それぞれの戦い その6

 レヴィン達は目の前の無垢サクリスを順当に処理しながら、離れて戦う鬼族の神使を見て、顔を顰めた。


「戦闘慣れしているだけはある。初見の敵でも、早々失敗する所は見せてない」


「それだけじゃねぇぜ、立て直しが早い。戦勘も良いんだろうな、何をすべきかの判断力が抜群に良いんだ」


「そこはやはり、経験の積み重ねがあるからなのでしょうか。長生きしてるから、という問題で片付く話ではないでしょうけれど、神使を名乗るだけの事はあります」


 思う所はあるものの、三者三様に神使を褒める。

 彼らの戦法とも言えない戦い方は、対淵魔の基本戦術から掛け離れた戦いではあった。


 しかし、掛け離れていようとも、次々と淵魔を討滅できている事実は消えない。

 血と肉を引き換えに――あるいは犠牲にして――、淵魔に致命の一撃を与えている。


 自暴自棄ではなく、ハイカプィの『豊穣』を受け、並外れた治癒力を得ているから出来る戦術だ。

 しかし、決してそればかりでもなかった。

 レヴィン達がそうであるように、彼らは三人で戦うことに慣れている。


 それぞれの得意不得意を熟知していて、そのフォローをしたり、逆に得意そうな相手へ積極的にぶつけたりしていた。

 最適な立ち回りを理解しており、苦手な分野は素直に譲る。


 そうして、一見無謀とも言える戦いを、常に制していたのだった。

 しかし、ただ褒めていられない理由は、勿論その無鉄砲さだ。


 彼らの血と肉を喰らった淵魔は、僅かなりともその力を増強させている。

 そしてその数は、明らかに増加傾向にあった。


「……だから、言ったのに。血の一滴、肉片一つでも強化されるんだ。些細なものだが、中には一つや二つで済ませてない奴も出て来る……」


「結局、そちら側には一切、配慮が見られませんでしたね」


 戦闘の最中、彼らは恐ろしい程の順応性を見せ、初見の敵に相対していた。

 無垢サクリスは既に慣れたもので、若干の違い程度ならば、即座に動きを看破していたくらいだ。


 そして、混合体ミクストラとなってもそれは変わらず、どういう混合がされた相手でも、数度の攻防を繰り返すだけで、最適な戦術で対応してみせた。

 しかし、その攻防のについては余り考慮されておらず、当たって砕けろを地で行った結果、得た教訓を活かすというだけだった。


「蛮族って言葉は、余り使いたくないけどよぉ……。あれって、どうなんだ?」


 ヨエルが目線だけで指した方向では、エモスが狂気の笑みを浮かべて、混合体ミクストラの一体に躍り掛っていた。


「いいぞ、いいぞ! 鬼の力を得た淵魔か! 面白い、実に面白い! さぁ、その力をこのエモスに見せてみよ!」


 只でさえ、鳥の頭に獅子の身体、翼は持たず、尾に棘を生やしたという、厄介そうな混合体ミクストラだ。

 そこに角が生え始め、身体も一回り大きくなっている。


「望まずとも、勝手に強敵になってくる! なんて楽しい奴らなんだ!」


「おいおい、歓迎しちゃってるよ……」


「なんていうか、戦闘狂バーサーカーって言ったら失礼ですかね。そんな言葉がしっくり来るかたが、本当にいるとは思いませんでした……」


 遂にはアイナからも苦言らしきものが飛び出し、口の端の笑みが引き攣っていた。

 そして、その様な評価を得ていると知らない彼らは、哄笑を響かせながら、目の前の敵に殴り掛かっている。

 幾度か続く攻防の末、エモスは遂に混合体ミクストラを仕留め、高笑いを上げた。


「鬼の力を得たと言っても、所詮その程度よ! 温い、余りに温い! 話にもならんわ!」


「淵魔相手に啖呵を切られてもな……」


 淵魔に感情はなく、あるのは本能のままに喰らいつく衝動だけだ。

 勝負の土台にも立っておらず、敗北の味を知る事は、泥と消える直前となっても感じる事はなかっただろう。


 いっそ滑稽な程だが、この絶望的な状況において、彼らの貪欲な勝負欲は、むしろ好ましく映った。

 鬼族の兵は勿論、レヴィン達が預かった兵すら、その熱気に当てられて士気を高めている。


 淵魔に塩を送っている状況と、仲間を知らずに鼓舞する影響は、勘案しても差し引きゼロにしかならないが、マイナスでない分マシだと思うべきだろう。


「重苦しい空気が、少しは軽くなったかもな。そこは素直に感謝だな」


「この絶望的な光景を前にして、なお楽観的でいられるのは、素直に尊敬しますね」


 ロヴィーサからは、呆れた気持ちが漏れつつ、しかしその褒め言葉も間違いなく本音だった。

 遠くで神と神使と竜が結託し、世界を滅ぼすかのような攻撃を繰り返しているというのに、そこから漏れてくる淵魔は後を絶たない。


 挫けそうになる気持ちは、神の奮戦を見れば晴れることもあるが、敵が目前に迫る中、いつまでも同じ気持ちは抱け続けられなかった。

 だから、彼らの楽観はまるで蜜のように、甘く身体に浸透してきた。


 汗と地面から飛び散る土や埃、それらで顔を黒くしながらも、レヴィンの顔に笑みが漏れる。

 しかし、その時――。

 思っても寄らぬ方向から、思っても見ぬ声が耳朶を叩いた。


「――余裕だね、レヴィン。それで足元掬われないのか?」


 咄嗟に反応して飛び退ったが、それと同時に腹部へ攻撃が突き刺さる。

 低い体勢から繰り出された拳が、レヴィンを強かに打ち付け、その身体を大きく吹き飛ばした。


「若様ッ!? ――このッ、俗物!」


 ロヴィーサが短剣二本で斬り付けたが、蛇のような柔軟性を見せ、アルケスは攻撃を躱し、そのまま淵魔の群れへ隠れてしまった。

 その際の動きも地を這うかの様で、その不気味な動きで身の毛がよだつ。


「レヴィンさん、無事ですか!」


 アイナが治癒術を行使しようとしたが、それより前にレヴィンは健全なアピールをしながら立ち上がる。

 実際、レヴィンには『年輪の外皮』が発動していて、その攻撃を無効化していた。


「痛みはない、吹き飛ばされただけさ。一気に十層全て持っていかれたけどな……!」


「腐っても神……いや、神と言うべきか? にしても、さっきの動きは何だ……」


 凡そ人の動きではなく、むしろ魔物と誤認するかの様な動きだった。

 淵魔の中に潜んでいた事といい、今も再びその中に隠れてしまった事といい、最早単に淵魔を味方に付けている、というだけでは説明が付かない。


「身も心も淵魔に堕ちたか、アルケス……!」


「堕ちたとは心外だね、レヴィン」


 アルケスの声は淵魔に紛れているだけが理由でなく、その上その場所さえ定かではなかった。


「新たなステージへと至ったのさ。人から神になり、そして神から新たな境地へとね。……“新神”。そう名乗ることにしよう、とりあえずはね。今に全ての神は、この“新神”に傅くのさ」


「淵魔の手先になってまで……? それがお前の望み? そんな事が? 大神レジスクラディス様から、その全てを奪ってやるって……、そんな意味だったのか!?」


「あぁ……? あぁ……、何を……。俺は、そうとも……! 大神レジスクラディスに……俺を……、俺は……!」


 姿は相変わらず見えない。

 しかし、姿以上に声は雄弁で、そして動揺がありありと伝わって来た。

 そして、その動揺が周囲に伝播したように、淵魔の動きも鈍くなっている。


 その好機を、レヴィンは見逃さなかった。


「今だ、蹴散らせ! アルケスの姿を炙り出せ!」


「オォォォッ、ラァァァアア!!」


 まずヨエルが大剣を横薙ぎに振り回し、周囲の淵魔を根こそぎ刈った。

 そこにレヴィンとロヴィーサが踏み入って、更に淵魔の数を減らしていく。


「二人とも、そのままで! 支援を掛け直します!」


 アイナから言葉通りの支援が飛んで、筋力上昇、敏捷上昇といった補助により、レヴィン達の動きに切れが戻った。

 これまでは持久戦で、長く戦い続ける為に温存していた力を、レヴィン達はここで一気に開放する。


 周囲の淵魔をカタナの一閃で草刈りの如く討滅すると、そこに身体を地に伏せたアルケスの姿が浮かび上がった。

 左からレヴィンが、そして右側からロヴィーサが迫り、その首を落とそうと狙う。


「――くッ!?」


 瞬時に不利と悟り、アルケスは逃げ出そうとする……が、それをアイナは許さなかった。

 仲間全員への支援を掛け終わった後、次なる制御していた理術を放つ。


「そうは行きません、『剣呑な道』!」


 その声が響くのと同時、アルケスが腹ばいになっている地面には、次々と多くの棘に覆われた。

 人間ならば、足の甲を貫き縫い留める程の、巨大な棘だ。

 それが丁度、腹ばいになっていた態勢に沿って生まれ、手や膝、腹に突き刺さる。


「ぎっ、ぁ……! この、小娘……ッ!」


 無理やり棘を抜き、上体を逸らして逃げ出そうとする。

 しかし、そこへすかさずアイナの理術が光った。


「石壁生成!」


 地面からせり上がる壁が、アルケスの逃走経路を潰した。

 レヴィンとロヴィーサの攻撃は、左右からアルケスに襲いかかる。

 直後、二人の斬撃が深々と突き刺さり、その身体を石壁に縫い留めた。

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