それで炙り出せるかもしれない」
「了解です」
ルチアが即座に魔力の制御に入り、そしてレヴィンはミレイユへ恐々とした視線を向けた。
「……何をするんです?」
「言った通りだ。炙り出すのさ、脅しを以て」
ミレイユの中には明確な計画があったのは間違いないが、しかしそれは現実にならなかった。
遠く離れた何処かから、衝撃が地を走ったからだ。
周りを見れば、遠くに煙が上がっていて、何らかの爆発が起きたのだと分かる。
「あれは……」
「どう思います?」
ルチアは魔術の制御を止めて、ミレイユに問う。
「タイミング的にどう考えてもな……。距離は遠いが、遠すぎる訳でもない。逃げ出した奴が起こした何か、に思えるが……」
「問題は、あっちの意図ですよね。こっちが誘き出すつもりで、先手を打たれたかもしれません。つまり、陽動です」
「とはいえ、無視する訳にもいかない。――レヴィン、あちらには何がある?」
問われて方角を確認し、頭の中に地図を思い浮かべる。
そちらの方向に街などはなかった筈だが、大きな建物はあった。
それも今、攻撃目標とされるに相応しい建物が。
「そちらには神殿があります。
ヨエルとロヴィーサからも首肯があって、ミレイユも納得したものの、息を吐いて渋面を浮かべた。
「……誘われてる、と見るべきだな」
「では、行かない方が……?」
「陽動としか思えませんよね。こちらの目を、別の所に向けさせたいんです。そうでなければ、わざわざ派手な物音を立てるものでしょうか」
ルチアの指摘があって、これにミレイユも同意した。
「あちらからすると、敢えて自分の居場所を教えてやる理由がない。注目させたなら、それに相応しいだけの動機が必ずある」
「しかし、何があったか、確認だけでもしておかないといかないのでは……?」
レヴィンの発言にも否はないらしく、ミレイユは渋面を浮かべたまま頷いた。
「それも間違いない。神殿を狙ったというなら、むしろ……本命は龍穴かもしれない」
「淵魔の抜け道を作ろうと……? だったら、尚更まずい!」
レヴィンの叫びを聞いて、ミレイユはドーワに顔を向けるなり、その頭にひらりと飛び乗った。
すぐさまルチアの竜もやって来て、彼女共々その背に乗る。
背棘に掴まると、動き出すのは早かった。
ミレイユの赤竜が飛び立つと、ルチアの竜もその後を追う。
颶風によって周囲の空気を搔き乱され、テントが吹き飛ばされそうになる一幕があったものの、誰も彼がも竜の姿が見えなくなるまで見送っていた。
※※※
遠目に見えていた立ち昇る煙も、竜の翼であれば、あっという間に到着した。
神殿の屋根が吹き飛んでいたり、建物の損壊は惨憺たるもので、今も神官たちが忙しく状況に追われている。
火の手は既に消し止められ、新たに延焼する恐れもない。
神殿入口は瓦礫に埋まって出入り出来ず、閉じ込められた人を助け出そうと、必死に救助作業が行われていた。
そこにミレイユの乗騎である赤竜が降り立ち、作業の手が止まり騒然となった。
その頭からミレイユが降りて姿を見せると、それがより顕著になる。
神官が前に出て来て膝を付き、叩頭礼をして迎え入れ、ミレイユはそれに小さく手を挙げて応えた。
「ご苦労、状況は? 何があった?」
「余りに突然のことで、よく分かっておらず……! ただ、大規模な爆発が起こり、それでこの様な有様に……」
神官の多くはエルフで、中央大陸から出向している者達である。
龍穴を封じるにあたり、精霊と協力するのは不可欠で、その為に親和性の高いエルフを用いるのが常套手段だった。
だから、多くのエルフは大神信者で、更に信仰と同時に強い思慕も持っているものだ。
神官は己の失態を恥じ、地に頭を付けて謝罪する。
「
「大丈夫、お前の責任ではないし、これは事故でもない。――襲撃だ。下手人は今も中か?」
「ハッ……、恐らく。中にはまだ多く取り残されておりますので、その中にいるか……あるいは、死んでいるかと」
事の詳細を知らない神官が、その様な感想になるのは仕方がない。
そして、本当に今も“新人類”が残っているなら、中に残れた人は恐らく、無事では済まされていないだろう。
「……分かった。因みに、その下手人は赤い髪をしていたか? 領兵の鎧を着て……」
「下手人かどうか……ですが、その様な者が来ていたのを見ております。淵魔襲撃の報は入っておりましたので、遅れて戦場入りする前に、戦勝祈願にでも来たのかと思ったのですが……」
「そうか……。とにかく、入口の瓦礫を撤去する。ルチア、結界を張って、中にいる奴を誰であろうと逃がすな」
「――既に」
その返答と同時に、結界が神殿を覆う。
ミレイユは次いで念動力を用い、慎重に瓦礫の撤去を始めた。
もしかすると、それと察知して、取り除かれた隙間から襲い掛かって来る可能性もある。
レヴィンはカタナを構え、襲撃者を警戒して腰を落とした。
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